あ、コーヒーはブラックで
──あの時、想いを伝えていれば。そう中学時代を思い出すことが俺には時々ある。
俺には中学の頃、好きな人がいた。名前は七瀬陽花。一年の頃から同じクラスで、何かと席が近かったので話す機会が多かった。七瀬はよく笑う奴で、今思えば彼女の笑顔に惚れていたのかもしれない。二年の時まではそこまで意識せず、ただの友達だと思っていた。
明確に意識し出したのは三年の春頃。おそらく春休み中に友人から揶揄われたのがきっかけ……だと思う。それまで恋愛なんて遠いものだと思っていた。ライトノベルはよく読んでいたし、恋愛ものの有名どころはまぁまぁ辿っていた気がする。
しかし、現実の恋愛は遠く感じた。相手に告白して想いを伝える、なんてそんな大胆なことを小心者の俺はできない。中学後半になるとカップルが増え始め、いつのまにかカップルロードが廊下にできるくらい盛んだったが、やはり俺はそれを遠目に見ていた。「爆発しろ」とも、「幸せになれよ」とも思わず、只々自分には関係ないと無視していた。「誰々は誰某のことが好き」だの「あのカップルが別れた」、「あいつら付き合いだした」だの噂が飛び交っていた頃もあった。思い返すと、そう噂するのも青春の一幕だったのだろう。
そんな恋愛に興味がなかった俺は、中学三年の一年間は濃密に感じた。授業中暇を持て余し周りを見ていると、自然と七瀬へ目が行ってしまう。案外真剣に授業を聞いていたり、たまに午後の授業でカックン、カックンと船を漕いでいたり、先生のたわいもない話で笑ったり、ツボに入ったのか雑談から授業に入った後も肩が震えていたり。
気がつくと、一日中七瀬のことを考えていた。どうしようもなく、好きだった。別に付き合ってどうこうしたい、なんてわけでも──あった。他の男に七瀬を取られたくない。下の名前で呼んでみたい。手を繋いでみたい。一緒にいろんなところに行きたい。──好きだって言って欲しい。俺を必要として欲しい。
どうしようもなく俺は気持ち悪いと思った。それでも胸に詰まった恋心が、口を開けただけで飛び出してしまいそうなほどに猛烈に好きだった。しかし、俺には告白するなんていう度胸がなかった。結局、七瀬とは別の高校へ行くことになり卒業式で言葉を交わしたっきりだ。
高校に入ってから数ヶ月が経ち、季節は春から夏へとすっかり変わってきた。
俺は窓の外の空へと目を向ける。なんの変哲もない青空。七瀬も、今どこかの高校で過ごしているのだろうか。──もしかしたら彼氏と放課後デートでもしているのかもしれない。
「うがぁああああ!!!!」
「うわびっくりした。なんだよ急に叫ぶなよ。せっかくお前の小説に付き合ってやってるのに」
そうだ、俺小説書いてたんだった。俺は目の前のパソコンの画面に目を向ける。画面のキャレットは依然として文字を生み出さない。つまり、白紙の状態である。夏休み中に文芸部の合宿で缶詰する小説のプロットが進まないのだ。まだジャンルでさえも決まっていない。
俺の目の前の呆れた顔で俺を見つめる男は、中西京也。小学校時代からの親友で、俺と同じく文芸部に所属している。俺より数センチ背が高く、眼鏡をかけている。ツンデレ男であり、なんだかんだ文句を言いつつも俺に付き合ってくれるいい奴だ。
「……進まなさそうだね。ちょっくら自販機でなんか買ってくる。ついでにお前の分も買ってきてやるよ。何がいい?」
「んーーコーヒー。ブラックのやつな。あい、これお金」
京也は金を受け取りつつ、俺の顔をじぃーと見つめる。
「な、なんだよ?俺の顔に何かついてるか?」
「まだカッコつけてブラック飲んでんのかと思って。ブラックなんて苦いだけじゃん。甘くない飲み物は飲み物じゃない」
「それは言い過ぎだろ!?本当に甘党だなお前……。コーヒーもコーヒーで美味しいんだぞ」
「まぁにっがいコーヒーのことはさておき、買ってくるよ。早く書けよー」
そう言って京也は部室から出て行く。
俺は画面に目を戻し、腕組みする。ラノベっぽい感じで行くとして……ミステリーもいいなぁ。でもミステリーは書くのが難しそうだし……。
そんなことを考えていると、部室の扉がガラリと開く音がした。京也きたのかと思い、画面を見つつ俺は声をかける。
「あれ京也、財布でも忘れ……」
「あれ、里村君……?」
聞き覚えのある声だった。何度も何度も聞いた声。今でも鼓動が早くなる、穏やかな声。
俺は恐る恐る画面から顔を上げた。
「七、瀬……?」
「文芸部の部室はここかな?」
七瀬は、そう笑顔で言った。
初めて投稿するので何か至らない点があったらすみません。




