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鬼録   作者: 小室仁
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人形師 1

おばあちゃんから携帯に電話が入る。

「ビャクの餌の面倒を見に、一晩泊まりに来てくれないか」

ビャクとはおばあちゃんの飼っている白猫の名前だ。

おばあちゃんは急な用事で、

夕方から泊まりで、

仙台に行かなければならないのだと言った。


「えー」

私は思い切り返事を渋った。

何故なら、私はビャクが気持ち悪くて嫌いだったし、

それよりも、おばあちゃんの家に一晩一人きりで泊まるということが、

そもそも私には耐え難いものなのだ。






おばあちゃんの家には、色々な悩みを抱えた人達が集まり、

それぞれにいろいろな因縁のあるものを持ち込んでくる。

それを預かって原因を解明し、助けてあげているのが、

おばあちゃんの仕事だ。

家に来る人だけではなく、今夜出かけていくように、

地方の人達の依頼があれば、そちらへも出向いて行っている。


おばあちゃんがいるときなら、何事かが起きても対処してもらえるだろうけれど、

世の中の人々の因縁の物品が大集合しているようなおばあちゃんの家に、

私一人でいることなんてとても出来ない。

見えるし聞こえるけれど、

それらに対して私はあくまでも無防備で、

自ら身を守る術を知らないのだ。


五見と私は幼い頃から、

おばあちゃんに修行することをしつこく薦められて来た。

けれど、私達はいつも、

修行などというおどろおどろしい言葉を聞いただけで、

こんな風に生まれついてしまったことをうらんでしまい、

生きていくことが改めて辛くなるので、

その話題はなるべく避けて、逃げ回っていた。


だから、そのうちにはこれはちゃんと考えなくてはならない問題なのだというのは、

分かっているのだけれど、まだ今の五見と私には、

この変な能力がある朝目が覚めたらまるきり消えてしまっており、

今までの毎日のほうが嘘だったのだとなるような日がいつか来るのではないかと、

はかない希望があるせいか、

この力と一緒に一生生きていくということを、

認めきることが出来ないでいるのだ。


修行。

おばあちゃんは良く、生きている事自体が修行なのだという。

だから別に霊能力があるから特別に修行をしなければならないのではなくて、

この世の人達はそれぞれが、おのおのの立場で能力で場所で、

生きている間はずっと修行をしているのだという。

では、この世の人達全てが何らかの修行をしているのだとしたら、

一体、それは何のためのものなのだろうか。

おばあちゃんは、ただ静かに笑っていて答えてはくれない。







マスコミなどに出ているような、

メジャーでは無いのだけれど、

私のおばあちゃんは、知る人ぞ知る霊能者だ。

年がら年中、信者さん(と言っていいのか)のために、

全国を飛び回っている。

こちらで悪霊が出ました、こちらで自縛霊が暴れています、

こちらで意味不明の出来事があります、エトセトラ。

訪れてくる人や、助けを求めてくる人達を、

まるで全て救わんとしてるのか、おばあちゃんはもう70近いのに、

日本全国を飛び回っている。

テレビに出ているような、

金儲け主義の自称霊能力者に比べられないような力の持ち主だ。

ある意味、救世主と言ってもいいかもしれない。


しかし、おばあちゃんのしていることが、

全ての人に受けいられているわけではない。

普通の人には目に見えない知らない世界の話だし、

分からない人には、胡散臭いと言ってしまえば、それまでのこと。

それにおばあちゃんは、テレビに出ている人ほど稼いではいないにしても、

やっぱり、お金を貰って動ごいているのだし。

まあ、生きていく以上、

何かをやってお金を貰わなければ、誰でも生活は出来ないのだけれど。





力は劣るけれど、おばあちゃんと同じように、

私には死んだ人が見える。

けれど、おばあちゃんのやっていることに、

全く持って賛成しているわけではない。

お金を貰って何かをやるというのは、

とても責任の重いことだ。

それを他の人の持たない得体の知れない霊能力でやるのは、

とても抵抗があるのだ。

だって、人の弱みに付け込んでいるような気がして仕方が無い。

それとも、そんな考えは、

私だけのうがった考えなのか。





白猫のビャクがおばあちゃんの仕事に、一役買っているのを、

私は知っていた。

何故なら、ビャクはおばあちゃんの「シキ」だからだ。


昔から陰陽師とか言われる霊能力がある人達は、

こういった手下を使ってきた。

普通の人には見えない色々な雑多なものを、

呪で縛って、自分のものにする。

おばあちゃんの場合は、一番先がこのビャクと言われる白猫だったと思う。

他にも色々いるのは、分かっているけれど。


多分、ビャクは、

悪霊をたくさん食って来たことだろう。

おばあちゃんが誰かの悪霊を祓うたびに。


ビャクは猫であって、猫ではない。

多分、私が思うに、

ビャクは下等の鬼とか妖怪だと思う。

たまたまおばあちゃんにつかまって、

今は猫に姿を変えて、いいように使われているけれど。

いつか、不意をついてこちらを襲って来そうな気がする。

妖怪なのだと思う。

今まで仕方なく、おばあちゃんに弱みを握られ命令されるがまま、

色々悪霊を退治してきたに違いないのだ。



だから、私はおばあちゃんから電話を貰って最初に言った。

「ビャクは、キャットフードなんて食べないでしょう?」

あばあちゃんは笑った。

「猫がキャットフードを食べないなんてあるのかい?」

「だって、ビャクは猫じゃないでしょ」

私が言うと、おばあちゃんは厭きれたように言った。

「あれは猫でしょう。何に見えるってんだい。

 まあ、普通より少し大きいけど、猫にしか見えないだろうよ」

まあ、確かに見た目には猫にしか見えないのだけれどさ。



私がそれでも駄々をこねていると、

「分かったよ。真備がどうしても嫌だというのなら、

 ビャクには我慢して貰うから。

 一日二日飢えても、死にはしないだろうし。

 冷蔵庫に貰い物の日本酒がたくさんあるから、

 泊まりに来るなら好きなだけ飲んでもいいよって言おうとしたんだけど」

おばあちゃんは今にも電話を切りそうな感じで言った。

「ちょっと、待って。日本酒?」

私は聞き返した。

「そうだよ、十四代とか書いてあるのがたくさん溜まっちゃったのさ。

 たくさん貰うからねえ」

「行かさせて頂きます」

私は次の瞬間、即答していた。



十四代。名酒中の名酒だ。

ネットで検索していただければ、分かるだろう。

「鍵はいつもの所にあるからね、よろしくねえ」

おばあちゃんは言って、電話を切った。

おばあちゃんは、私が無類の酒好きだというのを知っている。

なんだか上手くはめられた気がする。

でも、別に構わないや。

だって、幻の酒、十四代だもの!

私は携帯をぱちんと勢い良く閉めると、大きく息をついて、

頭の中で今までグヂグヂと考えていた事を一掃した。

「なーに、多少のことがあったって、酒飲んで酔っ払っちゃえば分からないって。

 あっはっは」

明るく笑い飛ばして、私はバイトへ行く支度を始めた。

帰りにおばあちゃん家に泊まれるよう着替えも忘れない。


酔っ払いのことを何故「虎」と言うのか。

それは酒の力を借りると、臆病者も恐いもの知らずになるからに違いない。

まだ飲んでもいない酒で勢いを得た卑しい私は、

恐さと酒を秤にかけた。

そして、酒が勝ったのだった。



後から思えば、

その時の私は、

とても甘かったのだ。



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