第九話:奇妙な同盟軍
リアムの決断が下された翌日、王都の城門がゆっくりと開かれた。
そして、その門から出てきたのは、ここ数ヶ月の圧政下では考えられないような、雑多な人々の集団だった。彼らはやつれてはいたが、その目には確かな自由の光が宿っていた。
国王アレクシオスが約束通り解放した、フィンを含む全ての政治犯たちだった。
「おせえじゃねえか、本屋」
解放された人々の先頭にいたフィンは、出迎えに来たリアムの肩を力強く叩いた。その顔には、泥と無精髭にまみれてはいるが、昔と変わらない陽気な笑顔があった。
「お前さんが王様と談判してるって聞いた時は、どうなることかと思ったぜ」
「フィン……無事だったか」
リアムも、親友の無事な姿に、心からの安堵の息を漏らした。二人の再会に、解放された人々も、レジスタンスの仲間たちも、一様に歓声を上げる。それは、この奇妙な同盟がもたらした、最初の確かな果実だった。
「感傷に浸ってる場合じゃないよ」
腕を組んでその光景を見ていたエラが、現実的な声で言った。
「見てみな。あれが、あたしたちの新しい『お仲間』だ」
彼女が顎で示した先には、王都の城壁の上や門の周りに整列する、国王軍の兵士たちの姿があった。彼らは解放された囚人たちと、森から出てきたレジスタンスの一団を、明らかに侮蔑と不信に満ちた目で見下している。
特に、騎士団長バルトムの視線は、まるで汚物でも見るかのように冷ややかだった。
数刻後、王城の一室で、王国史上、最も奇妙な軍議が開かれた。
玉座ではなく、円卓の上座に座る国王アレクシオス。その正面には、平民の服装のままのリアム。脇にはエラとアルバンが控え、反対側には騎士団長バルトムをはじめとする国王軍の将軍たちが、苦虫を噛み潰したような顔で座っている。
「反乱軍の主力は、東の平原に集結しつつある。その数、およそ二万」
バルトムが、地図を指しながら忌々しげに報告した。
「対する我が軍は、宰相派の粛清による混乱で、即座に動かせる兵は一万にも満たない。兵力では、圧倒的に不利だ」
「ならば、正面からぶつかるのは愚策だな」
エラが、まるで近所の子供にでも話すように、平然と口を挟んだ。
「なっ……貴様、平民の小娘が、神聖なる軍議で口を開くか!」
バルトムが激昂する。
「あたしは、あんたたちが誇らしげに地図を眺めてる間に、この国の全ての裏道と抜け道、そしてゲリラ戦のやり方を頭に叩き込んできた。その小娘の知恵が、あんたたちの凝り固まった騎士道精神より、よっぽど役に立つと思うけどね」
一触即発の空気を、アレクシオスの咳払いが遮った。
「……聞こう、エラの策を」
アレクシオスのその一言に、バルトムは侮辱に顔を歪ませながらも、渋々口を閉ざした。王の変化は、誰よりも彼の近くにいた騎士団長にとって、最も受け入れがたいものだった。
エラの策は、大胆不敵だった。
国王軍の主力は、反乱軍を平原に引きつけるための囮となる。その間に、エラが率いるレジスタンスの別動隊が、地の利を活かして反乱軍の背後に回り込み、彼らの生命線である補給部隊を叩く。兵站を断たれ、混乱した敵を、前後から挟撃するというものだった。
「危険すぎる! 我が軍を囮だと? 補給部隊を叩いたとて、二倍の敵勢を打ち破れるものか!」
バルトムが猛反対する。それは、騎士の名誉を重んじる彼にとって、あまりに卑怯で、そして味方の損害を前提とした作戦に思えた。
「確かに、危険な賭けだ」
そこで、これまで黙って議論を聞いていたリアムが口を開いた。
「だが、バルトム殿。あなたの言う正攻法では、我々に勝ち目はない。そして、エラの策には、兵力差を覆すための『もう一つの力』が計算に入っている」
「もう一つの力、だと?」
リアムは、窓の外に広がる王都の街並みを見つめた。
「民衆の力です。我々が王と手を組んだという報せは、すでに王都中に広まっている。そして、反乱軍を率いるのが、民を苦しめた旧貴族たちであることも。我々が敵の補給部隊を叩き、戦いの潮目が変わった時、王都の民、そして反乱軍に無理やり徴兵された農民たちが、どちらにつくか……。それこそが、この戦の勝敗を決める鍵になる」
それは、戦場の兵力だけを数える騎士たちには、全くない発想だった。戦争とは、民衆を巻き込み、その心を掴むことでもあるのだと、本屋の青年は静かに説いた。
アレクシオスは、リアムの言葉を黙って聞いていた。そして、深く頷いた。
「……採用だ。作戦は、エラの案で行く」
「陛下!」
バルトムが悲鳴に近い声を上げる。
「決定だ」
アレクシオスの瞳には、もはや迷いはなかった。彼は王として、最も確率の高い、しかし最も屈辱的な道を選んだのだ。
かくして、王と本屋、騎士と元囚人たちからなる、王国史上最も奇妙な軍隊が、王都の城門から出撃した。
彼らの前には、腐敗した過去の亡霊たちが率いる大軍が待ち受けている。寄せ集めの同盟軍は、互いへの不信と、わずかな希望だけを胸に、王国の運命を決する戦場へと向かうのだった。




