第3話:餅の飯テロは聖剣よりも強し
「食料が……足りん」
騎士団の執務室で、重苦しい声が響いた。
騎士団長ヴォルフ様は、机の上に広げられた地図と補給リストを睨みつけ、眉間に深い皺を刻んでいる。
「パンはかさばる上にすぐカビる。干し肉は塩気が強すぎて喉が乾くし、生肉など論外だ……」
先日、国境付近で『スタンピート(魔獣の大量発生)』が確認されたらしい。
騎士団は急遽、大規模な討伐遠征を行うことになったのだけれど、そこで浮上したのが深刻な食料問題だった。
私はその話を、休憩時間にやってきたレオくんから聞いた。
「団長、昨日は徹夜だったみたいでさ。今回の遠征、俺たち見習いも荷物持ちとして参加するし、それに……」
「それに?」
「勇者召喚されたみんなも、実戦経験を積むために同行するんだって」
その言葉に、私はハッとした。
リナちゃんも行くんだ。
まだこちらの生活にも慣れていないのに、いきなり戦場なんて。
(私にできること、ないかな……)
私は離宮のキッチンで腕組みをした。
私のスキルは【餅】。戦闘力はゼロ。
でも、食料のことなら解決できるかもしれない。
お餅は腹持ちがいいし、エネルギー効率も抜群だ。ただ、つきたてのお餅は柔らかすぎて持ち運びにくいし、すぐ硬くなってしまう。
「……あ」
硬くなる?
そこまで考えて、私はポンと手を叩いた。
「そうだ、逆にカチカチにしちゃえばいいんだ!」
その夜、私は離宮のキッチンで一人、スキルを乱れ打ちした。
出したお餅を薄く切り、スキルで乾燥工程を早回しする(なぜかできた)。
カチカチに乾燥させた『切り餅』。
そして、それを油で揚げて醤油を絡めた『揚げ餅』。
「よし……これなら軽いし、腐らない!」
気づけば窓の外が白んでいた。
目の前には、麻袋にパンパンに詰め込まれたお餅の山が出来上がっていた。
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翌朝。
出発直前の騎士団の駐屯地は、ピリピリとした空気に包まれていた。
そこへ、私とレオくんは大量の麻袋を抱えて突撃した。
「あの! 騎士団長さん!」
「む? 貴公は……あの時の餅の娘か」
ヴォルフ団長が怪訝な顔で振り返る。
私は息を切らしながら、麻袋をドサリと置いた。
「これ、勝手に作っちゃったんですけど……遠征の役に立ちませんか!?」
団長は袋の中身を覗き込み、眉をひそめた。
そこにあるのは、白くて四角い、石のように硬い物体。乾燥させた切り餅だ。
「……なんだこれは。石版か?」
「いえ、食料です! 軽くて保存が効いて、焼けばすぐに食べられます!」
団長はおっかなびっくり切り餅を手に取ると、コンコンと机を叩いた。
いい音がした。
「硬い……まるで鉄塊だ」
団長は真顔で頷き、鋭い眼光で私を見た。
「なるほど。これを投石器で敵に投げつけ、頭蓋を砕くわけだな?」
「違います、食べるんです」
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そして数日後――遠征先の荒野にて。
「マジだりぃ……コンビニねーの?」
「風呂入りてぇー」
ハヤトたちクラスメイトは、岩場に座り込んで文句を垂れていた。
彼らは強力なスキルを持っているため、道中の魔獣はあっさり蹴散らしたものの、慣れない野営生活に精神を削られていた。
「おい、飯だぞ」
神官兵が配ったのは、パサパサの黒パンと、カチカチの干し肉だけ。
「はあ? これだけ? 俺ら最強の勇者パーティーだぜ?」
「もっとマシなもん出せよ!」
ハヤトがパンを地面に叩きつける。
しかし、文句を言っても他に食べるものはない。空腹は容赦なく彼らを襲う。
そこへ――。
プクーッ……。
ジュワァァ……。
風に乗って、暴力的なまでに食欲をそそる香りが漂ってきた。
穀物が焼ける香ばしい匂い。そして、醤油が焦げる魔性の香り。
「な、なんだこの匂い……!?」
ハヤトたちが勢いよく振り返る。
少し離れた場所で、休憩中の騎士たちが焚き火を囲んでいた。
網の上で焼かれているのは、ぷっくりと膨らんだ白い物体。
ヴォルフ団長が、熱々のそれをハフハフと言いながら頬張っている。
「う、美味いッ! 外はパリパリ、中はモチモチ……! 干し肉のような臭みもなく、噛むほどに力が湧いてくるようだ!」
「団長! この『揚げ餅』も最高です! サクサクしてて止まりません!」
騎士たちは満面の笑みで餅パーティーを開催していた。
ハヤトたちの喉が、ゴクリと鳴る。
「あ、あれ……あの落ちこぼれの餅かよ……」
「べ、別に欲しくねーし! 聖剣があれば腹なんか……ぐぅぅぅ~」
ハヤトのお腹が、これ以上ないほど盛大な音を立てた。
プライドが邪魔をして「欲しい」と言えない。クラスメイトたちも、ハヤトの手前、指をくわえて見ているしかない。
重苦しい沈黙と、鳴り止まない腹の虫。
その時だった。
「あんたたち、いい加減にしなよ!」
バンッ! とリナが立ち上がった。
「文句ばっかり言って、自分じゃ何もしないで! 騎士団の人たちが戦えるのは、誰のおかげだと思ってんの!?」
「なっ……リナ、お前まさかあっちに行く気かよ!? 裏切りだぞ!」
「うるさい! あーしは腹が減ってんの!」
リナは大股で騎士団の方へ歩いて行った。
そして、ヴォルフ団長の前に立つと、深々と頭を下げた。
「お願いします! あーしにもそれ、ください!」
「……うむ。貴公の分もあるぞ。あの娘が『みんなの分も』と持たせてくれたからな」
団長が差し出したのは、焼きたての磯辺焼き。
リナは震える手でそれを受け取り、大きく口を開けてかぶりついた。
「……っ!」
パリッという音と共に、口いっぱいに広がる醤油の風味と、優しいお米の甘み。
それは、小学生の頃に放課後にユイと食べた、駄菓子屋のお団子の味に似ていた。
「美味しい……っ! 懐かしい味……!」
リナの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
その姿を見て、他のクラスメイトたちも立ち上がった。
「俺も……食いたい」
「私も! プライドとかどうでもいい!」
「すいません、一つください!」
一人、また一人と騎士団の焚き火へ走っていく。
最後に残されたのはハヤトだけ。
「くっ……くそぉ……!」
結局、彼も空腹には勝てず、誰よりも多くの餅を平らげることになった。
この夜を境に、クラスの空気は変わった。
ハヤトの「俺様」な支配力は薄れ、代わりに真っ先に頭を下げて行動したリナが、実質的なリーダーとして認められるようになったのだ。
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遠征から帰還した後。
離宮に、ヴォルフ団長がやってきた。
「ユイ殿! 貴公の機転に救われた!」
ガシッと両手で握手され、ブンブンと振られる。
「あの『切り餅』のおかげで、兵の士気は最高潮だった! 感謝する!」
「あはは……よかったですぅ……」
団長が去った後、私はへなへなとその場に座り込んだ。
よかった。本当に、よかった。
自分で考えて動いたことが、誰かの役に立った。それが嬉しくて、少しだけ胸を張れる気がした。
「ユイ、これ」
横にいたレオくんが、一枚の封筒を差し出した。
「リナ様から。……こっそり渡してくれって」
受け取った手紙を開く。
そこには、丸っこいギャル文字で、こう書かれていた。
『お餅、最高だった。ありがと。
てかマジで助かったし!
今度絶対会いに行くから! 待ってて!』
「リナちゃん……」
手紙を胸に抱きしめる。
紙越しに、リナちゃんの体温が伝わってくるようだった。
離れていても、お餅の粘り気のように、私たちの心は繋がっている。
私は空を見上げた。
次に会える日が、楽しみで仕方なかった。




