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アウトソール

アウトソール

作者: 雄郎

<1>

パルクール。跳ぶ、登る、走るなどの動きを通じて、心と体を鍛えるスポーツ。

あらゆる環境に適応することができる肉体と精神の獲得を目指す。

軍事訓練をヒントに、数十年前にフランスで生まれた。

現在、映画やインターネットなどを通じて、世界中に広まっている。

日本では、約10年ほどの前にパルクールをする人たち(トレイサー)が出てきて、

今では各地でイベントや教室などが開かれている。


「二人で入るのって変な感じですよね」

「そうだな。いつも大人数で入っていたからな」

ファミレスの隅。タカとマサトは向かい合って座った。

時刻は21時になり、店内は夕食のピークを過ぎて、少し落ち着いた様子になった。

「本当に20人近い数で入るじゃないですか。あれって、店側からすれば相当めんどくさいですよ。

しかも、すげー長居するし」

タカはメニューを見ながら言った。その言葉にマサトが笑った。

「お前もそんなことを言うようになったんだな。いまファミレスでバイトしてるんだろ?」

「そうですよ。ファミレスなんて、マジでウザイ客ばっかりですよ。でも、時給も良いですし、シフトが自由なんですよね」

「初めて会ったときは中学生だったのに、もう二十歳だもんな。時が過ぎるのは早いよ」

「メニュー決まりました?俺は決まりましたよ」

「いいよ、ボタン押して」

タカはテーブルに備え付けられたボタンを押した。すぐに店員がやってきた。

「お待たせしました。ご注文は?」

「はい、ハンバーグステーキのサラダセットとドリンクバー。マサトさんは?」

「俺も同じメニューで」

店員はメニューを取ると、慣れた口調でドリンクバーはあちらになりますと言って、テーブルを離れた。

「マサトさん入れてきますよ。何がいいですか?」

「じゃあ、コーラ」

「はい!」

タカは立ち上がり、ドリンクバーでコップ二つにコーラを注いで、戻ってきた。

「どうぞ。ああ、レッドブルとかおいてあってほしいな」

「絶対に採算が取れないだろ」

「マサトさん一時期、ドリアしか頼んでないときありましたよね」

「そんなこともあったな」

「今日はハンバーグステーキで良いんですか?」

「いいだろ。今日は最後だ」

マサトの言葉にタカは少し表情が暗くなった。

「なんで、宮崎に帰っちゃうんですか?」

「・・・・・・」

気まずい沈黙が続いたあとにサラダが運ばれてきた。

「とりあえず食おう」

マサトはサラダを食い始めた。タカはフォークを手にしたが、それでレタスを取る気にはなれなかった。

「俺たちが最初に会ったときのこと覚えてる?」

マサトはサラダに視線を落としたまま、タカに聞いた。



<2>

「お台場の月日の塔だったかな。誰かが主催した練習会が初対面だったと思います」

タカは記憶を辿りながら答えた。月日の塔とは海辺近くにある大型の公園である。

広くて様々な形のオブジェクトがあり、パルクールの練習に向いている公園だった。

「タカは当時中学生で、6人くらいの集団で来てさ。周りとはあんまり話さずにお前らだけで固まってたよな」

「本当にやめてくださいよ、中学生なんだから仕方ないでしょ」

タカは照れ笑いを浮かべ、ごまかすためにレタスを口に運ぶ。

「すげーガキだなと思ったよ。でも、次の練習会では6人から3人になって、半年後にはお前一人だけになったな」

「あのときは受験が始まって、周りの奴らは親とかにパルクールはするなって言われたんですよ」

タカは皿にフォークを置いて、コーラを一口飲んだ。

「でも、お前だけはずっと練習会来てたよな」

「・・・・あの頃は反抗期だったから、パルクールに夢中になっていたのかもしれません」

「やっぱりガキだな」

マサトの皿は空になった。タカの皿には少しサラダが残っていた。

「俺はガキじゃないです!いいじゃないですか!あのときからマサトさんに憧れているです。月日の塔にある3.8mの壁をウォールランできるって俺たちに教えてくれたじゃないですか」

ウォールランとは垂直の壁を助走をつけて一歩か二歩蹴って駆け上る動きである。かつてマサトはウォールランを最も得意としていた。

「だが、いまじゃあの公園も使えなくなった」

「人が増えたんだから、仕方ないんですよ。あの頃のマサトさんは色々なテレビに出て、俺は凄いなって思ってました」

今から6年前にインターネットを通じてトレイサー同士の交流が活発になり、実際に集まって練習するという、PKDAYや練習会といった集まりができるようになった。

物珍しさに当時のテレビや雑誌がその集まりをよく取材にきていた。そのときのマサトは集まりの中心的な役割を果たしており、必然的にマサトに取材が来るような形になっていた。

現在では各地で練習会が開かれるようになり、トレイサーの数も爆発的に増えていった。同時にマナーの悪いトレイサーも増え、パルクールができる場所に制限が掛かるようにもなっていった。

「あの公園は結構好きだったんだけどな」

タカもサラダをすべて食べ終わった。

「2年くらい前から本当にトレイサーの数が増えましたよね」

「あのCMのせい?」

「あれだけのせいじゃないですよ。色々なメディアでパルクールが取り上げられてたし、マサトさんたちが教室を頑張っていたからっていうのも絶対にあります」

「昔はみんなダビット・ベルが好きって言ってたけど、いまじゃみんなユウキ一色だ」

ユウキは日本で数少ないプロトレイサー。まだ二十歳だが、様々なコンペディションやメディアに出演し、数々の有名企業がスポンサーについていた。

ちなみにあのCMとはユウキが出演した新作お菓子のCMである。ユウキが魅せる華麗な動きが話題になり、CMのお菓子以上に注目されるほどになった。

「お前ら、一緒に練習していた時期があったよな?」

「高校がたまたま同じだっただけです。最も、あいつは高校を辞めちゃいましたけど」

「アートオブムーブメントに集中するためだよな。すげーよ、あいつは」

アートオブムーブメントとは有名エナジードリンクメーカーが主催するパルクールのコンペディションである。世界各国で行われている。

各国の観光名所でセットを組み、その中でパルクール、トリッキング、体操、アクロバット、ブレイクダンスなどの動きを披露して、点数を競い合う。

このコンペディションで名前を挙げることが世界中のトレイサーの大きな目標の一つであった。今から3年前にその大会が日本で行われたのだ。

ユウキは日本大会に出場し、ベスト3に入った。世界的に無名の日本人が上位に食い込んだことは、当時かなりの異例のことだった。

「あいつの提出用の動画はほとんど俺が撮ってたんですよ。金を取っておけばよかった」

アートオブムーブメントに出場するには、2~3分程度の自分の動画を作って応募しなければいけないのだ。

「あの時、お前はユウキのことどう思ってたの?」

「俺は・・・・」

タカが喋ろうとした瞬間にハンバーグステーキとライスが運ばれてきた。



<3>

「俺とあいつはスタイルが違います。あの頃の俺はフリップは一個も出来なかったし、地味な動きばっかり練習してたから、コンペディション向きのトレイサーじゃないんですよ」

「スタイルだけ?」

「それだけです。俺は」

「早く食わないと冷めるぞ」

マサトはハンバーグにナイフを入れて、それをフォークで突き刺して口に運ぶ。

「お前、いま一人暮らししてるんだろ?」

「・・・はい、けっこう大変ですね。ベタですけど、親のありがたみがわかりますよ。マサトさんも最初は大変だったんじゃないんですか?

宮崎から一人で東京に出てきて、右も左も分からなかったでしょう」

「そうだな。俺は最初に東京駅について、人の多さに吐きそうになったもん」

「マジですか?」

「当たり前だぞ。俺の町なんてパチ屋と広い駐車場があるコンビニしかないんだぞ。それがいきなり巨大な高層ビルに、見渡す限りの人。

おまけに飛び交う標準語。それは体も悪くするさ」

「なんで上京したんですか?」

マサトの手が止まった。

「プロのトレイサーになるためだったかな?」

「だったかな?って自分のことですよね。しっかりしてくださいよ」

「分かったよ。プロになるためだ」

「今から7年前なんてパルクールはほとんど無名だったのに、よくそういう決意ができましたよね。本当に凄いです」

「バカ、そんなんじゃないよ」

マサトはライスを口に入れた。

「そんなんじゃないんだ」

とライスを口に入れた状態でまたマサトは小さく言ったが、タカはよく聞き取ることが出来なかった。

「マサトさんがいなかったら、いまの東京のパルクールシーンはありませんよ。俺もユウキも他の奴らもマサトさんがいたから続けられたんです。

なんで今日は誰も来ないんだろう」

「みんな仕事で忙しいんだよ。特に最近作ったパルクールの会社が忙しいって言ってた」

「JUMPですか・・・」

JUMPとはジャパン・ユニーク・ムーブメント・パルクールの略称であり、東京で活動するトレイサーが作った会社の名前。

ユウキを筆頭にハイレベルのスキルを持つトレイサーがパフォーマーとして名前を連ねており、イベントの企画やパルクール関連のシューズやウェアなどの販売もしている。

「忙しいっていうのは良いことだぜ。無職なんて暇で仕方ないからな。いまは一日中youtube見てるぜ」

しばらく二人は無言のままハンバーグステーキも食べた。



<4>

二人の皿は空になっていた。テーブルに流れていた沈黙を破るようにタカが喋りだす。

「どうして、JUMPに入らなかったんですか?無職なら余計に入らないといけないじゃないですか?」

日本でパルクール関連の会社はJUMP以外は存在していない。パルクールでプロを目指すなら、JUMPに入るか、

自分の力をアピールして企業にスポンサーをついてもらうしかない。だが、どちらにしても安定した収入を見込めるのは難しいのが現実だった。

マサトはしばらく黙っていた。そのうちに店員がハンバーグステーキの皿を下げにやってきった。

マサトは時計を見た。立ち上がり、ドリンクバーでウーロン茶を入れて、席に戻った。

「最初になんで宮崎に帰るのかって聞いたよな」

マサトはタカをじっと見た。思わずタカは視線を下に向けてしまう。

「はい」

「俺の実家はペンキ屋なんだ。親父が社長なんだけど、小さい会社で、お袋も弟も一緒に働いていて、

あと職人さんがは何人かいる程度の規模なんだ」

「・・・・・」

「こないだ親父が倒れたんだ」

「えっ、大丈夫なんですか」

「実家に帰って、親父の様子を見たら、元気なもんさ。けど・・・」

「なんですか」

「親父の髪に思ったよりも白髪が多くてさ、顔のシワも増えてたし、なんだが弱々しかった」

「・・・・・」

「実家で一泊して、帰りは弟が駅まで送ってもらったんだ。そしたら、そのとき弟がこう言ったんだ」

「なんて言ったんですか?」

「兄貴はいつまで遊んでるつもりだって。大学まで行かしてもらって、東京で遊んでるだけじゃないかって。

俺は兄貴がいないせいで大学も行かず親父の会社で働いてんだぜって言われた」

「弟さんは仕事が嫌なんですか?」

「分からない。でも、家族はお互いに支えあって、一生懸命に仕事してるんだ。

きっと俺と家族は仲は悪くない。だから、親父は俺に好きなことやれって言って東京に行かしてくれたんだ。

でも、俺のことで家族に負担をかけてるなら」

マサトは少し息を吸って、ゆっくり吐いた

「逃げるのは辞めようって思った」

「はっ?逃げるって何ですか?」

マサトはウーロン茶を一口飲んだ。

「8年前、たまたまパルクールを知って、一人で始めたんだ。今まで色々なスポーツをやってきて、そこそこ良い成績や結果を出せてたけど、

なんか満足感がなかった。でも、パルクールは違った。試合はないけど、出来ないことが出来るようになるたびに充実感とか満足感が凄い感じられるんだ。

俺は思ったよ、ずっとパルクールだけしていたい。パルクールの人生を送りたいって。それならこの宮崎を出なくちゃいけない。就職は決まらないまま

大学卒業しそうだったから、俺は結局東京に行くことにしたんだ」

「やっぱりパルクールのプロを目指したから東京にきたんですよね」

「それもあったかもしれない。でも、俺は自分の生まれ故郷が好きじゃなかった。パチ屋とかコンビニ以外は何もない。ちょっと歩けば田んぼばっかり。

公園には爺さん婆さんがでかい声でグランドゴルフやってさ、金髪のギャルみたいな女が子供遊ばせてんの。で、俺の同級生は土建屋とか、スーパーの店員とか

そういうところにしか就職できてないんだ。俺、なんかそういうのが凄い嫌でさ」

「・・・・・」

「お前は感じたことない?自分はもっと凄い奴なんだって、ここはいるべき場所じゃない。

東京出てきて、最初はパルクールの仲間が出来て嬉しかった。上達するペースもどんどん速くなった。

テレビの取材とか来て、俺はやっぱり特別な存在だったんだって思った。他の奴ら、地元の奴らとは違うんだって思った。」

マサトのウーロン茶はいつのまにかなくなっていた。

「でも、俺は特別でもなんでもなかった。いつのまにか俺より上手い奴がどんどん出てきて、仲間はそれぞれで固まるようになって、

パルクールの仕事があるたびにみんなでそれを取り合ってさ」

「プロになるってそういうことじゃないんですか?」

「ああ、そうだ。他人を蹴落として、金儲けするのがプロなんだ。けど、それは俺が思っていたものじゃなかった」

「そんな言い方はないですよ。たしかに競争はありますけど、だから得られるものがあると思います」

「ユウキとかJUMPにいる奴らは本当に凄いよ。近くにいたから余計に感じられる。お前もわかるだろ」

「それはそうですけど、マサトさんも充分で凄いですよ」

「動きのバリエーションは今じゃお前のほうが多いぞ」

「そういうことじゃなくて、俺はマサトさんの、」

「仲間たちが会社を、JUMPを作るってなったときに、これからあいつらはもっと凄くなる直感があった。

あいつらは本当にパルクールが好きなんだと思った。他人の意見を気にしないほどの強さもあった。自分たちを信じる強さ」

マサトは下を向いた。

「それは俺にはなかった。だから、俺はJUMPに誘われたけど、入らなかった」

「マサトさん・・・」

「ただ地元から逃げていただけなんだ」



<5>

「パルクールは楽しいけど、前ほどの魅力は感じなくなった。そしたら、何もする気がなくなって、仕事すらめんどくさくなったよ。

もう仕事は辞めて、いまはほとんど引きこもりの生活をしている。そしたら気づいた、俺はなんで地元の奴らをバカにしてたのかって。

俺のほうが最悪の人間じゃないかって。」

「・・・・・・」

「最悪な人間なりに何かできると思って、今まで好き勝手させてくれた親父を楽させるために、俺は宮崎に帰るよ。

まあ甘いこと言ってるのは自分でもわかってるけどさ」

「もうやめてください」

「・・・・・悪かった。ちょっと喋りすぎた。なんか飲むか?」

タカはしばらく黙って、ウーロン茶と言った。

マサトはコップを二つ持って、ドリンクバーでウーロン茶を入れて、タカの前に座った。

「ごめんな。カッコよくなくて」

「俺は・・・・」

「お前はこれからどうするんだ?なんなら宮崎に来るか。」

冗談っぽくマサトは言ったが、タカの顔は明るくはなからなかった。

「マサトさんは夢を追いかけるために東京に来たんじゃないんですか?」

「人の気持ちはそんな簡単に割り切れないよ。一かゼロかの話じゃないんだ。

たしかにパルクールでプロになるって夢はあったかもしれない。でも、それだけじゃなかった」

「俺はマサトさんが夢を諦めたから、宮崎に帰るものだと思っていて」

「夢を諦めるのは才能だって昔なんかの小説で読んだんだ。俺には諦める夢も追いかける夢も持つことが出来なかったがな」

「じゃあ、今までなんでパルクールをやってきったんですか?」

「ただ、楽しかったから。それが未来とか若さを削るような楽しさだったから、いまこういう状態にいるかもしれない」

「楽しいだけなんですか?」

「いま思えばそれがすべてだった。それを貫くことはできなかったけどな。なにやっても中途半端な男さ。そろそろ出よう」

マサトは勘定を手にとってレジに向かった。タカも後に続く。

「今日は俺のおごりだ。最後につまらない話を聞かせちゃったからな」

「マサトさん・・・」

会計を済ませて、二人は店を出た。

「夜行バスの時間まであと少しある。ちょっとこの先の駅前で練習しようぜ」

「・・・・・いいですけど」

「はあ、それにしてもうまかったな。ハンバーグステーキ。宮崎でも食えるかな」

「宮崎ならもっとおいしい食べ物あるでしょ」

「いや、東京のハンバーグステーキよりも上手いものはもう食えないかもな」

「え?」

マサトはいきなり走り出した。ランニング用のジャケットにパックパックを背負い、グレーのスエットパンツという身軽な格好。

走るスピードはぐんぐんと勢いを増していく、タカはあわてて追いかける。5分ほど走ったところで駅前につき、マサトは足を止めた。

「はあ、はあ、マサトさん、もういきなり走り出さないでくださいよ」

「ばか、準備体操だよ」

駅前は仕事帰りの人で混雑していた。二人はそこから少し離れた場所にある広場に移った。




<6>

広場には自動車進入を防ぐための丸状の白いガードレールがいくつか並んでおり、その周りに高さ1m、長さ4m、幅70cmほどの石垣が何個かあった。

二人は軽く準備体操を済ませると、レールの上にバランスを取りながら乗った。

「マサトさんが最初に教えてくれましたよね。バランスを制するものはパルクールを制するって」

「そんなこと言ったっけ?」

「言いましたよ。それから俺はバランスばっかりやってましったもん」

「じゃあ今はプレシジョンを制するものは、パルクールを制するだね」

マサトは自分が立っているガードレールから2m半ほど離れた石垣に体を向けた。少し体勢を下げて、石垣の角の部分に視線を移す。

腕を振り、足を曲げて、力強くレールを蹴る。空中で素早く腕を後方に戻し、石垣の角につま先を当てて、体重がつま先に掛かると同時に腕を前方に振り、バランスを保つ。

「やっぱ上手いわ」

タカは思わずつぶやいた。

マサトはそのまま石垣を降りた。何歩分かの距離を石垣と空けると、そこから一気に走り出して、石垣を手をついて飛び越え、その勢いを使って、体を横に向けながら、宙返りをした。

着地して曲げた膝に力を入れて、そこから一気にジャンプし、片手でレールを掴み、腕を振ってレールを離す。減速することなく、また元いたレールの場所に戻ってきた。

「やっぱりマサトさんのフロウは軽いですよね」

「こんなの誰でもできるよ」

二人はそのあと無言で動き続けた。

「あー、のどかわいた」

マサトはバックパックからペットボトルを取り出して、飲んだ。それをタカに差し出す。

「ありがとうございます」

タカは水を飲みながら、もう終わりなんだなと思った。

「宮崎にトレイサーはいるかな」

「いますよ!いなかったら作ればいいんだから」

「親父の仕事を手伝うから東京にいるときみたいに時間があるわけじゃないんだぜ」

「大丈夫です。俺、さっきのフロウ見て思ったんですけど、やっぱりマサトさんは凄いです」

「ばか、あれくらい高校生でも出来るぜ」

「違いますよ。あれは高校生なんかには出来ませんよ。誰にも出来ません。あのフロウの感じはマサトさんにしか出せないんです。

なんというか重心の動かし方というか、音の感じというか」

「ガキは難しい言葉使わなくて良いよ。ただ、カッコいいって言ってくれれば伝わるから」

マサトは再びレールの上に乗って、スクワットを始めた。

「はい、水返します」

「おうよ」

マサトはスクワットをしながらタカが差し出したペットボトルを体のバランスを崩さずに受け取った。

「俺、動きじゃユウキや他のトレイサーに負けるし、JUMPからも全然声かけてもらえないレベルのトレイサーです」

タカはレールに手を乗せて、視線を地面に落としたまま喋り始めた。マサトのスクワットが止まった。

「ずっとマサトさんのことを目標にしていたけど、さっきのファミレスでしてくれた話にちょっと迷いました。

でも、さっきの動きを見て、やっぱりマサトさんの動きが好きって思いました」

「なんだよキモイぞ」

マサトはレールから降りた。タカはマサトの目をまっすぐに見て喋り続けた。

「マサトさんがどうしようもない駄目人間でも、パルクールが上手いんです。カッコいいんです。

俺は本当にパルクール好きで、人生というか、生きるうえでの価値みたいなものが全部パルクールなんです」

「ガキだよ。ガキのたわごとだよ」

「ガキでもいいんです。好きって気持ちに嘘ついたら、自分が自分でなくなりそうな気がするんです」

マサトはゆっくりと拳をタカに差し出した。

「もう時間だ。お前一回くらいは宮崎に来いよ」

「・・・・マサトさんも東京にまた来てくださいね」

タカもゆっくりと拳出して、二人はゆっくりとお互いの拳をぶつけ合った。

「お前、ちょっと泣いてる?」

「違いますって、バカ言わないでください」

「俺も俺の動き好きだよ」

「ナルシストじゃないですか」

そうかもなと笑って、マサトは拳を離した。そして、駅のほうに走っていった。

タカはしばらく駅のほうを見ていた。それから少し動こうと思ったが、集中することが出来なかった。

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