道
季節は冬に向かっている。
もう長年勤めている居酒屋への出勤途中、空を眺めてあまりの美しさに足を止めた。
まるで計算されて描いたような、うろこ雲。
世界情勢は不安定で、人の心も拠り所なく、天候も定石を忘れてしまっている乱世。
これも神が定めた計画通りの試練だというのだろうか。
私は、今年22になる。
相変わらず、隠れた霊能者として名高いお祖母ちゃんは精力的に全国を飛び回っている。
口癖は「いつかはお前と五見に後をお願いするよ」
幼いころは反発していたそのお祖母ちゃんの言葉にも、
最近は一考の時間を自分に与えている。
五見は高校三年になった。
ますます神秘的な美しさを持つ美人になった。
どうやら、あの宿命の同性の同級生とは何事もなく、
友達として別れられそうだということだ。
五見は過去の自分に勝ちつつあるということだろう。
アカも元気でまだ側にいてくれる。
でも、私は思っている。
いつかは自由にしてやらなければ。
私とアカは呪の関係ではない。
まあ、ゲームが呪と言えばそうなのだけれど、
でもその呪という言葉は同じでも、
私たちの間には呪い(のろい)はないのだ。
しかし、私の寂しいという執着があって、
どうやらアカとのお別れには、もう少し時間がかかりそうだ。
信号待ちの交差点で、ふと辺りを見渡すと、
信号機の下でうずくまって泣いている少女がいる。
幼稚園年長くらいだろうか。赤いひだのスカートに白いブラウス。
おかっぱの髪の毛が、しゃがんで泣いている慟哭に合わせて揺れている。
信号が派手な電子音の「通りゃんせ」を流して、歩行者に青を告げた。
周りに同調して歩き出そうとして、私は足を止めた。
どう見ても、周りが一向に気にしないことでも、
その少女は生きている人間ではないとわかる。
でも。
最近は思う。
生きていても死んでいても、そこに悲しんでいる者がいたり、
嘆いている者がいたり、迷っている者がいるのなら、
人としてやはり、見捨てずに力を貸してやるのが道ではないのかと。
もし、この今の交差点を渡る人達に、
あの信号機の下で死んだのを知らずに泣いている少女が見えたとしたら、
みんな見えないように、無視して通り過ぎるのだろうか。
私はやはり、そうではないと信じたい。
少なくとも一人くらいは、「どうしたの?」と、
少女に声をかけてあげたと信じたい。
というか。
私は私の変わった能力によって、
死んでしまった人の、自分の人生以外のたくさんの経験を繰り返させてもらった。
いろんな勉強をさせてもらった。
その経験を通すと、やはり人は、
絶対的に、少女を助けてあげる人が多いと、信じているのだった。
道は開けている。
どんな人にも。それは死と同じくらい平等に。
私は迷わず、信号機の下で泣いている少女の元へ歩いて行った。
多分、少女が見えない人は怪訝に思うであろう。
でも、結局、何をどう迷おうと、答えはひとつだ。
それは、自分の心の中の真実に従うということ。
私は信号機の下に行くと、
見えている少女に合わせてしゃがみこみ、声をかけた。
「どうしたの?おねえちゃんが助けてあげるよ?」
鬼録
了




