帰らずの森 了
私は、浩太と爺のもとへと走った。
全力で、小さな頭蓋骨を大事に胸に抱えたまま。
耳鳴りがする。
辺りの木々を震わせるような音。
これは私だけに聞こえるものなのだろうか。
一体、人は何を求め何を探し生きているのだろう。
いや、死んでもなお探すものがあるのだとしたら、
死は意味が無い。
それは一体どういうことなのだろうか。
やはり、死と言うのはただの言葉上の区切りなだけで、
生命の流れにおいては、死によって終わるものは実際には何も無いのだろうか。
生きていても何かを探し、
死んでもなお何かを探し彷徨う。
ならば、きちんと生きている間の課題を果たし、
生まれ変わってきた方がどんなにかいい。
義務や責任を放棄したものは、そのままそこに取り残される。
この母親が良い例だ。
でも、そんな愚かな行為にも救いがあるとすれば、
それは愛されているということに気がつけること。
だって、本当はどんな孤独だと思う人だって、
誰かに愛されていない人は誰一人としていないのだから。
胸に抱えた少女の骨が熱を持ってくる。
それは果たして、焦って全力で走る私の体温のせいなのか、
はるか昔に死に果てた少女の思いがなせる業なのか。
やがて、浩太が待つ爺の木の元へとたどり着いた。
空は白じんではいたけど、まだ朝と呼ぶには早い。
私は少女の骨を胸に強く抱えて、ゆっくりと息を整えながら近づいていった。
「ママっ、一体何でなのっ!!!」
咄嗟に、私は叫んでいた。
唸るような怒鳴り声。
言った私が首を傾げていた。
私は一体何を言っているのだろう。
そして、気がついた。
これは私の意思の声ではなく、
胸に抱えた少女の。
浩太がはっと顔を上げてこちらを見る。
その顔は明るい。
私を信じてよかったと思っているメロスのよう。
私はずんずんと足を速めて、
浩太と亡霊の側に近づいていく。
今は肉体を持とうとしている亡霊は、
私に気がついて、
はっと顔を上げ、浩太の手を離した。
私は構わず、亡霊に近づく。
そして、亡霊の顔のまん前で叫んだ。
「どうして!」
少女の意思に任せて。
「どうして、ママは私を置いて死んじゃったの?」
私が言うと、亡霊は崩れ落ちるかのように地面に伏した。
後は号泣する声。
所詮、幻なのだろう。
でも、
肉を持つ人間をも、誘い泣きにいざなうような声だった。
死んでもなお、
これだけ泣くのはどれだけの思いかと、
私は胸を打たれて亡霊を見ていた。
気がつくと、私も泣いていた。
頬がびしょぬれになるくらい。
亡霊が言った。
もしかして、私の勘違いかもしれないし、
気のせいかもしれない。
だけど、その声は聞こえた。
「ごめんね、沙希」
パーンッ。
何かがはじける音がした。
私の胸に抱えていた骨がはじけたのだ。
はじけた骨が、私のこめかみに当たった。
私は気を失った。
その後になって、確かめた事。
爺の宿る木は、
両枝とも、青々した葉をたたえていた。
あんな出来事なんて、無かったかのように。
もめごとを、一つ超えるたびに、
生きているものは強くなる。
それが植物であれ、人間であれ。
浩太も私も、
キャンプをしていた同僚達に、無事助けられた。
朝を過ぎた頃。
気を失って、二人して大きな木の下で寝ていたのだ。
もう、二度とキャンプには来ないかもしれない。
少なくとも、私は。
爺の木には、また会いに来るかもしれない。
でも、アカは連れてこない。絶対に。




