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第1話:転生したら悪役令嬢だった件と、推しが目の前で耳を赤くしている件

「あーあ……。結局、アデル様のルート、実装されなかったなぁ……」


それが、私——桐島ゆずは、享年17歳の最期の言葉だった。

視界を掠めるトラックのライト。衝撃。そして訪れる静寂。

意識が遠のく中で考えていたのは、進路のことでも、昨日の夕飯のことでもなく、大人気乙女ゲーム『薔薇と剣の王国』の最推しキャラのことだった。


——次に目が覚めたとき、私は「お約束」の真っ只中にいた。


「……お嬢様? ロゼリアお嬢様、お目覚めですか?」


聞き覚えのない、けれど心地よい声。

ゆっくりと目を開けると、そこには豪奢な天蓋付きのベッドと、困惑した表情で私を覗き込むメイドさんの姿があった。


(……え? 天井が高い。っていうか、ここどこ?)


混乱する頭で体を起こし、ふらつく足取りで部屋の姿見の前へ向かう。

そこに映っていたのは。


「…………嘘でしょ」


亜麻色の艶やかな巻き毛に、鋭くも美しい翡翠ヒスイの瞳。

誰もが振り返る絶世の美女。……ただし、性格の悪さが顔に滲み出ているタイプの。


ロゼリア・ド・ヴィルヘルム。


私がやり込んでいたゲーム『薔薇と剣の王国』における、最凶の悪役令嬢。

ヒロインを苛め抜き、最後には「国外追放」「断頭台」「修道院送り」という、救いようのない三択デッドエンドが約束されている破滅確定キャラだ。


(転生……したんだ。私、死んで、このわがまま令嬢に……?)


絶望で膝をつきそうになった、その時。

コンコン、と控えめなノックの音が響き、重厚な扉が開かれた。


「失礼いたします、ロゼリア様。王太子殿下より夜会の招待状が——」


執事の言葉が、途中で止まった。

扉の影から姿を現した「その人」を見た瞬間、私の心臓は、トラックに跳ねられた時以上の衝撃で跳ね上がった。


漆黒の髪。夜空を切り取ったような深い藍色の瞳。

氷細工のように整った、冷ややかな美貌。

その人は、こちらを見ようともせず、ただそこに「存在」しているだけで周囲の空気を凍てつかせるような威圧感を放っていた。


(アデル……アデル・フォン・クロイツ……!!)


推しだ。本物の推しだ。


ゲーム内では攻略不可能なサブキャラ。主人公にも一切心を開かず、常に冷酷で毒舌。けれど、その裏に一途な想いを秘めている(という公式設定資料集の記述だけで白飯三杯はいける)"黒王子"。


私が12万円の給付金をすべて公式グッズとガチャに溶かした、あの推しが。

今、目の前に、三次元で、立っている。


「……なぜ、お前がここに」


低く、温度のない声。

アデルは私を汚物でも見るような目で見下ろし、吐き捨てた。


「ロゼリア。お前と話すことは何もないと言ったはずだ。……相変わらず、不愉快な面構えだな」


本来なら、ここでロゼリアは「なんですって!?」とヒステリックに叫ぶはずだ。

けれど、今の私は「桐島ゆずは」であって、重度の推し狂いだ。


口が、脳を通さずに勝手に動いた。


「アデル様——今日も、めちゃくちゃかっこいいですね。全人類の奇跡ですか?」


「…………は?」


部屋の中が、真空になったかのように静まり返った。

執事は持っていたトレイを落としそうになり、メイドは口をあんぐりと開けている。

そして、当のアデルはというと。


「お前……今、何を言った」


「ですから、その顔面が宝具レベルに尊いなって。あ、本心です。毎日拝ませていただきたいくらいです」


「黙れ。……お前、頭でも打ったのか」


アデルが初めて、私を正視した。

その瞳に宿るのは、いつもの「嫌悪」ではなく、明らかな「困惑」。


「打ってないですよ。ただ、真実に気づいただけです。アデル様、その……少し耳が赤くなってらっしゃいますけど、お加減でも悪いんですか?」


「っ……!!」


図星だったらしい。

アデルがバッと片手で耳を隠し、後退りした。

あの「冷徹な黒王子」が、たった一言褒めただけで、見たこともないほど動揺している。


(待って。可愛い。無理。死ぬ。あ、一回死んでるわ私)


断罪エンドは怖い。回避しなきゃいけない。

けれど、目の前に推しがいる。しかも、私の言葉ひとつでこんなに美味しすぎる反応を見せてくれる。


……決めた。

どうせ破滅する運命なら、最後に推しを愛で倒して、ついでに幸せにしてから退場してやる!


「お前、本当に……何なんだ……」


顔を赤くして絶句するアデルを眺めながら、私は心の中でガッツポーズを決めた。


これが、攻略不可能なはずのツンデレ王子と、語彙力を失った悪役令嬢の、全く噛み合わない(けれど私の心臓には良すぎる)恋の始まりだった。

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