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鬼録   作者: 小室仁
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帰らずの森 6

和ちゃんの声をたどって、森の中からキャンプ場へと戻る。

子供の足音はついてこない。

あの塀の中にとどまったままなのだろうか。

気になるものの、今の状況的にどうしようもない。


私の姿を見つけると、和ちゃんは走って側にやって来た。

「何してたの?」

不思議そうに私を見て言う。

私は肩をすくめて、

「別に、この森の先に何かあるのかなって思っただけ」

「そう」

和ちゃんは言ったまま、黙って私の顔を見ている。

「何、どうしたの?」

私が聞くと、

「何か、見たり、感じたりした?」

ストレートに和ちゃんは訊いた。

私はなんと言っていいのか、しばし分からず言葉を失った。

林さんの子供の他に、ここにもう一人いるみたいと、

彼女に言っていい状況なのかどうかも分からないし。

「というか、あの森の中にぐるりと塀がまわしてあるみたいだけど、

 あれって何?」

和ちゃんに質問を返す。

そうすれば、私の方の答えは後回しになるのではないかと思ったからだった。

「ああ、あれねえ。このキャンプ場によそから人が入って来れない様に、

 昔、管理人やってた親戚の人が作ったものらしいんだけど」

「よその人って・・・」

私は辺りを見回した。

見渡す限りの森が辺りには続き、その向こうには山々。

民家なんて遥か遠く、つま先を立てて探さないと山の斜面の小さな屋根が見つからないほど。

「よその人って、どういうこと?」

私が眉毛を潜めて言うと、和ちゃんは肩をすくめた。

「なんだかね、このキャンプ場が営業していた頃、

 来てくれたお客さんの間で、しょっちゅう騒ぎになったの。

 頻繁に物が無くなるとか、道具をいじられるとか、

 寝ている間に知らない誰かが大勢で騒いでいるとか」

「でも、それってこんな広いキャンプ場だもの、他の泊り客の仕業だったんじゃないの?」

私が一般的な事を言うと、

「そう思ってね、あまりに騒ぎが続くもんだから、

 そのうち、一日一グループしか泊まらせない様にしたんだけど」

「・・・それでも、そういう騒ぎが続けて起きたってわけ?」

和ちゃんは頷いた。

「一グループしか泊めないのに、物はなくなるわ、

 夜中誰かが騒いで寝られなかったとか、

 朝になったら、置いておいた道具はいじられてぐちゃぐちゃになってるとか、

 そんな苦情が続いたら、どんなキャンプ場だって閉鎖になるよねえ」

「うーん」

私は俯いて頷いた。

 そりゃ、そんなお化けキャンプ場。誰も行きたがらないわな。

「それと」

ふと、言葉が私の口から漏れてしまう。

思っていた言葉が、ぽろりと出てしまったという感じ。

「え?」

和ちゃんが私を見る。

私はしまったと思ったものの、まあいいやと開き直って聞いてみることにした。

「ここで子供がらみで、何か過去にあったとか聞いてない?」

「子供・・・?」

和ちゃんは私の顔を凝視したまま、思い当たる事を思い出そうとしているようだった。

そして、ふいに何かを思いついたのか、

「ね、真備ちゃん。ちょっと待ってて。このままここで!」

和ちゃんは叫ぶようにして言い残すと、何やら走り去ってしまった。

私は呆気に取られて、和ちゃんの走り去っていくのを見送った。

ふと、アカはどうしたかと思い出し、

私達の座っていたグループの方へ目を凝らす。

すると、数人の職場のおばちゃん達と、

何やら大笑いしながら話しているあゆ姿のアカが遠くに見えた。

 なんだ、何を話しているんだ。

妙に盛り上がっている感じだ。

そして、かなり酔っ払っているようにも見える。

和気藹々としているとはいえ、アカは妖怪だ。

心配になって、早くそちらに駆け寄りたい気持ちで一杯になりながら、

それでも仕方なく和ちゃんを待っていると、

和ちゃんは息を切らしながら、私のところへ戻ってきた。

「お待たせ」

手には冷酒の四合瓶と、二つの紙コップ。

「取りあえず、飲もう」

和ちゃんは言って、芝の上へ座ると私にも横に座るように示した。

「え?」

一体、どうしたんだろうと思いつつ私は声を上げたのだけれど、

和ちゃんはなおも、私に身振りで座れと言う。

私は首を傾げながらも、和ちゃんの隣に腰を下ろした。

そして和ちゃんから紙コップを受け取る。

見ると、なみなみと瓶から酒の注がれた紙コップ。

和ちゃんは私にコップを渡したと思うと、

自分の分も急いで注いで、まるで煽るようにして飲み干した。

 なんだ、なんだ。

そう思いつつも、嫌いでない私も真似をして飲み干す。

 クーラーボックスの中で冷やされていたらしい酒は、

キーンと冷たい炎になって、私達の腹の中に落ちていった。


「あのね、真備ちゃん」

和ちゃんが深刻な顔をして、私の顔を覗きこむ。

「これ、誰にも内緒にしてくれる?誰にも話していないの。

 キャンプ場を開く遥か昔の出来事だから、お客さんの一連の騒ぎに、

 その出来事は関係ないと、親戚一同皆思ってたし。

 ちゃんとその時、お払いだってしたし、供養だってしたって話だったし」

やっぱりな。

私は心の中で呟きながら、和ちゃんの隣にある冷酒の瓶を手にとって、

もう一杯自ら、紙コップに注いだ。

そして、また飲み干す。

「子供がらみで、何か起きたの」

私が聞くと、和ちゃんは頷いた。

そして、ひそひそと囁くように言った。

「母親と子供の無理心中が、その森の中であったらしいの。

 もう、何十年も前の話らしいんだけど」

「うわー」

私の口から思わず、声がもれる。

なるほど、さっきから現れていたのは、

その昔の心中事件で、不幸にも親に殺されてしまった子供だったのか。


しかし、親子心中で思いを残して死んだ子供が、

何かを伝えたいと思ったにしろ、

キャンプ場の人たちの荷物に悪さをしたり、

大勢いるかのように、煩く騒いだり出来るものなんだろうか。

そんなことやろうとするもんなんだろうか。

私は首を傾げて、森の方を見た。

じゃあ、子供と心中した母親のほうが何かしてるわけ?


体中の気配を凝らしてみる。

今は何も感じない。あの子供の気配すら。

じゃあ、

和ちゃんの言っている騒動の主は、一体何なの?






次第に夕暮れが空を紅く染め始めていた。

夜は確実に近づいてくる。


昼間の光の下では青々と眩しかった緑の木々が、

夕方の曖昧な光の中では、黒く鬱蒼とゆれて見えるのだった。

私はなんだか急に怖くなった。

この森は、やはりこの森の住人のものなのだ。




私は無性にここから帰りたくなっていた。

少しでも明るいうちに、荷物を片付けて何か帰れる口実は無いかと、

無意識に考えていた。

「真備ちゃん?」

不安げに和ちゃんが、森を凝視している私に声をかけた。

「ね、大丈夫?」

心細い声で聞いてくる。


それは、私が大丈夫と聞いているのか、

それとも、

その心中の親子が今夜皆に悪さしないよね、

皆大丈夫だよねって、意味なのだろうか。


・・・・

そんなこと、私に分かるわけないじゃん。




私は和ちゃんに肩をすくめて、仕方なく小さく笑って見せた。

私の中の良心的な部分が、皆を見捨てて一人でここから帰ることを、

この時断念したのだった。

乗りかけた船が沈みそうだといって、

一人で逃げる事は、やはりどうしても出来ない。


たったそれだけの意味の笑みなのに、

和ちゃんは、安心したかのように小さくため息をついた。

彼女がその私の表情を、どうとったのかは知らない。


だって、

もし本当にその時の私に、

和ちゃんに何か言える事があったとするならば、

「自分の身は自分で守ってくれ」

それしか無かったからだ。



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