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影の軍  作者: 風城国子智
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 何が、一体どうなっているのだろう?

 砦にある、自室のベッドの上で、トゥエは考え込みながら寝返りを打った。

 途端に、背中の痛みがぶり返し、思わず呻く。縫っただけで、傷口はまだ完全に塞がっているわけではないのだ。

 しかしながら。

〈うーん……〉

 今度は、背中の傷に注意しながら寝返りを打つ。背中がこれ以上痛まないことを確かめてから、トゥエは先ほどまで考えていた疑問に戻った。

 トゥエの目の前で、リュエルの異母兄である第一王子ベッセルと第二王子ダグラスが消えた。これは、リュエルの持つ『石』の力だ。それは、分かる。問題は、『石』の力を使う度に、リュエルがどんどん残酷になっているような気がすること、だ。

 二王子を消した時のリュエルの表情は、絶対に忘れることができない。

 確か……。カルマンから教わった『力ある石』の話を、トゥエは必死に思い出す。確か、『力ある石』の本当の怖さは、その『石』の意志が、持つ者の意志を変えてしまうことだと、カルマンは言っていた。『石』に意志を乗っ取られた者は、他人も自分も破壊する方向へと向かってしまう、とも。

 まさか。一度打ち消してから、再び考える。まさかリュエルも、あの『石』に意志を乗っ取られてしまったというのだろうか? 「王国と、そこに暮らすと大切な人々を守りたい」という強い意志を持って全ての事に当たっているリュエル、が?

 いや、まさか。首を振ってもう一度、打ち消す。

 だが、事実は容赦なくトゥエの否定を否定した。


「……トゥエ、大丈夫か?」

 不意に声をかけられ、思わず上半身を起こす。

 途端に再び背中に激痛が走り、トゥエは再び呻いてベッドに突っ伏した。

「おい、大丈夫か!」

 声の主、ヘクトが、大慌てでベッドへと近づいてくる。

「大丈夫。……それより、リュエルは?」

 トゥエの問いに、ヘクトは首を横に振った。

「うん、何というか、……何も覚えてないみたいなんだ」

 ならば、それはそれでよい。トゥエは半ばほっとして、今度はゆっくりとベッドの上に上半身を起こした。

 リュエルが今朝のことを覚えていないならば、二王子消失の真相を説明できるのはトゥエだけになる。だが、リュエルの不利になるような事は、トゥエにはできない。リュエルのことを考えると、自分が二王子殺しの犯人だとされた方がまだ良い。リュエルを、傷つけたくない。

 しかし。

 リュエルが浮かべた、あの酷薄な笑みが、トゥエの脳裏を過る。

 二度と、あんな顔をさせるわけにはいかない。

 同時に、あの石を取りに行った時にキュムラント山の麓で見た夢を思い出す。

 あれは、予知夢、だ。間違いなく。だが、あの夢を現実にさせるわけにはいかない。

 ……『石』を、奪おう。奪って隠そう。そう決意し、トゥエはきゅっと唇を噛みしめた。

「……それでさ、一応エッカート卿には相談してるって兄者が言ってたけど、二王子の後見人達がどう出るか分からないってさ」

 そんなトゥエの横で、ヘクトがこれまでの情報を話してくれる。

 だが、トゥエは、その情報の半分も聞いてはいなかった。


 その日の夕方。

 皆が忙しい時を狙って、トゥエはそっと自室を滑り出た。

 目的地はもちろん、リュエルの居室。この時間は多分湯浴みをしているだろう。その間に、『石』を奪う。そういう計画だ。

 普段通りの表情で、リュエルの居室にそっと滑り込む。

 トゥエの予想通り、リュエルの姿はそこには無かった。

隣の部屋から、水の跳ねる音とリュエルとマチウの声が聞こえてくる。トゥエの予想通り、リュエルは湯浴み中であるらしい。そして、居室のソファの上には、着替えのチュニックとマントの他に、例の『石』の付いた首飾りも半ば投げやり気味に置かれていた。

 良かった。ほっと息をついて、『石』に手を伸ばす。

 幾らリュエルの為とはいえ、リュエルと争ってまで『石』は奪えない。

 だが。

 トゥエの手が石に触れた、丁度その時。

「何をしている!」

 鋭い声が、トゥエの手を止める。

 この声、は。

「ウォリス」

 そのまま、ゆっくりと振り返る。

 トゥエの目の前には、つり上がった目をしたウォリスが立って、いた。

「それを奪ってどうするつもりだ」

 静かな、だが怒りの籠もったウォリスの声が、トゥエの耳を打つ。

 その怒りに、トゥエは正直戸惑って、いた。

 一体何故、ウォリスはこんなに怒っているのだろうか? ……この『石』の、為?

「お前の手にだけは、渡せない」

 戸惑いに立ち尽くすトゥエの右腕を、不意にウォリスが掴む。

 何もできないまま、トゥエは背中から床に落ちた。

 激痛が、身体中を走る。

 だが、痛みに呻くより先に、疑問がトゥエの頭を駆け巡った。……僧侶であるはずのウォリスに、こんな腕力があっただろうか?

 それでも何とか、起き上がる。その時には既に、ウォリスはトゥエと『石』の間に立って、いた。

「その、『石』を、僕に渡してくれないか?」

 この状態では、『石』を奪うことができない。でも、ウォリスを説得することができれば。そう思い、トゥエは口を開いて自分の意志を伝えた。

「これ以上リュエルに残酷なことはさせられない」

「断る」

 だが、ウォリスの返事は、トゥエの予想の斜め上を行っていた。

「私は、この力で、魔皇帝を退ける」

「何故?」

 だから思わず、そう尋ねる。

 それに対するウォリスの答えは、ある意味予想できるものだった。

「私のような境遇の子供をこれ以上増やしたくない」

 それは、分かる。

 廃都ウプシーラの光景がぱっと脳裏に浮かぶ。あのような悲劇は、二度と起こしてはならない。

 だが。

「じゃあ、リュエルがどうなっても」

 懸念を、口にする。

 ウォリスの答えは、やはりトゥエの予想通りだった。

「構わない」

 断定的なその口調に、次の言葉が出ない。

 ウォリスの気持ちは、理解できる。だが。

 ……トゥエにとっては、『国』よりリュエル個人の方が大事だ。

 だから。

 トゥエはウォリスに向かって突進した。力押しを試みたのだ。だが、トゥエの身体は、ウォリスに当たる前に見えない力によって止められた。

「なっ!」

 思わず叫ぶ。

 忘れていた。ウォリスも魔法が使えるのだ。

 次の瞬間。

「あ……」

 不意に、意識が遠くなる。

 これも、魔法の一種だ。

 そう思う前に、トゥエの意識は暗闇へと閉じ込められて、しまった。


 次に目を覚ました時には既に、トゥエは再び自分の居室にいた。

 辺りは既に夕方とはいえないくらい暗くなっている。

〈……ウォリス〉

 薄暗い空間で、先ほどまでのことを反芻する。

 『力ある石』は、それを直接持つことのできない人間の意志をも時に操れるほど強大な力を持っている。カルマンは確か、そうも言っていた。

 先程トゥエに対して見せた、いつもとは明らかに違う力からすると、おそらくウォリスも、『石』に操られている可能性が大である。と、すると、『石』を奪う為には、リュエルの他にウォリスの『目』にも注意しなければならないことになる。……もしかすると、リュエルの側に居るマチウと、ヘクトの『目』にも。

 トゥエがそこまで考え、俯いて溜息をついた、丁度その時。

「……トゥエ」

「ちょっと待てよ、兄者」

 青銅製の板鎧が壁にぶつかる音と共に、ヘクトとマチウが現れる。

 マチウの声に深いやるせなさが混じっているのを、トゥエは敏感に感じ取った。

「本当にトゥエをあいつらに引き渡す気か?」

 ベッドに横たわるトゥエを庇うように、ヘクトがマチウの前に立つ。

「ああ」

 だが、マチウの表情は、あくまで冷静だった。

「何でだよ!」

 対してヘクトの声は、明らかな怒気を含んでいる。

「今度のことも、もとはといえばあの二王子が先に手を出したんだろ?」

 ヘクトとマチウの会話から、大体のことは分かる。第一王子と第二王子の後見人達が、二王子『消失』の『下手人』を引き渡せと言ってきたに違いない。

 二王子『消失』の原因は、リュエルの持つ『石』の所為。だが、後見人達に『石』を引き渡しても、消失の説明にも責任の所在に関する説明にもならない。第一『力ある石』をむやみに『敵』に渡すわけにはいかないのは自明の理だ。……『石』の所持者であるリュエルを引き渡すわけにはいかないことも。

 だから。

「良いんだ、ヘクト」

 そう言って、ベッドから身を起こす。

 これ以上、ヘクトとマチウの言い争いは聞きたくなかった。

「僕は、行くから」

「……済まない、トゥエ」

 背後から、マチウの声が降ってくる。

「リュエルの為なんだ。我慢してくれ」

 分かっている。だが……。

 『石』のこと、ウォリスのことが脳裏を離れない。

 ……リュエルの、ことも。


 マチウに連れられてやって来た部屋にいたのは、いかにもという感じの黒衣の集団。

 その集団が、トゥエの手首と肩を縛る。しかもご丁寧にも、首には首枷、口には猿轡、目には目隠しという『完全装備』である。

 歩きにくいから目隠しだけは外して欲しい。トゥエは正直そう思った。だが、ここで文句を言ったり騒いだりするわけにはいかない。不用意な一言が、リュエルを不利な立場に落とすかもしれないのだ。だからトゥエは、大人しくされるがままになっていた。

 と。

「トゥエ!」

 突然、リュエルの声がトゥエの耳を打つ。

 目隠しをされているから、当然何も見えない。だが、リュエルがすぐそばにいる。そのことが、トゥエにはとても嬉しかった。

〈……大丈夫です、リュエル〉

 心の中で、そう、叫ぶ。

 自分がどうなっても、リュエルには幸せになって欲しい。この時、トゥエは心からそう、思った。


 ……もちろん、『石』のことだけは、しっかりと心に引っかかってはいたのだが。


 トゥエを引き連れた黒衣の兵の一行は、徒歩のまま砦を出た。

 新都ラフカに連れて行かれるのだろうか。暗闇の中を半ば強制的に歩かされながら、トゥエはふと、そう思った。そして、連れて行かれた後、は……。

 全身に、悪寒が走る。

 『死』はいつも、意識していたはずだった。だが、やはり、怖い。

 と、その時。

 トゥエの横を、一陣の風が駆け抜ける。

 次の瞬間、トゥエを引っ張っていた綱の動きが、唐突に止まった。

「全く」

 不意に、静かな声が響く。

 この声は……カルマン? 思わず首を傾げる。

 でも。……助かったのだ、多分。トゥエは心底ほっと、した。

「闇夜に護送とは、向こうも頭に血が上っているとみえますね」

 手首と肩と首と目と口が、次々に自由になる。

 トゥエの目の前には、明らかにカルマンと分かるしっかりとした影が、確かにあった。

「逃げなさい」

 その影が、静かにそう囁く。

「でも……」

「エッカート様の命令です。……そして、彼の願いでもあります」

 トゥエの逡巡を止めるカルマンの声が、闇夜に響く。

 しかし、それでも。どうしても、やらなければならないことがある。

 だが。

「『石』のことは、しばらく忘れなさい」

 トゥエの躊躇いの原因を、カルマンは正確に言い当てた。

 これでは、トゥエに反論の余地は無い。

「チャンスは必ず巡ってきます」

 確信に満ちたカルマンの言葉に、思わず頷く。

 トゥエはカルマンに一礼すると、砦に背を向けて暗闇の中を走り出した。

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