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意外な一面

なんだかんだであれから三週間が経ち、響も大学が始まったこともあって前みたいにしょっちゅうも顔を合わさずにすむようになってた。


あたしも要領をだいぶ覚えてきて最初の頃よりは仕事をスムーズに出来るようになってた。屋敷の広さにもだんだん慣れてきたし。


鳴ちゃんや拓斗さんともたまに出会うと話をしたりして(紫音さんとはまだ会えてないんだけど)少しずつだけど仲良くなれていってる。

もちろん立場はわきまえて接しないといけないけど。


「あっキャロちゃん」


お昼過ぎにキッチンの廊下をモップがけしているときだった。

向こうから凜さんが急ぎ足でやってくる。


「いいところにいてくれたわ。今鳴様が家に戻ってきたんだけど、熱があるみたいで早退してきたみたいなの。

今日は可憐が急用で休んでて、代わりに鳴様の看病してあげてくれないかしら??」


「えっ鳴様が!わかりました!行ってきます。」


「ありがとう。お願いね。」



鳴ちゃんが熱・・大丈夫かな。


あたしはアイスノンなどの看病グッズを適当に持って鳴ちゃんの部屋に向かった。


コンコン・・・

ガチャ


「鳴ちゃん、大丈夫ですか?」


鳴ちゃんの部屋に入ると奥にベッドがあり、ブレザーだけ脱いで制服のまま布団の上に横になっている。

鳴ちゃんの制服はグレーのブレザーに紺色のネクタイ、そして紺と白と黒のチェック模様のズボンスタイル。

よく似合っててカッコイイ・・って見とれてる場合じゃないよね。



「・・ん?・・キャロちゃん?」と鳴ちゃんは体をゆっくり起こす。


「はい、あたしです。可憐さん今日お休みなので代わりに来ました。」


「マジで・・らっき~」といつものように軽い口調だけど表情はぼーっとしていてしんどそう。


「熱測りました?」


「うん38度3分」


「けっこう高いですね・・」


「隣の奴が今風邪で休んでて・・もらったかも」


「そうですか・・じゃあ早く治して元気にならないと」


「うん・・・ねえキャロ・・」とあたしの腕の裾を引っ張って見つめてくる。そんな子犬のような目で見られると・・・きゅんってなるなぁ。


「どうしました?」


「一緒に寝て」とおねだり目線。


「・・・え?!」


「そしたら早く治る」


「だ、ダメですよ~!もう、そんな冗談言えるぐらいだから大丈夫ですね。」


「ちぇっ・・」


なんか今日の鳴ちゃんは甘えん坊だなぁ。かわいいからいいけど。


「何か食べますか?」


「うん、じゃあリンゴ剥いてくれる?」


「はい、用意してきてますのでちょっと待っててくださいね。」

さっきキッチンから持ってきてたんだ。よかった。


あたしが果物ナイフでリンゴを剥いてると


「小さい頃からさぁ・・」と静かに話し始める。


「ん?」


「メイドにしか看病してもらったことないんだよね・・」

と天井を見ながら遠い目をしてる。


「・・・」


「気付いてると思うけど、うちは共働きで、ずっとこんな感じなんだ。だからおれにとってはメイドが母さんみたいなものなんだ。」


「そうでしたか・・・」


だから鳴ちゃんはメイドに対して分け隔てがないというかフレンドリーに接してくれるのかな。


「っていうか他の家もそうなんだと思ってた。ずっとこの家で育ってきたから・・友達んち行って、母親が料理作ったりしてるの見て初めて気づいたんだ。うちは特殊なんだって。」


「物心ついたときからメイドさんが全てお世話してたら自然とそうなりますよね・・」


「うん。でもさ、そんな寂しくはなかったんだ。優しいメイドがいつも傍にいてくれたし母さんも休みのときは傍にいてくれた・・ただ何だろうな・・ふとしたときに胸に穴が開いたような感覚になるのは・・」



「きっと誰もが・・その穴を持ってると思います・・」


「キャロも?」


「はい・・だからずっと探し続けるんです。その穴を埋めてくれる存在を」


「そっか・・おれだけじゃないんだね・・安心した」


「剥けました。食べます?」


「うん!あーん。食べさせて」


もーほんと甘えん坊だ。風邪だから大目に見てあげるかぁ。


「しょうがないですね、はい、あーん」

と鳴ちゃんの口元にリンゴを持っていった瞬間


バタンっと扉が勢いよく開いた!


「おい、おまえら何してんだよ」


えっ?!!


後ろを振り向くと強烈な威圧オーラを放ちながらもう見慣れた見下しポーズで立ってる響がいた!


ぎゃーーー!出たぁぁぁ。

な、何でここに???


「扉の隙間開いてて、なんかカップルみたいな会話が聞こえてたから変に思って開けたんだよ。そしたらこの有様だ」

冷静な口調だけどひしひし怒りが感じられる・・・

会話に火花が散っているというか・・


「き・・今日は可憐さんが休みだからあたしが代わりにって仰せつかってるんです!何もおかしくなんかないですよ!」


負けるもんか!ほんとにそうなんだから。響に怒られるようなことは何もしてない。


「これのどこがおかしくねーんだよ。メイドの分際で主人とカップルごっこしてんじゃねーよ。鳴、もういいだろ。こいつは今からオレが使う。誰か必要なら別のやつを呼べ」


「はいはい分かったよ。頭に響くからもううるさくしないでよ。キャロ、ありがとう。またね」

と弱弱しく手を振る。


鳴ちゃん・・・大丈夫かな。後で凜さんか誰かに連絡しておこう。


それにしてもだよ、ここまで怒る?!

そんなに怒られるようなことしたのかな。

でも何か気に食わないことがあるみたい。


どうせ自分勝手な理由だろうけど。




怒りオーラを放ちながら先をズカズカ歩いていく響の後ろをあたしは小走りに付いて行った。


「何で?」と響は自室のソファにどかっと座ってあたしの方を見ずに言う。さっきより怒りは小さくなったみたい。

いつもの冷めた口調に戻ってる。


あたしは響の後ろに立ってその背中に話し掛ける。


「何がですか?」


「おまえオレの専属だよな?」


「そうですけど・・・」


「オレの世話だってろくにできてねーのに他の奴面倒見る余裕なんてないはずだろ?」


「わかってます・・まだまだ未熟者だって。でも今日は・・」


「さっき」


「え?」


「やけに楽しそうにしてたじゃん。オレのときはあんな表情しねーくせに」



えっ・・・



こっちを見ないから表情からは分からないけど、響の声はなんとなく拗ねているように聞こえた。


ここに来てからこんな響は初めてかもしれない。


そういえばあたしはいつも命令ばかり聞くだけで、あまり響と話という話をしていない。

そのことに今改めて気付いた。


あたし、ただ命令だけ聞く機械みたいなメイドになってる・・?


今までずっと余裕がなかったし、響の俺様な態度が苦手で、無難に仕事さえしてればいいみたいな形になってた。

けどそれでいいんだろうか・・・?


なんだろ・・この寂しい気持ち・・・

胸の穴が広がっていくような・・・



メイドの役割とかどうあるべきかとかそんなのはまだ分からないけど、ただ今の状況が続いていくのは良くないんじゃないかなって思う。



そういえば響はあたしを見てくれるといった。

でもあたしは・・?


響のこと全然見てないし・・見ようともしてなかった。

ご主人様のことを何も知らないでメイドの仕事なんて務まらないんじゃ?


今気付くなんて情けない・・すっごく基本的なところが抜けてたみたい。



「響様・・ごめんなさい。」

あたしはほんとダメメイドだ。


「別に、気にしてないから。」


今のままじゃ専属と呼べないメイドだ。あたしはちゃんと専属になりたい。響のこと知っていきたい。

だからちゃんと向き合おう。たくさん話そう。



「あの・・今日は大学早かったんですね」


「うん。教授が体調不良でお昼からの授業が休講になった。」


「それはラッキーでしたね」


「まぁね。でもおかげで暇になったしなー。バイトでもすっかな。」


「お金に困ってないのに・・ですか?」


「ばーか。今のうちに社会勉強しとくんだよ。おまえみたいな崖っぷち就活生にならねーように」といつもの意地悪な口調で言って、やっとこっちを見てくれた。


「それはひどいです!ちゃんとギリでしたけど就職できましたし!」


「ふんっ」とハナで笑う。


あれ?なんだろ・・意地悪なこと言われても前より穏やかに受け入れられるようになったというか・・

ささいなことだけど変化が嬉しい。


「おまえ何ニヤニヤしてんの?頭変になったんじゃね?」と怪訝な顔してる。


「もう!ニコニコと言ってください!あたしは一つ大人になったんです。響様の意地悪にも冷静に受け入れられるように・・」



「へー・・大人にねえ?」と言ってゆっくり立ち上がる。



うっ・・何その何か企んでるような目は・・

あたしは嫌な予感がして後ずさりを始めた。

そんなあたしの方に容赦なく近づいてくる響。


トンっと背中に何かあたった。壁だ。


いつの間にか壁際まで追いやられてしまってたのだ。


目の前まで来た響がバンっとあたしの顔の両側に手をつく。


あ~包囲された!


あたしは完全に固まってしまって、でも心は激しく動揺していた。


ひゃーっ

顔近いってー!それにこの体勢じゃ逃げ出せない。


「これのどこが大人になったって?」

とあたしの顔を覗き込むようにして言う。


どきぃぃっ 心臓が飛び出しそう!


間近で見るとほんと綺麗な顔してるなぁ・・ってそんな見とれてる場合じゃなかった。



「う~~~~~!」


けどこのときのあたしはちょっと強気だった。

いつもいつもやられてばかりじゃ女がすたる!

今どきの女の子はねー男の子より強いんだからー!くらえー!


ぎゅ~~~!


あたしは自分でもびっくりだけど、響に思いっきり抱きついてやった。抵抗のつもりだった。とにかくなんかもうがむしゃらな思いで。


「!!」



しーん・・・・




あれ???何も反撃してこないの・・?

抱きついたまま響の方を見上げると、あの響がぽかんとした表情でこっちを見つめてる。

その後急にハっと我に返り、白い肌がみるみる赤くなっていったのだ。


えっウソウソ、そんな反応、ウソでしょ~~?!

あのいつも上から目線で冷静で俺様の響が?!



「おまえご主人様に何してんだよ・・」と怒りを押し殺したような声を出す。実際目は本気で怒ってるようだった。


「エヘ☆びっくりしました??飼い犬だってたまには噛みつくんですよ?」とあたしの方はお気楽な口調。



「うるさい!出てけ!」

とがしっと首ねっこををつかまれてドアの外に放り出された。


もう!乱暴だなぁ!



それにしてもさっきの響の反応・・・

意外だったなぁ・・。ものすごく貴重なものでも見たような気分。


なんかいつも俺様しか見てないから、やけにかわいく思える・・。



ふいに拓斗さんの言葉が頭に浮かんだ。


『人は深いものだよ』


ほんとにそう。色んな一面を持ってる。


これからも色んな一面を知っていきたいな。


なんか今日からが本当のスタートのように思えてきた。



うん。あたしのメイド生活はここからが本番だ!


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