第1話:外れスキル【餅】?
全5話完結予定です、毎日21時に予約投稿済みです。
視界が真っ白に染まり、浮遊感に襲われた次の瞬間――私の足裏は、ひんやりとした硬い石の感触を捉えていた。
「成功だ……! 勇者召喚は成功したぞ!」
誰かの興奮した声が響く。
恐る恐る目を開けると、そこは映画でしか見たことがないような、石造りの巨大なホールだった。高い天井にはシャンデリアが輝き、周囲には厳めしいローブを纏った人たちが私たちを取り囲んでいる。
「え、ここどこ?」
「マジかよ、異世界召喚ってやつ?」
ざわめく周囲。高校のクラスメイトたちも皆、状況が飲み込めずに呆然としていた。
私たちの前に進み出てきたのは、金糸の刺繍が入った豪華な法衣を着た初老の男――神官長だ。
「ようこそ、異界の救世主たちよ。我々は魔王の脅威に晒されている。どうかその力で、この世界を救っていただきたい」
神官長は恭しく頭を下げたが、その目にはどこか値踏みするような光が宿っていた。
さらに彼は、私たちが最も知りたい情報を付け加える。
「魔王を討伐し、この召喚装置に魔力を再充填すれば、元の世界へ帰還するゲートが開かれます」
帰るためには、戦うしかない。
その事実は、私たちを強制的に「やる気」にさせた。……いや、させられたと言うべきか。
さっそく一人ずつ、「ステータス水晶」と呼ばれる巨大なクリスタルに手をかざし、与えられたスキルを確認することになった。
「うおおッ! 俺、【聖剣使い】だってよ! レア度SSS!」
クラスの中心人物であるハヤトが拳を突き上げる。水晶が眩い金色の光を放ち、周囲の神官たちが「おお……!」とどよめいた。
その後も、地味だった男子が【大賢者】だったり、おとなしい女子が【竜騎士】だったりと、強力なスキルが次々と判明していく。みんな、非日常的な力に高揚し、顔つきが変わっていく。
そして、派手なメイクと制服の着崩しがトレードマークの、クラスのカーストトップに君臨するギャル――リナちゃんの番が来た。
「えー、あーしは何だろ。とりま、やってみ?」
彼女が水晶に触れた瞬間、ホール全体が浄化されるような、清廉で美しい光が溢れ出した。
「こ、これは……【聖光】! 魔を祓う最高位の癒やしと攻撃を兼ね備えたスキルですぞ!」
「すごくね? めっちゃキラキラじゃん! 映え~!」
リナちゃんはケラケラと笑いながら、スマホ(圏外だけど)で自撮りの真似事をしている。
すごい……やっぱりリナちゃんは、異世界に来ても主役なんだ。
私は昔、まだ小学生の時、彼女とよく遊んでいた頃のことを思い出して、少しだけ胸が苦しくなった。今はもう、住む世界が違うけれど。
「次は、そこの者だ」
神官長に指さされ、私はビクッと肩を跳ねさせた。
私の名前はユイ。クラスでも目立たない、いわゆる「その他大勢」の一人だ。
恐る恐る水晶に手を乗せる。
……シーン。
光らない。
いや、よく見ると、水晶の中心に、ポワンと白くて丸い、柔らかそうな光が灯っていた。
「……【餅】?」
神官長が素っ頓狂な声を上げた。
「は?」
「スキル名、【餅】……? なんだそれは。攻撃力ゼロ、魔力適性ゼロ……ただ、餅を出せるだけだと?」
その言葉が聞こえた瞬間、ホール内が静まり返り――直後、爆笑が渦巻いた。
「ブッ、餅だってよ!」
「地味すぎんだろ!」
「ハヤトが聖剣で、ユイが餅? 戦力外通告じゃん!」
ハヤトたちが腹を抱えて笑う。クラスメイトたちの視線が、憐れみと嘲笑を含んだものに変わる。
顔が熱い。恥ずかしくて、消えてしまいたい。
私は俯くことしかできなかった。
「ちょっと! 笑うことないじゃん!」
鋭い声が響いた。
顔を上げると、リナちゃんがハヤトたちを睨みつけていた。
「勝手に呼んでおいて、スキルが地味だからって馬鹿にするの、マジださいよ!」
リナちゃん……。
彼女は腰に手を当て、堂々と神官長たちにも視線を向ける。
「てか、餅も食べ物だし? 重要じゃん。なんで笑うわけ?」
その姿は凛としていて、私の知っている昔のままの、正義感の強いリナちゃんだった。
でも、現実は物語のようにはいかない。
「黙りなさい」
神官長が冷徹な声で遮った。
「これは遊びではないのです。聖戦に不要な者は排除する。それがこの世界の理だ」
その威圧感に、場の空気が凍りつく。
ハヤトが気まずそうに、しかしリナちゃんの腕を引いた。
「おいリナ、やめとけって。あんなのと関わるとレベル下がるぜ?」
「はあ? カイト、あんた何言って……」
「そうだぞリナ。お前は【聖光】なんだから、選ばれた側なんだよ」
クラスの女子たちも、ひそひそと同調する。
「確かに、かわいそうだよね」
「でも、魔王倒さないと帰れないし……」
「足手まといがいると、みんな死んじゃうかもだし」
多勢に無勢。空気という名の暴力が、リナちゃんを封じ込めていく。
リナちゃんは悔しそうに唇を噛み、拳を握りしめていた。
もう、十分だ。これ以上、彼女を巻き込めない。
「リナちゃん、ありがとう……」
私は精一杯の強がりで、小さく笑ってみせた。
リナちゃんがハッと私を見る。その瞳が揺れていた。
「それでは、この無能な娘は城外へ追放処分とする。衛兵、つまみ出せ!」
神官長が無慈悲に告げた、その時だった。
「――まあ待て、神官長」
不意に、野太いがどこか温かみのある声が響いた。
玉座に深々と座っていた、立派な髭と立派なお腹を持つ男性――国王陛下だ。
「陛下? 何か問題でも?」
「いや、その……『モチ』と言ったか? さきほどから妙に良い匂いがする気がしてな」
王様は鼻をヒクつかせながら、玉座から身を乗り出した。その目は、獲物を見つけた猛獣……いや、美味しいご飯を見つけた大型犬のそれだ。
「そこの娘。試しに一つ、出してみてはくれんか?」
「え? あ、はい……」
私は戸惑いながらも、手のひらに意識を集中させた。
イメージするのは、つきたての、温かくて柔らかいお餅。
ポンッ。
白い湯気とともに、私の手のひらに真っ白でつやつやした丸餅が現れた。
「おお……! なんと愛らしい白さ! 弾力!」
王様が玉座から駆け下りてきた。威厳もへったくれもないスピードだ。
私の手からお餅をつまみ上げると、プニプニと指で感触を確かめ、あろうことかそのまま口に放り込んだ。
「陛下! 毒見もなしに!?」
「んぐっ、んむ……ほう! ほほう!!」
王様が目を見開いた。
「この弾力! 噛み切ろうとすれば押し返し、しかし絶妙な粘り気で舌に絡みつく! 噛むほどに広がる穀物の甘み! 素朴でありながら、なんと奥深い味か!」
「あ、あの……もしよろしければ、お醤油を……」
私はスキルで小瓶に入った醤油を召喚した(なぜかセットで出せた)。
王様はそれを垂らして、もう一口。
「美味ぁぁぁぁぁいッ!! この黒い液体(醤油)の塩気と香ばしさが、甘みをさらに引き立てておる! これは魔性の食べ物だ!」
王様は感動で打ち震え、私の手をガシッと握った。
「素晴らしい! 娘よ、そなたは天才だ! ぜひ我が城の食卓に――」
「――陛下!!!」
ドスの利いた怒声がホールを揺らした。神官長だ。こめかみに青筋が浮いている。
「我々は今! 人類の存亡をかけた魔王討伐の話をしているのです! 異界のつまみ食いに現を抜かしている場合ですか!!」
「ひっ」
さきほどまで威厳たっぷり(?)だった王様が、雷に打たれた犬のようにビクッと震えた。
そして、みるみる背中を丸め、シュン……と縮こまっていく。
「……はい。すみません……」
「まったく! 王としての自覚をお持ちください!」
王様は小さくなりながら、チラリと私を見た。その目は『すまん、助けてやれんかった』と語っていた。
……王様、意外と立場弱いんだ。
しかし、その横に控えていた優美な女性――王妃様が、扇子で口元を隠しながら静かに口を開いた。
「神官長。陛下のお戯れはいつものことですが……この娘を城外へ放り出すのは、私が許しませんよ」
「王妃殿下? しかし、無能な者を養う余裕など……」
「我々の都合で召喚した客人を、役に立たないからと捨てる。それは『リグ・ヴェーダ』の騎士道精神に反する行為です。……それに、この娘の能力は兵の慰めになるかもしれません」
王妃様の凛とした言葉に、神官長も渋々引き下がった。
「……チッ。ならば、北の庭園にある古い離宮を使いなさい。あそこなら誰も近づかない。……精々、王城の景観を汚さぬようひっそりと暮らすことですな」
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こうして私は、華やかな本城とはかけ離れた、北の離宮に押し込められることになった。
離宮といっても、長年使われていなかったようで埃っぽく、家具も最低限しかない。
窓の外には、手入れされていない鬱蒼とした森が広がっている。
「はぁ……これからどうなるんだろ」
古びたベッドに腰を下ろし、ため息をついた夜更けのことだった。
ギィィ……と、部屋の隠し扉のような場所が開き、誰かが入ってきた。
「誰っ!?」
「しっ! 静かに! 余だ、余!」
入ってきたのは、なんと王様だった。しかも、王冠を外して忍び足で。
「へ、陛下? どうしてここに?」
「いやなに、そなたが不自由していないか気になってな。……それと、」
王様はゴホンと咳払いをして、子どものように目を輝かせた。
「あの『モチ』というやつが、忘れられんのだ。神官長に見つかるとうるさいから、王族専用の隠し通路を使って来た」
「えぇ……」
国のトップが何をしているんだろう。
呆れつつも、私は悪い気はしなかった。この世界に来て初めて、純粋に私のスキルを求めてくれた人だから。
「じゃあ、今度はきなこ餅にしますね」・
「きなこ? なんだそれは!」
私はスキルで【きなこ餅】を出し、王様に振る舞った。
王様は一口食べて、またもや悶絶した。
「甘くて香ばしい! 砂糖の甘みと大豆の風味が、モチの淡白な味と完璧な調和を奏でておる……!」
幸せそうに餅を頬張る王様を見て、私は少しだけ緊張が解けた。
王様はふと、遠い目をして窓の外を見た。
「……実は余も、昔は友とこうして、こっそり菓子を食ったのだがな」
「お友達、ですか?」
「ああ。立場など関係なく、ただ笑い合える友だった。……今はもう、あのような時間は戻らんが」
王様の横顔は、とても寂しげだった。
何か事情があるのだろうか。私はそれ以上聞けず、ただ黙ってお茶を淹れ直した。
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一方その頃、王城の最も豪華な客室。
フカフカのベッドの上で、リナは膝を抱えていた。
「マジありえないんだけど……」
部屋には、他の女子グループも集まっている。
彼女たちは、高級なフルーツをかじりながら噂話をしていた。
「ユイちゃん、かわいそうだったよねー」
「でもさ、実際なんもできないし、しょうがないっしょ」
「私たちが頑張って、早く元の世界に帰してあげればいいんだよ」
無責任な同情と、自分たちは「選ばれた側」だという優越感。
リナは苛立ちを隠すように、乱暴に枕を投げた。
(……あーしがもっと強かったらな)
あの時、もっと強く言い返せていたら。
ハヤトや神官長を黙らせる力があったら。
カーストトップだなんだと言われていても、結局は周りの空気に流されただけだ。
「だっさ……」
誰に向けたともしれない呟きは、部屋の喧騒にかき消された。
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翌朝。
離宮の庭で、私は箒を持って掃除をしていた。
この離宮の警護を任されたのは、レオという名の見習い騎士の男の子だった。まだあどけなさが残る彼は、この「左遷先」の警護に不満そうな顔をしている。
「……腹減った」
レオくんのお腹がグゥと鳴った。
王城からの配給は遅れているらしい。ここでも冷遇されているのが分かる。
「あの、よかったらこれ食べる?」
私は作りたての【磯辺焼き】を差し出した。
レオくんは警戒しつつも、香ばしい醤油の匂いに抗えず、パクリと口にした。
「!! ……うまっ」
目を見開くレオくん。
そして、照れくさそうに「ありがとな」と呟いて、ガツガツと食べ始めた。
その姿を見て、私は思った。
私のスキルは、魔王を倒す剣にはなれない。派手な魔法で敵を蹴散らすこともできない。
でも、お腹を空かせた誰かを笑顔にすることはできる。
「私にできることをしよう」
私は空を見上げた。
青く澄み渡る空の向こうには、きっとリナちゃんたちがいる。
(リナちゃん……ますますキラキラしてて、遠い存在になっちゃったな)
リナちゃんは【聖光】の勇者。私は【餅】の一般人。
かつて幼馴染だった二人の距離は、この異世界で決定的なものになってしまったように思えた。
けれど、遠く離れた王城のバルコニーで、リナもまた同じ空を見上げていた。
(ユイ、大丈夫かな。ご飯、ちゃんと食べてるかな……)
お互いを想いながらも、環境という壁が二人を分断していた。
私たちが本当の意味で再会できる日は、まだ少し先の話だ。
明日21時に次の話を投稿します。もし気に入って下さったら、読んでもらえると嬉しいです。




