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鬼録   作者: 小室仁
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欺瞞の家 11

次の朝、亜紀のお通夜に出席するために、

仕事をもう一日休むと、職場に連絡。

「大変だったね」

と、マネージャーが物知り口調で、電話口で言った。

「はあ」

私が曖昧に言うと、

「昨日、警察の人が来てね。お前のことを聞かれたんだけど、

 その時に、今日自殺が起こった事情をちらりと聞いたんだ。

 お前、やっぱり止めようとした目の前で、

 女子高生に飛び降り自殺されたんだって?

 明日は、その子の御通夜なんだろう?そりゃあ、大変だったねえ」

マネージャーが続けた。

って、私昨日、

自分の口からそう言ったじゃないですか。

目の前で女子高生に死なれたって。

自殺止めようとしたけど、死なれたって。

だから、休むって。






昨日の時点では、やはり単なる嘘の欠勤理由だと思われてたんだろう。

別にどうでもいいけど、こういうのってやはり何だか腑に落ちない。

私の職場に早速現れたおまわりも、決して好きになれるもんじゃないけど、

その突然現れたおまわりの言うことの方を、

もう何年も働いている従業員より、信じるような発言をされてはむかつくっての。


結局人間は、個人の中身よりも権力を先に信じるのだ。

まあ、私だってそういった人間の先駆けには違いないんだろうけれど。


用件を伝えたのを確認して、

私はマネージャーが何かまだ言っている携帯のスイッチを切った。

明日、出勤したら、

他人の不幸に目の無い職場の他の連中が、

わさわさと私の周りに寄って来て、わずらわしいに違いない。

そう考えると、げんなりした。







父親の葬儀以来、しまいっぱなしになっていた喪服を取り出す。

私の父親は、私が高校三年の時、

青信号の交差点を歩いていて、

信号を無視して突っ込んで来た暴走車に轢かれて死んだ。

私の母親は、私が生まれた時に死んでいるので、

母親のために喪服を着ることは無かった。

だから、これが二回目の着用だ。


「お父さーん」

一人の朝のアパートの部屋。

明るい六畳間に座り込んで、膝の上に黒いワンピースを広げて、

私はどことも誰とも無く、呼んでみる。

そして、体中の感覚を尖らせて、私の呼びかけに何かしら反応がないかと、

辺りを探る。

だけど、相変わらず、

父親が死んだ時と同様、私の周りには何の気配もしないのだった。

私が生まれた時に死んだ母親も、

一回たりとて、私の目の前に現れてくれたことはない。

一体、どうしてなんだろう。

私は今まで何度も何度も、神様や仏様に聞いてみたものだった。

他の関係ない人たちは、私の目の前に現れると言うのに。


ふいに、寂しさが胸に募る。

込み上げてきた涙を、私はようやく抑えた。

今まで20年間、忘れたころに繰り返してきた習慣。

最近は、

寂しいとか悲しいとかと言う気持ちをコントロールするのが、

とても上手になってしまった。







おばあちゃんが言うには、

化けて出て来たってしょうがないのに、出て来るほどの暇を持ってる人は、

死んでいる人にいやしないよ。だそうだ。


死んだ親を慕っている娘の前に現れられないほど、

死んだ親は忙しいのか?

だとしたら、今、

彼らは一体何をしているというのか。

「お前を気にかけていないと言うわけではなくて」

おばあちゃんは言う。

「お前の今の全てを知っているからこそ、あえて現れないのさ」








私を知らない人達だけが、私の目の前に現れる。

そういえば、今まで見てきた死んだ人たちは全てそうだった気がする。

私を知らない人達。私の知らない人達。



手に持った喪服を、私は部屋の向こう側へぶん投げた。

何で、関係の無い人たちのために、

私はここまで悩まなければならないんだろう。






ふと、玄関のチャイムが鳴る。

私はのそりと立ち上がると、無視しようかとしばらく迷った後、

のろのろとドアを開けるために玄関まで歩いていった。

ドアを開けると、例の着物に頭巾といった姿のアカが俯いて立っていた。

「真備様、御用はございませぬか」

恐る恐るといった感じで、聞いてくる。

昨夜、私の命令よりも五見の命令を優先したことに、

物凄い罪悪感を感じているに違いない。

そのおどおどした上目遣いに、私の体中の力が抜けてしまって、

なんだか笑ってしまった。

私の笑ったのを見た途端、ほっとしたのか、

明るい表情になってアカは顔を上げた。

「なにか、御用はございませぬか?」



ゲームに負けた罰だけからの関係の私を、

本心から心配しているようなアカの顔を見て、

私は今まで心の中で一人ごちていた愚痴をとりあえず脇に押しやると、

アカを少しふざけた感じでにらみつけた。

「とりあえず、部屋の掃除からしてもらおうかしら」

そう言って、アカを部屋の中へ入れたのだった。



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