帰らずの森 13
夜が白々と明けてきたらしく、
まるきり暗闇だった辺りには、
白いもやがどこからか、低く流れて来るのが見え始めた。
アカから今夜の事の次第の詳しい補足を聞きながら、
私達は二人して眠らずに、
あのまま、大分火の勢いが弱まってきた焚き火を囲んでいた。
「だってさ、何十年も前に死んだ子供の遺体なんて、
見つけられると思う?それを見つけろって、不可能に近いっての」
私の呟きに、アカは答えずただじっと炎を見ている。
「なんならさ、朝一番に何かしら理由をつけて言って、
さっさとこのキャンプ場から皆で逃げ出すっていうのはどうかな。
だって、私は魔法使いでも、警察の鑑識課の人間でもないんだし。
あの爺様に会ったのは夢ってことで」
私が自分でも苦しい、気をそらすような言葉を言ってアカを見て言うと、
アカは首を左右に振った。
「真備様、それがそうも行きませぬ」
「え?」
私がそう聞き返した時だった。
「真備ちゃん?」
ふと声がして、私は振り返った。
見ると、林さんがテントの中から出てこようとしているのだった。
「どうしたんですか?林さん?」
私が驚いて言うと、林さんは寝ぼけた感じでサンダルを履きながら、
「浩太を知らないかな?トイレでも行ったのかな?」
朝もやのかかり始めた薄暗い辺りを見回しながら言った。
「浩太君、いないんですか?」
私は脈拍が上がるのを隠して、なるたけ何気なく聞き返した。
「うん、目が覚めたら隣にいないんだ。
しかし、真備ちゃんとお友達はずっと起きてたの?タフだねえ」
起きてそこにいたのなら、浩太の行方を知っているだろうという期待の目で、
林さんは私を見ながら言った。
私は戸惑ってアカを見ると、
浜崎似の姿にいつの間にか戻っていたアカが言った。
「トイレに行ったようですよ。大丈夫、林さん戻って寝てください。
すぐ帰って来ますよ。それに、私達はまるきり寝てないわけではなくて、
早起きなだけなんだしー」
若い女の子の口調を真似て、アカは林さんに言った。
「・・・・そっか、うん。有難う」
林さんは納得したようで、またテントに戻って行った。
「どういうこと」
声は潜めたけれど早口で、私はアカを問いただした。
「あの坊主は、爺が連れて行ったのでございまする。
どうか真備様ご勘弁を」
「はあ?」
今度は私は素っ頓狂な声を抑え切れなった。
「あのじじいが浩太を連れてったって言うの?」
アカは怯えた様子で小さく頷いた。
「何で!!」
気がついて声を潜めたけれど、私の怒りは収まらない。
「無理な事を承知で、真備様に謎をかけたからでございまする。
あの心中事件の子供を見つけることが難しいのは、
爺とて百も承知。何十年も昔のことでございまするから、
子供の体は朽ち果てているのは当然、骨も時刻の経過に伴いその辺り中に散乱して、
一つ所にとどまっているはずがございませんからな」
「ということは、私が見つけられないのを見越して、
あのじじいは浩太を連れて行ったってわけ?」
「そうでございまする」
「信じられない!約束が違うでしょうよ!」
そう言った私の顔を、アカはじっと見た。
私の脳裏にふと、あのじじいの言葉が蘇る。
生きながら朽ち果てるというものが、どういうものかおぬしに分かりますかな。
「一体、浩太があの爺様の体が朽ち果てるのと何の関係があるの」
「真備様、この場所に人間が子供を連れてきたのはあの亡霊が己の子供を殺して死んだ以来、
初めての事なのですよ。爺はこの好機を逃したくないと思っているのでございまする。
母親の亡霊は、かつて爺の枝を使い首を括って死にました。
しかし、肉が腐り消え去った今も、その下で座り込んでおりまする。
そしてどうやってか、爺の生命力を吸い取って、
自分が手にかけた子供を捜して、彷徨い続けているというわけなのでございまする。
その探している子供の身代わりを見つけて、
爺は亡霊から逃れようとしているわけでございまする」
私は言葉を失った。
頭の中がめちゃくちゃになる。
深呼吸を一つして、私は自分を落ち着かせた。
今までのアカの話と、あの爺様に聞いた事を整理してみる。
何十年も前、この森で親子心中があった。
先に子供の首を絞め、母親は爺の枝で首を吊って死んだ。
しかし、子供は死に切れなかったようで息を吹き返し、
母親がぶら下がる木の下から逃れ、森を彷徨ったようだ。
しかし、人も来ぬような深い森の中で外に出る事はかなわず、
そのまま行き倒れて死んだらしい。
亡霊となった母親は、近くに子供がいないのを嘆いて、
何十年経った今も彷徨っているというのだ。
木の精霊の力を吸い取り、何十年も辺りを彷徨っている。
後年、何も知らずにここにキャンプにやって来た人たちが騒いでいたのは、
やはりその母親の亡霊の仕業だったのだ。
ただ、普通の幽霊騒ぎと違うほど、
キャンプ場を閉鎖するほどの騒ぎになっていたのは、
亡霊が古くからいる木の精霊の力を吸い取って行動をしていたからに違いない。
自然界のものに増幅された念の力は、
人間の理解を凌駕するほどのものなのだろう。
「浩太はじじいの木の側にいるのね。母親が死んだ場所の」
私が言うと、アカは頷いた。
「行かなきゃ、憎たらしいガキだけど見殺しには出来ないもの」
私は立ち上がると、側においてあった懐中電灯を手に持った。
「アカ、なるだけ早く戻るようにする。林さんや皆に適当な言い訳言っておいて」
「承知でございまする」
アカは頷いた。
「真備様」
まだ暗い森へと歩き出した私の背に、アカが声をかけた。
「お気をつけて」
私は頷いて、汗ばむ手に懐中電灯を握りなおした。




