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第5話:モチ・フォールと、世界を繋ぐ粘り気


「準備完了!」


ハヤトの声が戦場に響き渡った。

彼はクラスメイトたちと共に、空中に巨大な魔法陣を展開している。


「あーしもオッケー! 空間繋がったよ!」


リナちゃんの【聖光】が、座標のビーコンとして空を照らす。

ターゲットは、王都上空に展開する魔王軍の本隊、そして地上に密集する魔族の兵士たち。


私は息を吸い込んだ。

この作戦が成功するかどうかは、私のお餅にかかっている。


「行きます! オペレーション【モチ・フォール】、開始!!」


私は両手を天にかざし、魔力の全てを注ぎ込んだ。

イメージするのは、とびきり熱々で、粘り気が強くて、空を覆い尽くすほどの――巨大なお餅!


ズゥゥゥン!!


次の瞬間、空が真っ白に染まった。

雲ではない。

空間の裂け目から現れたのは、質量を持った白い塊。


「な、なんだあれは!?」


空中に浮いていた魔王軍の将軍が、間抜けな声を上げた。


「我は魔界最強の……ん? 空が白い? ぬわーーーー!!」


ベチャァァァ!!


「ぐあああっ!?」

「熱い! ネバネバする!?」


巨大なお餅の雨が、魔王軍の上に降り注いだ。

それはただの落下物ではない。圧倒的な粘着力で翼を絡め取り、飛行能力を奪う最悪のトラップだ。

空を飛んでいた魔族たちが、ハエ取り紙にかかった虫のように、次々と地面に落下していく。


「兜がベタベタするー!」

「剣が抜けない! もうやだ帰りたい!」

「母ちゃぁぁん!」


地上にいた部隊も、降り注ぐ餅の海に飲み込まれ、身動きが取れなくなっていた。

そこへ追い打ちをかけるように、私が出した『特大きなこ』と『砂糖醤油の雨』が降り注ぐ。戦場は甘くて香ばしい匂いに包まれ、もはや戦争どころの騒ぎではない。


「な、なんだこの事態は! 私の計算にはないぞ!」


後方で喚いていた神官長も、流れ弾ならぬ流れ餅に直撃した。


「ぐべぇっ!? この神聖な法衣がぁぁぁ! クリーニング代を請求するぞ!!」


真っ白な塊と化した神官長が、無様に転がる。

うん、ざまぁみろだ。


---


そして――。

空中にいた魔王ヴェルもまた、巨大なお餅の直撃を受け、地面に落下していた。

彼は粘りつく餅を剥がそうと、必死にもがいている。


「おのれ、人間め……! こんな卑怯な……ふぐぅ!?」


銀色の髪がべっとりと頬に張り付いているが、それでも隠しきれない美貌が逆にシュールだ。

そこへ、一人の男が猛然とダッシュしてきた。

王様だ。

周囲の騎士たちが「陛下、危険です!」と止めるのを振り切り、王様は餅まみれの魔王に馬乗りになった。


「放せ! 貴様、トドメを刺す気か!」

「うるさい! 口を開けろヴェル!」

「断る! ……むぐっ!?」


王様は強引に魔王の口をこじ開けると、懐から取り出した何かを突っ込んだ。

それは、私が特別に作った、とろけるような『極上きなこ餅』。


「差し入れじゃ! 食え!」

「んぐっ、んむ……!?」


反射的に噛んでしまった魔王の動きが止まった。

口いっぱいに広がる、大豆の優しい香ばしさと、砂糖の甘み。そして、それを包み込む餅の柔らかな食感。

魔王の瞳孔が開く。


(これは……!)


脳裏に蘇ったのは、遠い日の記憶。

王城の裏山で、親友だった人間の少年と分け合ったお菓子。

初めて知る甘さ。初めて知る楽しさ。

『大人になったら、もっと美味いもん食わせてやるよ!』

あの約束の味だ。


「すまなかった、ヴェル……! あの時は、神官長の部下が勝手に攻撃を……!」


王様は魔王の肩を掴み、涙ながらに訴えた。


「余は、お前を裏切ってなどいない! ずっと、お前にこれを食わせたかったのだ!」

「……」


魔王はゆっくりと咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。

甘い余韻が、頑なだった心を溶かしていく。


「……相変わらず、お前の国の菓子は美味いな……」


魔王の陶器のような顔から、憎悪の色が消えていた。その長い睫毛が震え、瞳はかつての悪戯好きな少年のものに戻っていた。


「き、貴様ら……! 何を遊んでいる!」


その空気を読まず、餅まみれの神官長が立ち上がった。

彼は隠し持っていた短剣を抜き、王様の背後へ迫る。


「魔王と通じているなど、やはり王失格だ! ここで始末してやる!」


「させない!」


リナちゃんの鋭い声が響いた。

【聖光】の鎖が神官長の手足を縛り上げ、身動きを封じる。


「ぐっ!?」

「ハヤト、今よ!」

「おう! 重力魔法・プレス!」


ハヤトが追撃の魔法を放ち、神官長を地面に縫い付けた。

その騒ぎに、周囲の兵士や民衆も駆けつけてくる。


「ぐっ!? 放せ! 私は人類のために……!」

「人類のため? よく言いますわね」


凛とした声が、戦場に響いた。 瓦礫の山を踏み越えて現れたのは、王妃様だった。 その背後には、数名の侍女たちが、大量の書類束を抱えて控えている。


「王妃殿下……? なぜ前線に……」

「貴方が陛下と魔王の対話を頑なに拒み、戦争を続けようとする姿を見て、確信しましたのよ。貴方には、何か『終わらせたくない理由』があるのだと」


王妃様は冷ややかな瞳で神官長を見下ろした。


「もともと貴方の強大すぎる権力と、不透明な資金の流れには疑念を持っていました。ですから、貴方が前線で指揮を執り、留守にしている隙に――お部屋を『お掃除』させていただきましたわ」


「なっ……!?」


神官長の顔から血の気が引いていく。 王妃様は侍女から書類を受け取り、突きつけた。


「出るわ出るわ、埃ではなく証拠の山が。魔石の横流しに、裏帳簿。そして……数十年前に出された、魔族の少年への『襲撃命令書』」


王妃様はその一枚を、王様と魔王に見えるように広げた。


「陛下、魔王殿。二人の仲を引き裂いたのは、この男の謀略です。戦争を長引かせ、魔石の価値を釣り上げるためにね」


「貴様ぁ……!!」


真実を知った王様が、怒りに震えて睨みつける。 全ての悪事が白日の下に晒され、神官長は「あ、あぁ……」と力なく崩れ落ちた。


「連れてお行きなさい」


王妃様の号令で、騎士たちが神官長を拘束し、引きずっていく。 その颯爽とした姿に、私は心の中で「王妃様、カッコイイ……!」と拍手を送った。


王様は立ち上がり、集まった人々に向けて宣言した。


「皆の者、聞け! 魔族は悪ではない!」


ざわめきが広がる。 王様は苦し気な表情を浮かべ、言葉を継いだ。


「この事実は、歴代の王家が国の統治のために秘匿し、彼らを共通の『敵』とすることで民の団結を図ってきた、古き悪習だ」


王様は拳を握りしめ、悔しさを滲ませる。


「余は幼き日より、その在り方に疑問を抱いていた。魔族とも手を取り合えるはずだと。……だが、変えることができなかった」


王様は魔王の方へ視線を落とした。


「あの日、ヴェル……お前との間に生まれた誤解を解けぬまま、余は真実を公表する機会をも失ってしまったのだ。お前たちが本当に敵になってしまうことを恐れて……余は、王家の嘘に逃げ込んでいた」


それは、王様が長年抱え続けてきた、王としての責任と、友への罪悪感だったのだろう。 王様は深く頭を下げた。


「すまなかった。だが、もう隠し事は終わりだ! 余は今ここで、全ての真実を明かし、過去の過ちを正す!」


王様は魔王に向き直り、手を差し出した。


「ヴェル。交易をしよう」

「交易だと?」

「そうだ。そちらの『魔石』を適正価格で買い取る。その金で、我が国の『食料』を買えばいい。奪い合う必要などないのだ」


魔王は目を丸くした。


「……魔石か。あんな、ただの石ころでいいのか? 我々の国では、邪魔なほど転がっているが」

「それが、人間界では喉から手が出るほど欲しい燃料なのだ」


二人は顔を見合わせ、プッと吹き出した。

そこへ、私も割り込んだ。


「あの! 私も提案があります!」

「ユイ殿?」

「魔族さんの力があれば、荒れ地も開拓できます! 農地を広げて、もっと作物を作りましょう! 作物が育つまでは、私もお餅をどんどん出しますから!」


私は、これから良い関係が築けますようにと願いを込めて、精一杯の笑顔を向けた。


「美味しいお餅、お腹いっぱい食べてくださいね!」


魔王が私を見た。 その目が、一瞬だけ大きく見開かれた。


「――っ」


魔王はなぜか、口元を片手で覆い、プイッと顔を背けた。 え、あれ? 私、何か失礼なこと言ったかな?


(……なんだ、この胸のざわめきは。この甘ったるい匂いのせいか? いや……)


魔王の彫刻のように整った顔が、ほんのりと赤く染まっていたことに、私は気づいていなかった。


(……この娘の素朴で優し気な笑顔、餅より甘くて危険かもしれん)


魔王は「コホン」とわざとらしく咳払いをすると、ぶっきらぼうに、でも優しく言った。


「……ククッ。餅、か」


魔王はベタベタの体を見下ろして苦笑した。


「これだけの量を一瞬で出すとはな。……いいだろう。その提案、乗った」


魔王は王様の手を握り返した。

歴史的な和解の瞬間。

歓声が沸き上がり、空からはまだ少しだけ、祝福のような白い粉雪(餅とり粉)が舞っていた。


---


それから数日後。

王都の広場では、前代未聞の光景が広がっていた。


「よいしょー!」

「はい、よいしょー!」


人間と魔族が入り混じって、餅つき大会が行われていたのだ。 騎士団長と魔王軍幹部が並んで杵を振るい、その周りで子供たちがはしゃぎ回っている。


「これ、あげる! 甘くておいしいよ!」

「わぁ! ありまとー!」


幼い王子様と王女様が、小さな角が生えた魔族の子供たちに、ちぎったお餅を分けてあげている。 魔族の子供は、初めて見るお餅を恐る恐る口にし、パァッと顔を輝かせた。


「おいちぃ!」

「でしょー! もっとあるよ!」

「えへへ、いっしょにあそぼ!」


種族の違いなんて関係ない。 ただ美味しいものを食べて、笑い合う。 その微笑ましい光景に、王様と王妃様、そして魔王も、愛おしそうに目を細めていた。かつて自分たちが望んでも叶わなかった「当たり前の友情」が、今、子供たちの間で花開いているのだ。


「ねえユイ」


つきたてのお餅をこねながら、リナちゃんが微笑んだ。


「あーし達も、ずっと友達でいようね」

「うん。お餅みたいに、長く、粘り強くね!」


私たちは顔を見合わせて笑った。

かつては遠い存在だと思っていたリナちゃんが、今はすぐ隣にいる。

この世界に来て大変なこともあったけど、来てよかったと心から思えた。


「さて、と」


魔王が杵を置き、召喚装置の方へ向かった。


「約束通り、魔力を充填してやろう。……まあ、我の魔力なら造作もないことだがな」


魔王が装置に手をかざすと、眩い光の柱が立ち昇った。

これで、日本へ帰れる。

でも――。


「いつでも帰れるぞ。……まあ、また遊びに来ればいい」


魔王の言葉に、私たちは顔を見合わせた。


「遊びに来るって……また来てもいいんですか?」

「構わん。ゲートは安定させた。週末くらいなら通えるだろう」


えっ。

それって、まさかの二拠点生活!?


魔王はチラリと私を見て、またフイッと視線を逸らした。 あれ、耳が赤い?


「その……餅の在庫確認に来ればいいだろう。管理が必要だからな」

「あはは、そうですね! 在庫、たっぷり用意しておきます!」


「やったー! じゃあ週末はこっちで餅パーティーだな!」

「映えスポット巡りもしなきゃ!」


しんみりしたお別れになるかと思いきや、皆で歓声を上げてハイタッチした。


「おかわりくださーい!」


列に並んだ魔族の子供と人間の子供が、仲良く手をつないで空のお皿を差し出した。 私は、満面の笑みで応えた。


「はい! ただいまー!」


異世界にお餅の輪が広がり、笑顔が溢れる。

私の「地味な」スキルは、世界を救い、そして二つの世界を甘く、粘り強く繋いだのだった。


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