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鬼録   作者: 小室仁
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花 3

 ワンカップの酒を三本飲み干した。

体中にいい具合に酒が回り、さっきまでの出来事の何もかもが、

どうでも良くなる。

ちらりと入り口のドアを横目に見ながら、

「諦めたのかしらねえ」

私が呟いた途端、

ドアノブがガチャガチャとかすかな音を立てて動いた。

私はびくりとして、ドアを凝視した。

外から握って動かしているかのように、ドアノブが動いている。

側で私の酒の相伴をしていたアカが、思わず膝を立てる。

「私めの張った結界に恐れず挑んでいる様子を見ると、

 動物に落ちた、ただの人間の残骸でもありませぬ様子。

 真備様を煩わせるとは、一介の堕落ものでありながらけしからんですな。

 ここは一つ、私めが喰って参りましょうか」

アカが青い頭巾の下からちらりと私を見て言う。

 頭巾からのぞく美しい女の顔をしたその目は紅く、口の端から覗く舌も紅い。

鳥独特の薄い膜のようなまぶたがゆっくりと、上下から目を覆ってまばたく。

心なしか着物の袖から出ている手の爪がカギ爪のように長くなった気がした。

私は「お願い」とすぐさま言いかけて、少し躊躇した。

酒の酔いも手伝ってか、気が大きくなっていたのかもしれない。

「動物に堕ちると言う事は、何か悪い事をしでかして、

 何らかの執着とか執念から抜け出せなくて、

 無理やり動物に生まれ変わったわけだよね」

少しろれつが回らない。頭はすっきりしているのだけれど、

やはり体は酒に侵されつつあるようだ。

そりゃ日本酒三合も飲めばそうだろう。

しかし、いつもこんな調子なのは若い女としてどうかと思うけれど、

でも、酒でも何でもどんな手段ででも、

こんな風に自分を弛緩させることが出来ないと、きっと私は生きてはいけない。

「そうでござりまするが」

アカは立ち上がりかけた膝をゆるめて、私に頷いた。

「なんでドアの外にいるやつは、人間から猫に堕ちてまで戻りたかったのかな」

私はコンビニの袋をがさがさといじると、もう一本酒の透明なカップを取り出した。

プルタグを引く。そして口をつけてドアを見た。

「なんで、私に憑いてきたのかしら。理由が知りたい」

単なる酔っ払いの口調になって言うと、私はよろよろと立ち上がった。

「真備様?」

アカが不安げに呼ぶ。

私は無視をして、よろよろとドアに歩いていった。

「どっちにしろ、ろくでもないものには違いがございませぬぞ。

 下手に関わっても面倒になるだけでございまする」

アカが強い口調で言う。

私は手に持った酒を大きく煽ると、吐き捨てるように言った。

「どっちにしろ、いつだってこいつらは私を放っときはしないのよ。

 こいつをやり過ごしても次が来る。そうでしょ。

 面倒に見舞われているのも生まれつきよ。あんたもその一つだけどね」

言ってはならない禁句をちりばめて、酔っ払いの私は言い放った。

アカは黙って私を見ていた。


さっきまで一人で動いていたドアノブを握る。

そして、私は力を込めてまわした。


ドアは開き、そこには意を反せず影が佇んでいたのだった。



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