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『光秀異聞』 円明寺遺譚  作者: 双鶴


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3/9

陣屋の夜は、静かに燃えていた。

本能寺の炎は鎮まりつつあったが、焦げた匂いはまだ風に乗って漂っていた。軍議の場には、火灯りと地図、そして沈黙が満ちていた。


宗翔は、地図の前に座していた。

その顔には、僧としての静けさと、未来を知る者としての緊張が交錯していた。


「まず、史実としてお伝えします」

宗翔の声は、火の揺らぎに乗って、陣屋の隅々まで届いた。

「細川殿は離反します。中川殿と高山殿は秀吉方に付き、筒井殿は傍観を決め込みます。援軍は望めません」


斎藤利三が眉をひそめた。

「それが、未来の定めか」


「はい。そして、秀吉は毛利と明後日に和睦し、、中国より大返しを果たします。今日が2日、7日に姫路、12日に山崎です。」


「それほどの速さで戻れるものか」


「未来では、それが語り草となっております。」


沈黙が落ちた。

火の灯りが揺れ、地図の上に影が踊る。森成利は、地図の端に指を添えたまま、動けずにいた。


宗翔は、地図を見つめながら言った。

「対策はあります。まず、霧を使って情報を撹乱します。夜明けの霧を利用し、敵の視界を奪い、旗指物で兵力を計算させず、動きを遅らせる」


「霧など、天任せではないか」

溝尾茂朝が口を挟む。


「円明寺川の水を使います。水門を操作し、霧を誘発させる。さらに、川の流れを変え、敵の行動範囲を縮小し、狙い撃ちの地形を作ることができます」


利三が目を細めた。

「地形を操る、か。僧とは思えぬ策だな」


「偽の密書を用います。細川殿と筒井殿には、秀吉が彼らを見捨てる旨の文を送り、足止めを図ります。中川殿と高山殿には、京への進軍を促す文を。兵力を分散させるのです」


「卑劣な手だ」

森成利が言った。


「兵の命をできるだけ守り、故郷に生きて返すためです。誠を貫くには、知も必要です」


宗翔は、さらに続けた。

「中川殿と高山殿を、御所を襲う朝敵として仕立てます。御所から討伐の綸旨を得て、秀吉との和睦の勅令を手配します」


「和睦など、するものか!」

溝尾茂朝が立ち上がった。


宗翔は、静かに言った。

「光秀殿の名誉と、兵と民の命を守るためです。勝てぬ戦であっても、誠ある終わり方はあります」


光秀は、宗翔の言葉を聞きながら、火灯りの中で目を閉じた。

その顔には、疲労と決意が交錯していた。


「……よい」

光秀は、ゆっくりと立ち上がった。

「この戦、誠をもって闘う。本陣を天王山に移そう」

「ここは宗翔を信じてみよう」


斎藤利三が頷き、明智秀満が地図を広げた。森成利は、筆を取り、兵の配置を記し始めた。溝尾茂朝は、宗翔を一瞥し、何も言わずに座り直した。


火の灯りが、再び揺れた。

戦の幕が、音もなく、だが確かに上がった。


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