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影の軍  作者: 風城国子智
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 目を開けると、暗い天井が見えた。

 何処の、天井だろう? ぼうっとした頭でそれだけ考える。

 確か、自分は、リュエルを襲った刺客と戦っていたはずだ。なのに何故今、ベッドの上に寝かされているのだろう? ……そうだ、リュエルは? 無事なのか?

 突然襲ってきた焦りに、上半身を起こす。

 だが。次に襲ってきたのは、激痛だった。

「うっ……」

 痛みに耐えられず、再びベッドに突っ伏す。

 丁度その時、大柄な影と小柄な影がトゥエの脇に立った。エッカート卿とカルマン、だ。

「……お、やっと起きたか。案外元気だな」

 先に声を出したのは、エッカート卿。

「やっと目覚めましたね」

 その横で、カルマンが滅多に見せない笑みを浮かべていた。

「まあ、これで大丈夫だろうが」

「怪我の具合がどうなっているかが問題ですね」

 明らかにほっとした顔のエッカート卿が、トゥエの身体を起こし、カルマンがトゥエの背中を検める。その間、トゥエの思考はずっと混乱の極みにあった。

 エッカート卿とカルマンがいるということは、ここは、エッカート卿の屋敷だ。おそらく、大怪我をしたトゥエを王宮に留めることができなかったのだろう。それは、ぼうっとするトゥエの頭でも何とか分かった。

 問題は、リュエルのことだ。

 現在、トゥエのいるこの部屋にはエッカート卿とカルマンしかいない。リュエルも、他の仲間達も、一体何処へ行っているのだろうか? あの時リュエルを襲った刺客は全て倒したはずだが、果たしてリュエルは無事なのだろうか?

「……あの」

 息をする度に、胸が痛む。

「リュエル、は?」

 やっとの事で、トゥエはそれだけ聞いた。

「リュエルなら、もう、砦に戻っている」

 その質問に答えてくれたのは、エッカート卿。

「ここにいても危ないだけだからな」

 傷に全く響かない、意外に繊細な動作でトゥエをベッドへ寝かせながら、エッカート卿はこれまでの事情をかなり詳しくトゥエに教えてくれた。

 それによると。

 リーニエ国内において、現在、リュエルの王子としての評価が上がっているそうだ。先の魔皇帝の侵攻に対して良く砦を守り、しかも緩衝地帯内に住む人々をも砦で保護したことが高評価に繋がっているらしい。新都ラフカにいた第一王子ベッセルは魔皇帝の侵攻に対し出陣もせずただ怯えていただけだし、避難してきた人々の保護を拒否した。こんな王子を評価する者など誰もいない。南都アデールに居て何もしていない第二王子ダグラスの評価など言わずもがなである。

 しかし、二王子がこの評価に危機感を持ったことも確かである。だから、今のうちに末王子を亡き者にしようと企んだ。王が病気である今だからこそ起きた、王位継承に関するある意味つまらない争いであるといえる。

「まあ、こちらとしては、二王子が暴挙に出てくれた方が助かるのだが」

 一瞬だけ、エッカート卿が本音を述べる。

「しかし、リュエルの身に何かあってはいけない」

 二王子の母親はリーニエ王国北部出身、リュエルの母親は南方の豪族であるエッカート卿の身内だ。二王子とリュエルの王位争いは、南北の豪族の争いともいえる。この事件にエッカート卿が敏感に反応してもおかしくは、ない。

「だから、砦に戻したのだが……」

 明らかに心配そうに眉根を寄せて、エッカート卿はそう、呟いた。

 確かに、砦になら兵もいるし、リュエル付きの小姓であるヘクトやマチウ、ウォリスが常にリュエルにくっついている。暗殺さえ注意していれば、二王子の手からは無事だろう。だが、魔皇帝に対しては、国境に近い砦は安全とはいえない。一度撤退したとはいえ、魔皇帝が何時また侵略を開始するかは誰にも分からないのだ。

「ここで悩んでも、仕方ありませんよ、卿」

 腕を組むエッカート卿の背後で、カルマンの静かな声が響く。

「そうだな」

 その言葉に、エッカート卿は腕組みを解き、いつものように豪快に笑った。

「とりあえず行動するほかない、か」

 そう呟きながら、エッカート卿はトゥエにくるりと背を向ける。

「ま、トゥエは何も心配せず、ここでゆっくり休んでろ」

 そう言って去っていく卿の広い背中に、トゥエは少しだけ安心した。


 だが。……少しだけ、だ。


 季節は、すでに冬である。怪我の治療には良い季節であった。

 一日、また一日と日が経つにつれ、トゥエの身体の痛みも段々と治まっていった。

 しかしながら。……やはり、心配なのはリュエルのこと。

 砦に、刺客が入り込んでないだろうか。マチウやヘクトのことを信頼していないわけではないが、もしリュエルが刺客に襲われたら、彼らで対処できるだろうか? ……あまり考えたくはないが、こんな時にもし、魔皇帝が再び侵略してきたら? エッカート卿は心配するなと言っていたが、やはり、心配せずにはいられない。

 だから。

 まだ痛む背中の傷を庇いながら、そっと、ベッドから滑り降りる。

 目的はもちろん、盥と水を見つけ、『水鏡の術』で砦にいるリュエルの様子を覗くこと。

 だが。

「何をしているのですか、トゥエ」

 やはり、というべきか。途中でカルマンに見つかってしまう。

「あの、えっと……」

 リュエルのことが心配で。そう、言い訳しようとしたのだが、カルマンの厳しい視線に言葉を奪われる。トゥエは思わず俯いた。

「仕方ありませんね」

 ため息をつくカルマンは、それでも、トゥエの目の前に水を張った盥を用意してくれた。

「少しだけですよ。無理は、しないように」

 カルマンの言葉にこくんと頷いてから、水面に向かって精神を集中させる。

 目的の人物を捜す術は体力を余分に使うので、トゥエは『目的の場所』を映す呪文をそっと、唱えた。

 すぐに、リュエル達の駐留する砦の大広間が水面に映る。

 リュエルがいるとすれば、大広間か居室だろう。昼間のこの時間なら大広間か。そう思い、大広間を映すよう意識を集中させたのだが、今日の大広間には誰も居ないようだ。仕方がない。トゥエはそう思い、居室の方を探してみようと意識を移しかけた、丁度その時。

「やあ、トゥエ」

 水面いっぱいに、ウォリスの顔が大写しになる。

「ウォリス!」

 トゥエは思わず叫んだ。

 何故。そう訊こうとしてはっと思い当たる。ウォリスは僧侶である。魔法にも詳しい。『水鏡の術』を知っていても不思議ではない。

 実際に。

「これ、『水鏡の術』だろ」

 ウォリスは特に戸惑う様子もなく、トゥエに向かってにっと笑ってみせた。

「リュエルなら、天気が良いんで中庭で兵達の訓練をしてる」

「あ、ありがとう」

 トゥエは戸惑い気味にウォリスにそう返事をすると、気を取り直してもう一度意識を集中させた。

 すぐに、砦の中庭の様子が水面に映し出される。

細板鎧を着て兵の訓練を指揮するリュエルの様子に、トゥエは心底ほっとした。

「……あの、僧侶は?」

 不意に、トゥエの横で水面を見ていたカルマンが尋ねる。

「ウォリスです。僕たちの幼馴染みで、先頃リュエル付きになった」

「ふむ……」

 トゥエの説明に、カルマンは顎髭を捻りながらぼそっと呟いた。

「『水鏡の術』は一方通行。会話はできないはずですが」


 元気なリュエルを見て、トゥエは心から安心した。

 しかしその安堵感も、一晩経てば消えてしまう。

 カルマンに盥を用意して貰ってリュエルの姿を確認した翌朝。再び『水鏡の術』を試みるトゥエの姿が、あった。

 丁度良いことに、昨日カルマンが用意してくれた水が張られている盥が部屋に残っている。それを見つけたトゥエはにっと笑うと、いそいそと盥に躙り寄り、盥を覗き込んで精神を集中させた。

 体力が余分に必要なので昨日は使えなかった『探している本人を映し出す』方法を使う。

 すぐに、リュエルの姿が水面に映し出された。

 リュエルは朝の散歩中らしい。砦で一番高い塔の上にいた。しかも、たった一人で。

 危ない。直感的にそう思い、苛立つ。刺客に狙われているリュエルを一人にしておくなんて、マチウもヘクトも何をしているんだ。トゥエがそう思った、まさにその時。

 風景を眺めているリュエルの背後に、二つの影が立つ。

 あれは、……第一王子ベッセルと第二王子ダグラス!


 危ない!

 そう思うより早く、トゥエは盥へと飛び込んで、いた。


 水を感じるより先に、冷たい風を感じる。

 眼下では今まさに、第一王子ベッセルの太い腕がリュエルの首を掴んだところだった。

 助けなければ。だが、トゥエが今いる空中からは遠すぎる。

 トゥエは歯ぎしりし、しかしそれでもリュエルを助けようと両腕を伸ばした。

 と、その時。

 一瞬だけ、リュエルのペンダントが光を放つ。

 そして、次の瞬間。

「あっ!」

 二方向から、驚きの声が上がる。トゥエ自身の声と、第二王子ダグラスの声だ。

 リュエルは、石になったようにその場を動かない。

 だが、ベッセルの姿は、何処にもなかった。

 まさか。嫌な予感が、トゥエの脳裏を過ぎる。

 リュエルの持つ『力ある石』がその力を発揮し、第一王子を消してしまったのだ。

 驚愕と戸惑いの内に、リュエルの前へ降り立つ。背中でリュエルを庇いながら顔を上げると、驚愕と恐怖に顔を歪ませたダグラスの姿が、目の前に見えた。

「貴様ら、何を……!」

 叫びながら、ダグラスが腰の剣を抜いて二人に襲いかかる。

 止めなければ。トゥエはとっさにそう思い、腰を探った。だが、当たり前のことだが、腰にいつも差している短刀は、今は無い。得物である短槍に至っては、言わずもがなである。それでも。身体を張ってダグラスを止める為に、トゥエは立ち上がり、両腕を大きく広げた。

 しかし病み上がりのトゥエの力では、体格差のありすぎるダグラスは止められない。

 弾かれて、床を転がる。

 全身の痛みに耐えながら飛び起きたトゥエが目にしたのは、リュエルに襲いかかるダグラスの姿。

 ここからでは、届かない。怪我が治っていないから、ダグラスを止められる確率は限りなく、低い。

 それでも。

 トゥエは腕をバネにして飛び上がり、背後からダグラスを羽交い締めにしようと、した。

 と、その時。

「うわぁ!」

 リュエルの頭上に剣を振りかざしたダグラスから、悲鳴が上がる。その大柄な身体のあちこちから煙が出ているのが、トゥエの位置からでもはっきりと見えた。

 そして、次の瞬間。

 ダグラスの姿も、トゥエの目の前から、消えた。

 全身が、悪寒に包まれる。

 トゥエは何も言えず、その場に立ち尽くした。

 思いがけず見せつけられた『力ある石』の力。その力の強大さに、正直恐怖を感じる。

 それでも。リュエルが助かったのだからよしとすべきなのか。トゥエは想いを全て飲み下してから、リュエルの方へと一歩、近づいた。

 と、その時。

「自業自得だ」

 ぞっとする音が、トゥエの耳を打つ。

 振り返ると、リュエルの唇が残虐に微笑んでいるのが、確かに、見えた。

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