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鬼録   作者: 小室仁
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帰らずの森 10

突然、ザーッと物凄い音を立てて森から風が吹いた。

完璧に意思のある強風。

息もつけず、私は地面にはいつくばったまま顔を俯けて耐える。

 何かが怒っている?

一体それが何なのかは定かではなかったけれど、

私は確信して心の中で呟いた。


まるで嵐のような風はキャンプ場の中を猛烈に吹き抜け、

キャンプファイアーの炎をちぎり、いくつかのテントや椅子や、

さまざまな人間達の道具を飛ばし、ようやく消えた。


「真備様、大丈夫でございまするか?」

私の後を追って来たらしいアカが、

青い着物姿から、また浜崎あゆみの姿に戻って私の側に膝まづいている。

「うん」

呆然と、私は風の抜けていった後を見やりながらようやく答えた。




音が戻っていた。

皆の声が聞こえてくる。

「うそー、何これ!」

「うわー、ひどーい」

風が荒らしていった椅子やテーブルなどを見て、

動き出した皆が叫び声を上げている。


「ねえ、アカ。森には心中した亡霊の他に一体何がいるの?」

私はゆっくりと、手足についた泥や草を払いながら立ち上がった。

浩太に噛まれた手の傷が、ずきりとうずく。

「それはですな」

アカは心細げに森を見やりながら、私を上目遣いに見て呟くように答えた。

「森の住人でございまする」

「森の住人?」

「そうでございまする」

「森の住人って、誰?」

私が眉をしかめて聞くと、アカも立ち上がりながら、

「木々達でございまするよ」

そう答えた。



ふと、風が先ほどよりは強くないものの、もう一度森からやって来て、

倒れたテーブルなどを元に戻している皆の間を吹き抜けて行く。

まるで、私とアカの今の会話に賛同するかのような風だった。

「この風、むかつくぅ!」

「天気予報ではこんな強風吹くなんて言って無かったのにー」

皆の間にブーイングの声が上がる。




木々。


私はなんとなく腑に落ちた気がした。

亡霊だけの仕業なら、ここまで自然が力を貸すわけが無い。

「もしかして、その木々とやらが怒ってるの?」

私が言うと、アカは無言で頷いた。

「一体、何に対して怒っているの」

私が聞くと、アカは目を伏せた。

「今夜、丑みつ時にやつばらが真備様を訪れてくるでございましょう。

 その時に、理由がはっきりと分かると思われまする」

「そう」

私は淡白に頷いた。


もうここまで関わったのなら、向き合うしかないだろう。

死んだ人だって私の所にいつもやって来るのだ。

木の精霊が訪れてきてもおかしくは無い。

問題は、浩太をどうにかしようとした先ほどの魂胆を、

木々だろうと、心中事件の亡霊だろうと、

はっきりさせて咎めなければならない。

大体、力ずくで浩太をさらうなんて、

理由や目的がなんにしろ間違いではないのか。

「取り合えず、戻ろう」

私はアカに言うと、喧々囂々騒いでいる皆の下へ歩き出した。

「そうですな」

心持気の進まない感じで、アカは私の後をついて来たのだった。




「真備ちゃん、何か変だよね?この風、何か変な感じがしない?」

和ちゃんが戻ってきた私を見つけて、すがるような感じで話しかけてくる。

彼女は自分が固まっていたのは知らないだろうけれど、

異常な突風には、この場所の事情が事情なだけに、不安を感じているらしい。

「もうそろそろお開きにして、みんな寝たほうがいいんじゃないの」

私は感情の無い声で、和ちゃんに言った。

冷たすぎる言い方だったろうか。

だけど、私にはそう言うしか無かった。

これから私を待ち受けている森の住人に全ての神経がいっていた。

「うん」

ただ和ちゃんはそう不安げに頷いただけだった。


やがて、片付けの騒ぎも静まり、

皆ぶつぶつと言いながらも、テントの中へ消えていった。

時間は午前一時過ぎ。

そして、テントの外には、

私とアカの他に誰もいなくなった。





まだ燃え残りの炎が少しくすぶっていた。

その明かりでようやく自分のすぐ周りだけが見渡せる。

だけど、暗闇は私達のすぐそこまで触手を伸ばして迫っていた。


深呼吸をする。


アカもじっと私の側に座っていた。

ちらりと浩太と林さんの眠るテントを横目で見る。

しんと静まり返っていて、きっと林さんと浩太は寝ているのだろうと思った。


私はこんな事、もう慣れている。

慣れている。

だって、これが最初なんかじゃないじゃない。

最初じゃない。

怖い思いをするのは。

自分に言い聞かせるように、何度も何度も胸の中で呟く。

でも言い聞かせれば聞かせるほど、

裏腹に私の鼓動は早まっていくのだった。


「真備様、やつばらがやって来ましたぞ」

青い着物姿に戻っているアカが呟いた。

そして何か呪文みたいなものを呟きながら、

石ころのようなものを、燃え尽きようとしている小さな炎に投げ込む。

途端、炎がボッと音を立てて燃え上がり、

暗闇の輪を少しだけ退けた。


炎が揺れる明かりを辺りに放つと、森から這い出している暗闇もつられて揺れる。

やがて暗闇は、ひとつのこちらへやって来る人影を生み出した。

私は息を飲むと、その影を睨みつつもう一度心の中で呟いた。


慣れている。こんなの生まれた時から私は慣れている。


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