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『光秀異聞』 円明寺遺譚  作者: 双鶴


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8/9

秀吉軍が迫っていた。

和睦は成っていた。だが、兵は解かれ、矛は収められていた。

戦う術はなかった。

光秀は、戦を選ばなかった。

誰も、これ以上の犠牲を望んでいなかった。


明智軍は、仮陣屋としていた豪農の屋敷に金子を渡し、深く頭を下げた。

「戦に巻き込んでしまった。すまぬ」

光秀はそう言い、宗翔はその場に立ち会った。

屋敷の奥には、火薬が運び込まれていた。

爆薬は、宗翔の手配によるものだった。

それは、逃げるためではなく、終わらせるための炎だった。

誰かを討つためではなく、誰かを守るための仕掛けだった。


「辞世の句だ。もし生き延びたら、余の意志を繋いでくれ」


光秀は、書付と脇差を宗翔に手渡した。

その筆跡は、震えていなかった。

墨は濃く、言葉は短く、意志は深かった。

宗翔は、何も言わず、ただ受け取った。

それが、今生の別れだった。


屋敷の中では、火薬の匂いが漂っていた。

兵たちは静かに荷をまとめ、道を空けた。

光秀は、最後まで背筋を伸ばしていた。

その姿は、敗者ではなかった。

ただ、終わりを受け入れた者だった。



夕刻、秀吉軍が屋敷を包囲した。

油断していた。

全て終わったと思っていた。

だが、屋敷の奥で火が走り、爆薬が炸裂した。


炎が上がり、煙が立ち、馬が暴れ、兵が崩れた。

一矢は報いられた。

だが、光秀は逃げ延びることができなかった。


斎藤利三は、坂本へ向かう列の中でその報を聞いた。

秀満は、槍を握りしめて空を見上げた。

宗翔は、山の裏手で、ただ静かに立っていた。

風が吹いていた。

その風は、何かを運んでいた。

声ではなく、音でもなく、ただ、気配のようなものだった。



その夜、宗翔は円明寺のあるあたりへ戻っていた。

霧は晴れ、空は静かだった。

足元に、桔梗が咲いていた。

誰が植えたのかは分からない。

だが、そこに光秀の気配があった。


宗翔は、経を唱えた。

一心不乱に。

声が風に溶け、時が揺れた。

手には、書付と脇差があった。

それは、確かに光秀から渡されたものだった。


「南無不動明王……」


その声が、山に染み込み、空に溶けたとき――

ふと目を開けると、灯明が揺れていた。


円明寺の不動堂。

現世だった。


宗翔は、静かに息を吐いた。

外では、風が吹いていた。

桔梗の花が、わずかに揺れていた。

その揺れは、何かを告げるものではなかった。

ただ、そこに在るものだった。


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