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清廉潔白すぎる国王陛下に国が滅ぼされそうなので、しがない本屋ですが革命起こします  作者: さらん


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第五話:地下水道の鼠たち


「やるしかないだろう」


隠れ里の薄暗い小屋の中、エラの言葉が議論に終止符を打った。


「リアムは、私たちが生き延びるために囮になった。そのあいつを見捨てて、生き延びて、何が残る? そんなのは、ただ息をしてるだけの石ころと同じだ」


彼女の言葉に、もう誰も反論しなかった。リアムが灯した火を、ここで消すわけにはいかない。彼の死を静かに待つことは、彼らがこれまで行ってきた全ての抵抗を、自ら否定することに等しかった。


作戦は、リアムの処刑が予定されている三日後の、その前夜に決行される。


エラを中心に、作戦は急ピッチで練られた。それは、王城の堅牢さを考えれば、あまりにも無謀な計画だった。


エラと数名の身軽な者が、古地図に記された地下水道を通って城の真下まで潜入し、リアムを救出する。


その間、王都内に潜む協力者たちが、複数箇所で同時に陽動の騒ぎを起こし、警備隊の注意を地上に引きつける。


成功の確率は、限りなく低い。しかし、ゼロではなかった。


「鼠が、王の寝床をかじるんだ。面白くなってきたじゃないか」


エラは不敵に笑ったが、その目には命がけの作戦に挑む者の覚悟が宿っていた。アルバンは潜入部隊の装備を整え、サラたちは救出後の逃走経路と隠れ家の準備を進めた。彼らはもう、ただの被害者や傍観者ではなかった。歴史を自らの手で動かそうとする、意志を持った革命の歯車だった。



国王アレクシオスの苦悩は、日増しに深くなっていた。

リアムの処刑を命じたものの、彼の言葉が耳から離れない。


『あなたの作った国は、誰も暮らせない、静かな荒野です』


その言葉が、悪夢のように彼を苛んだ。夜は眠れず、昼は政務も手につかない。彼の築き上げた完璧な白の世界が、足元から崩れていくような感覚に襲われていた。


その若き王の揺らぎを、宰相オルクスは老獪な嗅覚で敏感に感じ取っていた。


(陛下は、お心がお優しすぎる)


オルクスは内心で舌打ちした。彼にとって、国王の「純粋な正義」は、自らの権力を磐石にするための都合の良い道具に過ぎなかった。その道具が、迷いや良心といった不純物によって曇り始めては、使い物にならなくなる。


「陛下のご負担を、少しでも軽くせねばな」


オルクスは騎士団長バルトムを私室に呼び、そう嘯いた。


「反逆者リアムの処刑は、国家の威信をかけた一大事。万が一にも、逃亡や、あるいは……陛下のお心が変わり、恩赦などということになれば、全てが水泡に帰しますぞ」

「宰相閣下。陛下の決定は絶対だ」

「もちろんです」


オルクスは蛇のような笑みを浮かべた。


「しかし、万が一に備えるのが我らの役目。地下牢の警備を、より信頼できる私の兵たちに交代させましょう。反逆者を支持する不穏分子が、城内にいないとも限りませんからな」


その言葉は、表向きは国王への忠誠に満ちていたが、その真意は、国王の心変わりという「不測の事態」が起きる前に、リアムを確実に葬り去るための布石だった。オルクスは、国王の知らないところで、自らの意思で駒を動かし始めていた。



処刑前夜。王都は、不気味なほどの静寂に包まれていた。


しかし、その水面下では、二つの全く異なる流れが、一つの場所を目指して動き出していた。


汚泥の匂いが立ち込める王城の地下水道。エラは、松明のわずかな光を頼りに、仲間たちを率いて暗闇を進んでいた。冷たい水が膝まで浸かり、壁からは得体のしれない生き物の気配がする。まさに、ドブネズミの行列だった。


「……もうすぐだ。地図によれば、この真上が地下牢のはず」


エラの声が、狭い空間に反響した。

その時、遠く地上から、微かな鐘の音が響いてきた。陽動開始の合図だった。ほぼ同時に、王都の東西南北、四か所で小さな火の手が上がった。市場の荷車が燃え、貴族の屋敷の門が破壊される。地上の警備隊は、突如として発生した同時多発的な騒乱に、完全に混乱していた。


「よし、やるよ!」


エラはつるはしを構え、頭上の石造りの天井の一点に、渾身の力を込めて叩きつけた。硬い感触と共に、火花が散る。仲間たちもそれに続き、暗闇の中に何度も衝撃音が響き渡った。


長い、気の遠くなるような作業の末、ついに頭上の分厚い石が砕け、地下牢の床に穴が開いた。上から松明の光と乾いた空気が流れ込んでくる。

仲間の一人を肩車し、腕の立つ者から順に、穴を通って牢獄の床へと這い上がっていく。


しかし、彼らを待ち受けていたのは、手薄になった正規の警備兵ではなかった。黒い鋼鉄の鎧に身を包んだ、オルクス直属の私兵たちだった。


「……待ちかねたぞ、鼠ども」


隊長格の男が、嘲るように言った。罠だ。彼らの動きは、完全に読まれていた。

地下牢は、一瞬にして戦場と化した。奇襲の利を失い、狭い空間で数の上で劣るエラたちは、たちまち窮地に追い込まれる。剣と剣がぶつかる甲高い音、怒号、そして悲鳴。


もはや、これまでか。エラが奥歯を噛みしめた、その時だった。


「うおおおおっ!」


背後の牢の中から、絶叫と共に何かが鉄格子に叩きつけられた。フィンだ。彼はベッドから引き剥がした鉄の棒を握りしめ、囚人服のまま、獣のように吼えていた。


「リアムを、俺たちのダチを好きにはさせねえぞ!」


その声に呼応するように、リアムの言葉に勇気づけられていた他の囚人たちが、一斉に暴動を起こした。食器を投げつけ、粗末な寝台を振り回し、内側からオルクスの兵士たちに襲いかかる。


予期せぬ内外からの攻撃に、オルクスの私兵たちの陣形が乱れる。


「今だ!」


その隙を突き、エラはリアムが囚われている牢の錠前を、短剣でこじ開けた。


「行くよ、本屋!」


リアムの手を取り、立ち上がらせる。だが、城内にはすでに警報がけたたましく鳴り響いていた。唯一の脱出路である床に開いた穴へ戻ろうとするが、そこへ続く唯一の階段から、地響きのような重い足音が急速に近づいてくる。退路は、断たれた。絶体絶命だった。


階段の上から松明の光がいくつも差し込み、その行く手を阻むように現れたのは、騎士団長バルトムに率いられた正規の騎士団。そして兵士たちの間から静かに進み出てきたのは……その中心に立つ、純白の礼服に身を包んだ国王アレクシオスだった。


彼は、眼下で繰り広げられる地獄のような光景と、救出されたばかりのリアム、そして彼を守るように立つエラを、信じられないものを見るような目で見下ろしていた。


反逆者、リアム。

彼を救いに来た、地下水道の鼠たち。


そして、自らの命令に背き、事を起こした家臣と、その全てを目撃してしまった、惑える若き王。

三者三様の思惑が、薄暗い地下牢で火花を散らし、激突した。王国の運命を決める夜は、まだ終わらない。


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