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つぎのにゅーすです

作者: Ono
掲載日:2026/03/06

 二月十四日、土曜日。いつも通りでちょっとだけいつもより特別な、慌ただしい朝だった。


 キッチンに立ってフライパンでベーコンと卵を焼きながらリビングの様子を窺うと、休日の遅い朝食を待ちきれない七歳の長男の陸翔(りくと)はすでにテーブルに着いて、突っ伏すようにゲーム機に夢中だった。

 お皿に料理を手際よく盛りつける。不意に高く澄んだ声が聞こえてきた。

「つぎのにゅーすです」

 少し気取ったような抑揚のある聞き慣れた声。私は料理を運びながら壁掛けの薄型テレビに視線をやった。


 画面には慣れ親しんだ景色が映し出されている。市内にある大型ショッピングモール。今日これから家族四人で買い物に出かける予定の場所をバックに、中継アナウンサーが何か話している。

 バレンタインのイベントでもあるのだろうか。そう思って耳を傾けようとした瞬間、背後から大きな声が降ってきた。

「ママーっ!」

「わっ、ちょっと、びっくりさせないでよ」

 振り返ると寝癖をつけたままの夫がいつの間にか起きてきて、牛乳の紙パックを片手に冷蔵庫の前に立っていた。


「ママ、これ期限昨日までだったよ」

「えーっ。おれ、朝はコーヒー飲みたいのに!」

 不満そうな陸翔の声が重なる。

「ごめんごめん。昨日新しいの買うの忘れちゃって……ちょっと待って」

 二人の言葉を遮り、再びテレビのほうへ向き直った。しかし画面はお天気カメラの映像に切り替わっており、ニュースは終わってしまっていた。


「あーあ、聞こえなかったじゃない。今日行くモールが映ってたのに」

 何のニュースだったのかしらと私が文句を言うと、夫は眠そうに目を瞬かせた。

「え? あはは、引っかかったな。さっきの『にゅーすです』は、うちの専属アナウンサーでしょ」

 夫の足の後ろから小さな影が顔を出す。そこにはおもちゃのプラスチック製マイクを両手で握りしめ、いっちょ前に胸を張った三歳の娘、詩桜(しお)の姿があった。

 毎朝欠かさずニュースを見る夫の隣で一緒にテレビを眺めている詩桜は、よくこうしてニュースキャスターの真似事をして遊んでいる。

 最近はテレビの音かと勘違いするくらい、妙に言い回しが堂に入ってきたのだ。


「なんだ、しーちゃんだったの」

 私が呆れ半分に笑うと、夫はしゃがみ込んで娘の頭をぽんぽんと撫でた。

「牛乳ないから、朝は温かいお茶で我慢しような。その代わりお昼はフードコートでジュースを買ってやるから」

「ほんと? しーちゃん、いちごのやつがいい!」

「しーは子どもだな。おれは大人だからコーヒー飲むけど!」

 近頃はお兄ちゃんの自覚が芽生えて大人ぶりたがる陸翔を、夫が微笑ましそうに見つめる。

 陸翔が主張するところの「大人の飲み物」とは、実際には香りつけ程度にコーヒーが入った牛乳なのだけれど。


 ジュースの約束を取りつけてご機嫌な詩桜は小走りで自分の椅子へとよじ登った。陸翔もゲームを置き、いただきますの挨拶をして朝食をとる。

 四人分で朝のテーブルを囲みながら、ふと気になって娘に尋ねた。

「ねえ、さっきの『にゅーす』。何があったって言ってたの?」

 詩桜が単語の一つでも覚えていたらテレビで流れたことの見当もつくかしら。ただそれだけの他愛ない質問だった。

 そして娘はフォークを握りしめたまま、無邪気な笑顔ではっきりとこう言った。

「えっとね、しょっ()んぐもーるで、とおりまさっしょうじけんが、ありました!」


 リビングの空気まで静止したような気がした。

 かわいらしい舌っ足らずな発音とは不釣り合いのひどく物騒な単語。背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 通り魔殺傷事件。

 慌ててエプロンのポケットからスマートフォンを取り出し、ニュースサイトでモールの名を検索する。しかし何も出てこない。

 念のため職場の同僚とのグループLINEにも『モールで何かあったか知ってる?』とメッセージを送ってみた。すぐに『何も聞いてないよー』『今向かってるけど、駐車場普通に入れたよ』と呑気な返信が相次いだ。


 ほっと息を吐き出す。

 事件など起きていない。きっと詩桜は前にテレビで流れていた別の凄惨なニュースの言葉の響きだけを覚えていて、今しがたテレビで流れた映像と頭の中で勝手にくっつけてしまったのだろう。

「もう、びっくりした」

 私は胸を撫で下ろし、娘の頬を軽くつついた。

「そんな怖い言葉、使っちゃダメよ。『今日は土曜日のバレンタインデー、お店は家族連れで賑わっています』とかにしましょ。そのほうが楽しいニュースでしょ?」

 私の言葉の意味がよく分からなかったのか、娘は不思議そうに首を傾げた。その愛らしい仕草に先ほどまでの緊張感もすっかり溶けて消えてしまう。


 夫も苦笑いしながらベーコンエッグを頬張っている。

「こんなご時世じゃ、ニュース見せるのも考えものだなあ」

「しーちゃんねー、ままとりっくんと、ぱぱに、ちょこかってあげるのよ」

「え、しーちゃん、パパが最後なの? パパおまけ?」

 本気で悲しそうな夫と何も分かっていない詩桜に、私も陸翔も思わず笑ってしまう。

 いつも通りの、いつもよりちょっとだけ特別な、平和な休日の朝だった。


 *


次のニュースです。

本日午後二時頃、市内の大型ショッピングモールのフードコート付近で刃物を持った男が買い物客を次々と襲う通り魔殺傷事件が発生しました。

この事件で、家族で訪れていたとみられる三十代の男性と、三歳くらいの女の子が刃物で刺され、搬送先の病院で死亡が確認されました。

また一緒にいた三十代の女性と男の子も意識不明の重体となっており、警察は殺人事件として――

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