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ブラック・スィーツ・メルヘンⅠ  ネズの木

作者: 御伽噺屋さん

白い原を分かつ一本道を2台の馬車が進む。


前の一台にはレディーズメイドとハウスキーパー。

後の一台には……


My mother has killed me,

(母が私を殺した)

My father is eating me,

(父が私を食べてる)

My brothers and sisters sit under the table,

Picking up bury them

(弟と妹がテーブルの下でその骨を拾って)

under the cold marble stones

(冷たい大理石の下に葬る)


少女は窓枠に肘を載せて、手の甲に顎を預けて唇を動かしている。足をすこしだけぶらぶらさせているところをみるとご機嫌である。

「肘をつくのをおやめになってはいかがです?お行儀が悪いですよ」

少し時代遅れのタイをしめた執事がかすかに眉をひそめてたしなめた。少女は黙って微笑んだ。あまり意に介していないようだ。

そしてもう一人、彼女のフットマンは御者を務めていたが、丘の上の傾いたネズの木を見つけて唇を引き結んだ。


どこまで白い雪が降ろうと、この道を通いなれた私には関係がない。

昨日つけたばかりの足跡がまっすぐと丘に向かっていた。

丘の上にはネズの木が立っている。

私はその木肌に触れる。

ここに、秘密が眠っている。

私たち家族の重大な秘め事が。

「気味悪い木だ。切ってしまえばよいのに」

不意の声に思わず振り向くと一人の少女がたたずんでいた。

黒い髪、黒い瞳、サクランボのような唇。リボンとレースで優雅に飾られた灰色のドレスをまとった少女は無表情にこちらを見上げている。

硬質な美に思わず見とれた。

馬のいななきで我に返るといつの間にか見慣れぬ豪華な馬車が丘のふもとに止まっていて、中から紳士が二人出てきた。

彼らはたがいに語らうでもなく、ゆっくりと少女に近づき、一人がマフのついた優美な外套を少女にはおらせた。もうひとりが雪を踏みながらこちらに向かってやってくる。

「お嬢さん」

見上げるような背丈と華美ないでたちから察するに、おそらくフットマンだろう。

男は慇懃に腰をかがめた。

「こちらにブレーリ・ドーソン殿の館があると伺ってまいったのですが」

「ええ、ございます」

男はカワセミの羽のような瞳をしていた。その背後に、執事に手を取られた少女が歩み寄る。

「私は、ブレーリ・ドーソンの娘。ジェーン・ドーソンと申します。レディー・エリザベスの御一行では」

丁寧に名乗ると若い執事が微笑んだ。

「いかにも、エリザベス様におかれては、貴家での滞在を楽しみにされております」

傍らで少女がうなずいた。

噂には聞いたが、ずいぶんと若く華奢だ。

「世話になるな。よろしく頼む」

「ご案内いたしますわ」

ジェーンは身をひるがえした。

馬車の列が連なって進む。大地の黒を覆うまっさらな白を割って。


ドーソン・ハウスは部屋数30。

ドーソン家がその昔、王の寵姫を輩出した栄華極まりないころに建設された夏の別荘である。一族がお抱えの楽団を従え、夏の夜の余興に興じていたのはもはや遠い昔。

産業革命の波に乗ろうと大きな事業に着手して失敗した一族は、今や土地や建物を切り売りすることでどうにかしのいでいた。

このドーソンハウスも、エリザベスラトグリフのおめがねにかなわなければ、暖炉のマントルピースから屋根を飾っているキューピッドまでバラバラに解体されて競売にかけられるか、がらくたとして市場に出されていたかもしれなかった。

かつての主人は使用人にも篤かったのだろう。

使用人ホールは十分な広さでそれなりに立派だ。

しかし、本来ならば大喜びするはずのレディーズメイドとフットマンが渋い顔をして、ホールの中央に立っていた。

「ミス・グライドは?」

フットマンは金髪をしっかりとリボンで結わえながらメイドを振り返った。

「リジーと一緒にエリザベス様の荷解きをしているわ。でも、ひどいものね」

リリーというのが愛称のメイドは部屋の隅の蜘蛛の巣やランプシェードの埃を前世からの宿敵のようににらんだ。

「ざっと見て回ったが、屋敷をうまく回そうとしたら10人ぐらいは人手がいるな。だんだん人手を減らしていくうちに、あまり目立たないところの手入れはおろそかになったんだろうね。」

「昔の栄華はどこへやらってね。まずはここから始めないといけないわね、ジェイド。手伝ってよ。ミス・グライドが見たら失神しちゃうわ」

彼らのハウスキーパーは極度の潔癖症だ。

この惨状をみたら、馬車の中で午後を過ごそうと言い出しかねなかった。

「ドーソンが、料理人をよこしてくれる可能性はかなり低そうだし。私たちのお茶の時間がなくなっちゃうわ」

「それなら、早くとりかかろう」

フットマンはため息をついて、かぶりを振ると、派手な上着を脱ぎシャツの袖をまくった。

外は日暮れの時間が近づいてきている。

ふと何かに呼ばれたようにジェイドが顔をあげた。

遠くでオオカミの鳴き声がする。

森が近いのだ。


「あの森か。子供が消えるというのは」

ドーソン・ハウスの広大な庭の端は森へとつながっていた。

部屋を整えるのに忙しいレディーズメイドとハウスキーパーに追い出されたエリザベスが、腰に手をあてて暗い森の奥を覗き込んでいる。

少女は退屈しのぎの相手は、執事のアルフレッド。

彼も、フットマンに引けを取らぬ長身だ。

くすんだ亜麻色の髪や深緑の瞳は一見地味だが、よく見れば大変見栄えのよい顔立ちをしていたし、その身のこなしの優雅さはラトグリフ家にふさわしいものだった。

今、彼の玲瓏なまなざしは若い主に注がれている。

「ずいぶんと、お気に召されたようですが」

「深い森、残酷なオオカミ、消える子供たち……陰残だな」

少女は肩をすくめると、不意に足元の何かを拾い上げた。

「なんでしょう」

執事が小さな掌に顔を近づける。

ちょうどボタンほどの大きさだ。

軽く、黄土色味がかったこまかい穴のあいたもの。

「骨だ」

少女はそれを絹のハンカチにくるんでしまった。

雪が降ってきた。

アルフレッドはそっとフリルのついた傘をさしかける。

エリザベスが懐中時計を取り出して時刻を確認したのを合図に二人は、屋敷に向かって歩き始めた。

少女はまだ誰も踏んでいない新雪の場所を選んで歩いている。大人びてはいるが、内心雪を喜んでいるのが、アルフレッドにも伝わった。

苦笑をかみ殺していると、不意に顔をあげた少女が怪訝そうに眉をあげる。

彼はあわてて唇を引き下げる。

「アル、午後の予定はどのようになっている?」

「20時よりドーソン夫人がおこしになります。夕食を一緒になさるので、御屋敷のことなど伺われるとよろしいでしょう。今日はおつかれでしょうから、お早くおやすみください」

エリザベスは小さくため息をついた。

「そうするとしよう」

ポーチにつくと、さっと扉が開いてフットマンが二人を出迎えた。

リジーとハウスキーパーがよってたかって濡れたブーツを室内履きに履きかえさせる間、エリザベスは退屈そうになされるがままになっている。

どこからともなくマフィンの焼ける香りがしているところをみると、リリーが急いでお茶の支度をしているのだろう。

支度が整うと、少女は階段脇まで言って一同を振り返った。

「お茶の時間はいつも通り17時に。ギャラリー横の書庫にいるから時間がきたら呼んでくれ」

「かしこまりました」

ミス・グライドが恭しく一礼した。

上階に消えていく主の姿を見送った後、使用人たちのお茶の時間があわただしく始まる。




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