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鬼録   作者: 小室仁
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帰らずの森 7

死んだ人が見えるとか、分かるという人間ってのは、

結構たくさんいるはずだと、私は思う。

何故なら、そんな能力と言うのは、

他の人より、例えば簡単に音符を覚えてしまうとか、

他の人よりも簡単に、人の顔を覚えるのが上手だとか、

そういった類の単純な能力の一種に他ならないのだと、

私は思うからだ。

人は、どんな人にも心という第六感がある。

そのどんな人にもある能力が、

私は、ほんのちょっとばっかし生まれつき感度がいいというだけのこと。

そう信じている。


だから、そういった能力があったからといって、

決して救世主にはなりえないし、

その他の部分を見て取れば、私は他の人よりも並みで凡な人種だったりする。

ただ死んだ人が見えるというだけ。

それが、和ちゃんにはそれが分かっていないらしい。


私に話したせいか、

それとも話した後の私の諦めた為に見せた笑みのせいか、

安心しきった様子で、和ちゃんは皆の輪に戻って行った。

私と言えば、次第に暗くなる外の空気に怯えて、

辺りを見回しつつ、その場で固まったように、

和ちゃんの残して行った冷酒を煽っているだけという始末だったのに。



すぐに、和ちゃんの残して行った瓶は空になった。

しぶしぶ私は腰を上げて、皆のもとに戻ることにした。

私に出来る事といえば、後は酔いつぶれて何も分からなくなるだけ。

あそこで盛り上がって職場のおばちゃんと騒いでいるアカのことも、

このキャンプ場にこれから起こるであろう奇怪な出来事も、

全て悪い夢だと思えるように。



「男ってのは、皆馬鹿だよねえ」

アカのいる輪の元へ戻ると、盛り上がっている会話が、

意気消沈して、でも酒のせいだけでなんとか動いている私を襲ってきた。

「そうそう、男はみーんな馬鹿」

おばちゃん達が口々に叫んでいる。

どうやら、今まで男性体験談みたいなシモネタで盛り上がっていたらしい雰囲気が、

手にとって分かった。

「私の知っている男にも、久米というのがおりましてな」

アカがのりのりの口調で、会話を引き継ぐ。

私は呆気に取られて、アカを見た。

「その男、さんざん苦行をしましてな、

 ようやく雲に乗れたんでございますよ」

「くも?」

おばちゃん達が?マークで一杯の顔になる。

「くもってなあに?」

酔っ払ったおばちゃんの一人が聞き返すと、

「乗り物でございます。そりゃもう早い乗り物で、

 ひとっ飛びで何処へでも行けるものでございまする」

アカは答えた。

「あー、車か?」

「え、飛行機じゃないの?」

「くもと近いのは、やっぱり車じゃないの?」

アカの言葉を推量したおばちゃん達が各々自分の思いついた言葉を言う。

「くぎょうってのは、免許取るのに苦労したってこと?」

 あー、アカは帰国子女で通ってたんだっけ。

私は一人納得をした。つか、人間っていい加減なもんねと、しみじみ思ったりして。

だって、くもはくも、くぎょうはくぎょうだろう。

「そういうものでございまするよ」

これまた調子よく、答えるアカ。

「その男がどうしたっての?」

おばちゃんの一人がまたしても聞き返す。

「雲に乗っている途中で、若い女子が川で洗濯をしていましてな」

ふむふむと、辺りは信じられないほど真剣にアカの話に聞き入っている。

いや、今どき川で洗濯している人日本にはいないから。

辺りの真剣さに突っ込みたいのをぐっと堪えて、

私ははらはらと話の成り行きを聞いていた。

「その女子の白いふくらはぎがちらりと覗いたんでございますよ。

 一生懸命洗濯をしていましたから、着物の裾からちらりと」

へえー、ふーんと辺りから声が上がる。

「そしましたらな、久米は雲から落ちましてな」

アカが楽しそうに言うと、まわりで聞いていたおばちゃん達も楽しそうに声を上げた。

「馬っ鹿だねえ」

「ふくらはぎだってさー、よりによってふくらはぎ!」

「それでどうしたのー。その男、首の骨でも折って死んじゃったの?」

おばちゃん達の嬌声。

「いや、死にはしませんでしたがな、

 今までの全てを失って、久米はその女子と一緒になったんでございますよ」

アカは得意げに続けた。

「えー、若い女の為に家庭も仕事も放り出したってわけ?」

「やっぱ、男は馬鹿だわなあ」

「その女の子も、随分へっぽこと一緒になったもんだ」

「女の足見て車から落ちるんじゃ、よほどそれまで女に縁の無い男だったんじゃないの」

「家庭持ちどころか、童貞だったりして」

ぎゃはははと、おばちゃんたちの笑い声。


いや、そこまで面白い話じゃないし。

私は思ったものの、黙っていた。

だって、「久米の仙人」の話じゃん。

仙人の話で、ここまで盛り上がるあんた達も珍しい。



これ以上はやばいと思った私は、話に割って入った。

「そろそろ、夕飯の支度ですってよ」

おばちゃんたちは私を見る。

そして、辺りを見回した。

確かに、回りではおおがかりなバーベキューの支度が行われていて、

広場の中央にキャンプファイヤーなどの準備も始まっているのだった。

「あー、かったるいけど」

「これも仕事かあ」

おばちゃんたちは腰を上げ始めた。

ぶつぶつ言いながら、おばちゃん達が輪から離れていくのを見守りながら、

私はほっとため息をついた。

「いやー、愉快な方々で」

私の心配などまるでよそに、アカはしみじみ楽しそうに言った。

おばちゃんと話がそこまで合うとはと、不思議に思ったけれど、

ふと気がついた。

アカは女の姿に化身するということは、アカも性別は女なのだろう。

それに40歳50歳のおばちゃんなどとは比べ物にならないくらい、

アカは長い年月を生きて来ているはずだ。

すると、アカはおばちゃん達の上をいく、

クイーンオブおばちゃんということになる。

話も合うというわけなのだろう

「真備様、何かありましたか」

「あんた、今夜楽しい想いしたんなら、

 この後引き受けてくれる?」

私は呆れて言った。

妖怪が主人の私よりも、慰安のキャンプを楽しんでいい物なのか。

悔しくて、アカの頭に飛び蹴りしたくなった。

「嫌でございまする」

アカの顔が心なしか青ざめた気がする。

 お前、帰れ。

もう、こいつは当てに出来ないと、

私は悟ったのだった

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