プロローグ
一面、桃色だった。
この中にいると、なにか温かい。
花びらが散り、陽の光を反射して、俺の纏っている土埃避けの黒い布にくっつき、しかしそれを払おうとも思わない。
「桃か……」
ぽつりと呟く。
黒い布についた花びらは、そこだけ白いように見える。
どこかに座ってお茶でもしたい気分だ──だけど、今はそんな雰囲気ではない。
「出てきたらどうだ?」
俺の声が桃の世界に、そして近くの木から男たちが現れる。
「武芸者かぁ? ここは俺たちの縄張りでなぁ」
賊か。
なら、その次の言葉を聞くまでもない。
次の瞬間、五人ばかりの首が飛んでいた。
「はあ……。お腹、空いたなぁ」
それに、お茶をしようにもお茶がない。
黒い刀身についた血を振って払い、鞘に納める。
俺の武芸も、これ以外に使うことはないのかなぁ。
馬が欲しいし、飯も欲しいし……はあ。
「風呂も入りたいし。どっかでお金貯めないとねぇ、お金」
世の中、どこもかしこもお金か。
経済を整えるため、致し方ないとはいえ。
賊も蔓延るし、つまらない世になったもんだねぇ。
いや、つまらないというより、くだらないというべきか。
「この近くの村は──洛陽から出て、だいぶ歩いたなぁ。あー故郷が恋しい……いや、ホントの故郷に、ホントに戻れるのかな」
「黒薙様。そのようなことを仰らないでください」
不意に背中に、少し鋭い声がかかった。
いや、不意でもない。
わかっていた。
俺の背後に気配なく、付き従っていた。
俺と同じく布をまとった人が二人。
「大丈夫。その時が来るまでは、ずっとこの世界にいるつもりだよ。黒永」
「はっ。下らぬ戯れ言を申しました」
「こっちこそ、ゴメンね。まともな食事もさせてやれなくて」
首と胴が離れた賊の死体を無視して、埃避けの布を頭に深くかぶり直して歩き始める。
元はおそらく民とはいえ、そちらに手を染めた者に情けなどいらない。
悔やむべきはこの美しい桃の世界の景観を損ねてしまったことか。
二人も後ろをついてくる。
「私の命、黒薙様に捧げると誓いました。どのような場所でも、一生ついていきます」
「やれやれ、ボクはいらなかったかな?」
肩をすくめる黒永以外のもう一人。
「俺には、黒希も必要だよ。そんなこと言わないでよ」
「ちょっと拗ねてみただけ。たとえ嫌われようと、ボクもついていくから。黒薙様」
布から両肩に覗かせる茶髪が揺れる。
「ありがと。村に着いたら、お金を集めよう」
「「御意に」」
この黒薙、いつかこの武をよき人のために使える日がくるのか。
それが叶わない時には、どうしたものか──。
右腰の黒い刀を見て、ため息をついてから前を見る。
お腹が空いて仕方ないけど、頭を振って意識をはっきりさせて歩く。
旅はたぶん、まだまだ続く。