第4話:鉄壁の防衛戦、ウォール・オブ・モチ!
けたたましい鐘の音が、王都の空気を引き裂いた。
窓から身を乗り出すと、遠くの城壁から黒煙が上がっているのが見えた。
「魔王軍だ! 魔族が攻めてきたぞ!」
離宮にまで、兵士たちの怒号が届いてくる。
ついに始まってしまった。
私はレオくんに護衛されながら、高台にある離宮の窓から戦況を見守ることしかできなかった。
王都の正規軍と、ハヤトたちクラスメイトが城壁の外で迎撃にあたっているようだ。遠目にも、派手な魔法や剣技が炸裂しているのが分かる。
「総員、陣形を維持せよ! 決して民を傷つけるな!」
風に乗って、敵の指揮官らしき男の声が聞こえた。
「畑や牧場、食糧庫は攻撃するな! 我々の目的はそこにある!」
……え?
私は耳を疑った。
略奪や殺戮が目的なら、食糧庫を狙うのは分かるけど、攻撃するな? むしろ守ろうとしているような……。
「ただの侵略じゃ、ない?」
私の胸に、奇妙な違和感が走った。
しかし、戦況はそんな私の思考を待ってはくれなかった。
ズドオオオォォォンッ!!
巨大な岩石が飛来し、城壁の一角を粉砕した。
瓦礫が舞い散り、土煙の中から魔族の歩兵部隊が雪崩れ込んでくる。
「しまった……! 城内には避難した民衆がいるのに!」
遠くで指揮を執っていた王様の叫び声が聞こえる。
「騎士団、前へ! 穴を塞げ!」
王様の指示が飛ぶが、崩れた城壁は広すぎる。敵の勢いに、騎士たちは後手に回っていた。
このままじゃ、城内にいる人たちが……避難誘導をしているリナちゃんたちが危ない!
「――っ!」
思考するより先に、私の体は動いていた。
「ユイ様!? 危ないです!」
背後でレオくんが叫ぶのが聞こえたけど、止まれなかった。
私はスカートの裾を掴み、戦場へと続く坂道を全力で駆け下りた。
(間に合って……間に合ってよ、私のお餅!)
崩壊した城壁の前、魔族たちが牙を剥いて殺到してくる。
私はその真正面に飛び出し、両手を突き出した。
「入ってくるなー! お餅の壁【ウォール・オブ・モチ】!!」
ドピュッ、ドボボボボボボッ!!
私の掌から、かつてない量の餅が噴出した。
それはまるで白い火砕流のように、ドロドロと熱気を帯びて広がり、崩れた城壁の穴を一瞬で埋め尽くした。そして、外気に触れて急速に冷え固まっていく。
「な、なんだこれは!?」
先頭を走っていた魔族の兵士が、餅の壁に突っ込み、ボヨォンと弾き返された。
「剣が刺さらん! 弾力で押し返される!?」
「くそっ、なんだこの粘り気は! 足が取られる!」
「うわっ、しかもなんか……甘くて美味しそうな匂いがするぞ! 戦意が削がれる!」
敵兵たちが混乱している。
それを見たハヤトたちも、ポカーンと口を開けていた。
「あいつ……マジかよ……」
「お餅で城壁を直したってこと……?」
私の規格外の(そして相変わらず地味な)スキルに、戦場が一瞬だけ静まり返った。
とりあえず、城内への侵入は防げたみたいだ。
でも、戦いはまだ終わらない。
城壁の外では依然として激しい攻防が続いている。私は前線基地の一角で、寸胴鍋を火にかけた。
「皆さん食べてください! 【力餅スープ】です!」
私が配ったのは、野菜とお肉、そしてお餅がたっぷり入った具沢山のスープだ。
疲弊した兵士たちが、次々とカップを受け取りに来る。
「うめぇぇ! 温まる!」
「体力が回復していくぞ!」
「ユイ!」
そこへ、眩い光を纏ったリナちゃんが駆け寄ってきた。
「リナちゃん! 無事だった?」
「うん! あんたのおかげでね。……敵の視界、あーしの【聖光】で奪うから、その隙に負傷者の搬送お願い!」
「分かった! 背中は任せて!」
「うん、リナちゃん!」
私たちは背中を合わせ、それぞれの役割を果たした。
かつて教室で一緒にお弁当を食べていた時のような、阿吽の呼吸。
その時、ボロボロになったハヤトたちが、肩で息をしながら戻ってきた。
「くそっ、キリがねえ……。魔力切れだ……」
「腹減った……もう動けねえよ……」
彼らは私の前で足を止めたが、気まずそうに目を逸らした。今まで私を馬鹿にしていた手前、助けを求められないのだ。
私は一瞬、ためらった。また何か嫌味を言われるかもしれない。
でも、彼らも必死に戦っている仲間だ。
私はお玉でスープをすくい、そっと差し出した。
「……食べる?」
ハヤトは驚いたように私を見た。
そして、震える手でカップを受け取ると、無言で口をつけた。
「……っ」
ハヤトの目から、涙がこぼれ落ちた。
「……わりぃ。今まで、ごめん」
「あーしにもちょーだい! もうペコペコ!」
「俺も!」
クラスメイトたちが次々と集まってくる。
温かいスープが、冷え切った体と、ギスギスしていた心を溶かしていくようだった。
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一方、本陣では王様が声を荒らげていた。
「攻撃をやめさせろ! 魔族は対話できるはずだ!」
「甘いことを! 彼らは人類の敵ですぞ!」
神官長が即座に否定する。
王様は苦悶の表情で、戦場の彼方を見つめた。
(ヴェル……なぜだ、なぜまた争わねばならんのだ)
王様の脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。
少年時代、王城を抜け出して遊んでいた裏山で出会った、不思議な少年ヴェル。
彼が魔族の王子だと知っても、二人の友情は変わらなかった。
王様がこっそり持ち出した城のお菓子を分け合い、ヴェルは初めて知る人間の味に、無邪気な笑顔を見せてくれた。
『人間の作る菓子は、魔法みたいだな!』
『だろ? 大人になったら、もっと美味いもん食わせてやるよ!』
種族を超えた約束。
しかし、それは最悪の形で破られた。
ある日、二人が遊んでいるところを、神官達に見つかってしまったのだ。
『魔族め! 王子から離れろ!』
神官達は問答無用で魔法を放った。
王様は必死に止めようとしたが、ヴェルは傷を負い、憎しみの籠もった目で王様を睨みつけながら去っていった。
『騙したな……! やはり人間など、信用できぬ!』
あれから数十年。あの時の誤解は解けないまま、ヴェルは魔王となり、王様は国王となった。
「陛下、迷っている場合ではありません。野蛮な魔族など殲滅すべきです!」
神官長が冷酷に告げる。
その時、空が急激に暗くなった。
「人間よ、我らは生きるために奪う!」
上空に巨大な漆黒の翼を広げた人影が現れた。 魔王軍本隊――そして、魔王ヴェルだ。 その姿を見て、私は息を呑んだ。
恐ろしい怪物を想像していたのに――そこにいたのは、透き通るような銀髪と、氷のように冷たく美しい瞳を持つ、この世のものとは思えないほどの絶世の美青年だったのだ。
彼は空中に浮遊したまま、冷ややかな視線で王都を見下ろしている。 その圧倒的な美貌と威圧感に、戦場が一瞬にして静まり返った。
「ヴェル! 余だ! 分からぬか!」
王様が声を張り上げる。 魔王の美しい顔が、怒りに歪んだ。
「……裏切り者が。よくもぬけぬけと!」
対話など不可能。
魔王の周囲に膨大な魔力が収束していく。一触即発の空気。
その光景を見ていた私は、ハッとした。
王様が言っていた「種族を超えた友」。
魔王が求めている食料。
そして、二人の間に横たわる深い溝。
(もしかして……王様の友達って、魔王様だったの?)
だとしたら、戦っている場合じゃない。
二人に必要なのは、剣でも魔法でもなく、きっと――。
「陛下!」
私は王様の元へ駆け寄った。
「私に考えがあります。……ちょっと乱暴ですけど、みんな死なずに済みます」
「ユイ? しかし、今は……」
「時間がありません! 信じてください、私のお餅を!」
私の真剣な眼差しに、王様は一瞬驚き、そして大きく頷いた。
「分かった。賭けてみよう、そなたの『モチ』に!」
私は振り返り、クラスメイトたちに向かって叫んだ。
「みんな、お願い! 私の作戦に協力して!」
「作戦って、何する気だよ?」
ハヤトが聞く。
私はニカッと笑って、とんでもない作戦名を告げた。
「名付けて、オペレーション【モチ・フォール】!」
その内容はあまりに突拍子もなかったけれど、みんなの顔にはもう迷いはなかった。
リナちゃんが不敵に笑う。
「オッケー! 映えそうな作戦じゃん!」
「俺たちに任せろ!」
クラスのみんなが散らばっていく。
私は空に浮かぶ魔王と、地上で睨み合う王様を見上げた。
互いに傷つけ合う必要なんてない。ただのすれ違いで、血を流すなんてもう嫌だ。
この無意味な戦いを、止めたい。
さあ、とびっきりの「平和」を、みんなでお届けしますから!




