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鬼録   作者: 小室仁
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帰らずの森 2

仕事から帰ると、

取りあえずキャンプの当日、急病になるのは最後の手段として、

林さんに言った言い訳の友達、

一緒に職場のキャンプに連れて行くのは、誰にしようかと考えた。


五見に電話をした。

従妹だと言うのを偽って、友達としたって職場の人には分からないし。

私と言う人間を一番身を持って分かってくれるのも、五見しかいないと思ったし。

だからいそいそと電話をしたわけなんだけれど、

携帯の着信音が切れて、

「あー、五見?真備だけどー」と、私が言った瞬間。

「やだ」

と言われてしまった。

嫌だも何も、まだ何にも事情を説明をしていないのに、

その言い草は一体何だっての。

「何でなにも言ってないうちから、それなわけ?」

「それもこれも無いでしょ。キャンプなんて私絶対やだもの」

「は?」

私はあっけに取られてしまう。

何で五見がキャンプの話を知っているのだ?

今日の今日の話なのに。

「アカが来て全部話してくれたわよ。職場の慰安だって?

 友達が来るから行けないって言ったら、友達も一緒に来いって言われたって。

 そして私に言ったわよ。真備様のお友達と考えると、

 五見様しかおりませぬから。どうか一緒に行ってあげて下さいましって」


 アカめ。

私は言葉に詰まってしまった。

 一体、どこで聞いていたんだろう。


「キャンプなんて、する人の気が知れないよ」

五見は続ける。

「なんで、わざわざ外で寝ようとするわけ?見えないって事に、甘えすぎじゃない」

私は今度は、五見の言葉に賛同するあまり言葉を失っていた。

何故なら、確かにその通りだと思うからだ。


森や林や、海や川。

自然の場所に戻ると、

人間は「はぁー、せいせいする」と思ったりするのが常じゃなかろうか。

淀んだエネルギーの無い場所に行けば、淀んだ世界に暮らす者はそう思う。

それが当たり前だと思うし、そう思わなければ根本的に生物として駄目なのだろうと思うし。

しかし、大きな問題は、私達がそういった場所に我が物顔で出かけていて、

よその物のテリトリーに立ち入っているという事を忘れていると言うことだ。

家ならば、よその家に行けば誰でも遠慮じみた思いを抱いていることだろう。

恐縮すらするかもしれない。

そして、常に神経を使って辺りを見回しているものだ。


しかし、人間はアウトドアとなると、

まるでその場所も自分の場所のように振舞って、羽目をはずす事が多いのではなかろうか。

良い例が、常識で考えても普通危ない川の中州に、何故かわざわざテントを張ったりして、

上流の大雨に気づかず流されてしまうと言ったような事だろう。

あれこそが、見も知らない自然に対して気を使っていないという現われになる。



人間に自分の家があるように、自然も自然に生きる色んな者達の家である。

それを認識しないということは、とても危険なことなのだ。

その上、全てではないけれど、自然の中には、

自分を利用するだけ利用し、傷つけてきた人間に対して腹を立てている者もいる。



外は危ないのだ。

そんなこと、別に死んだ人が見えても見えなくても一緒の常識ではなかろうか。

普段、外を歩いていて「痴漢」に散々気をつけろというくせに、

アウトドアと銘打ったイベントでは、外は一気に天国だというような感覚に陥って、

休日の人々は行動する。

根拠の無い安心感ほど、性質の悪い物は無いのに。


「分かった。他を探すよ」

私がしぶしぶ言うと、五見は電話口の向こうで少し沈黙した。

「悪いね」

五見がぼそりと言う。

「いやいや」

私は答えて電話を切った。

五見の気持ちは、私が一番良く分かる。

「気をつけてね」

電話を切る間際の五見の言葉。

「うん」

私も一言だけ言った。



「気をつけてね」

しかし、その一言で、

幸先の雲行きがますます怪しく黒く濁って来ているような気がする。

唯一の頼り相手に突き放された。

結局、人は一人で生きていくのね。などと軽い絶望感に襲われたりして。




気を取り直す。

たかがキャンプなんだから。

それに、何事か起きても、

構えていれば、衝撃はきっと薄れるはずだし、回避も出来るだろう。

それは今まで私という人間を生きてきた信条だ。

今回だって、きっとなんとかやれる。

だって、たかがキャンプなんだし!




空回りな激を自分に飛ばしつつ、

だけど私は途方に暮れた。

さて、誰を友達として連れて行こう。


「アカ、アカ」

アパートの窓を開けて、夜空に叫ぶ。

しばらくすると、赤い鳥の妖怪であるアカが、

パタパタとこちらへと飛んでくる軽い羽音が聞こえてきた。


「真備様、ご用事で?」

アカは飛んでやって来ると、ベランダでいつもの通り、

青い着物の女に姿を変えた。

「ご用事よ」

私は腕を組んであごでアカに部屋に入るように示すと、ベランダに続くサッシを閉めた。



「あんた、人間の姿に変われる?」

私は一人暮らしの小さいちゃぶ台の前に座りながら、アカに言った。

「人間の姿でございますか?」

聞き返しながら、これがそうだという感じで、

アカはその場に立ったまま、今ある自分の姿を見下ろしている。

 今のどこにそんな時代錯誤な青い着物に青い頭巾を被っている人間がいるってんだ。

私はため息をついて、大きく被りを振った。

「違う姿に化けられるかって聞いてるのよ」

私が言うと、アカは首を傾げて私を見た。

「違う姿といいますと?」

まるで検討もつかないと言った風情。

私はため息をつくと、その辺に放り投げてあった雑誌を手に取りアカに放った。

以前、暇つぶしに電車の中で拾った女性誌をたまたま持ち帰ったものだ。

若者向けのファッション誌だった。


アカは私が放ってよこした雑誌の表紙をしばらく眺めていた。

「浜崎あゆみ」が作ったような笑顔で、きつきつの破れたジーンズを履いてポーズを取っている。

アカは私をちらりと見て、そしてぶるりと体を震わせた。


次の瞬間、私はあんぐりと口を開けてしまった。

「浜崎あゆみ」と瓜二つの若い女が、私の目の前に現れたからだった。

ジーンズの色は、例の着物と同じでどことなく古ぼけた感じの青い色をしていたけれど、

その容姿はまるで雑誌の表紙の「浜崎あゆみ」そのものだったのだ。

金色に近い茶髪はいうまでもなく、手足の長さ体の細さ、

尻の辺りで破れているジーンズも、何を取っても雑誌の通りだった。

「こんな感じでございまするか」

少し不安げにアカが言って、もとい、アカの声をした「浜崎」が私を見た。

ただ、その瞳は元の鳥の妖怪通り赤い色をしていたのだけれど、

赤いカラーコンタクトをつけた「浜崎」の他にならないのだった。


 私の友達にしては、出来すぎだろ!

心の呟きは殺して、私はアカに頷いて見せた。

「キャンプ、一緒によろしく」

「え、私が一緒にお供してよろしいのですか?」

アカの素っ頓狂な問いに、私は肩をすくめて頷いた。

「それはそれは」

嬉しいんだろうか、頬が紅潮している「浜崎」は、それはそれは可愛いもので。

「五見の他に頼める相手がいないのは、あんたも重々承知でしょうよ」

私は苦々しく言った。

妖怪のほかに、一緒に職場の慰安キャンプに行って貰える友人が見つからない自分に、

本当に愛想をつかしていた。

本当に。



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