エピローグ:色とりどりの王国
あの「平原の決戦」から、三年という月日が流れた。
王国は、まるで長い冬から目覚めたかのように、ゆっくりと、しかし確実にその色を取り戻していた。
国王アレクシオスは、もはや純白の礼服を身に纏うことはなかった。落ち着いた青色の、実務的な上着を好んで着るようになった彼は、玉座に座るよりも、街に出て民と話すことを好んだ。
彼は過ちを犯し、苦悩し、そして民と共に戦った「人間らしい王」として、以前とは全く違う形で、人々から深く敬愛されるようになっていた。
彼の傍らには、宰相も、豪奢な貴族もいない。代わりに、王城の古文書室で埃っぽい書物を片手に難しい顔をしている、一人の男がいた。
「……陛下、やはり北方の治水工事には、この古い時代の技術が応用できるかと」
「リアム。城の中では、陛下はやめろと何度言ったら分かる」
リアムは、国王の最高顧問という立場にあったが、宰相の地位は固辞し続けた。彼は、王立図書館の館長として、知識と教育の普及こそが、二度とこの国に圧政を生まないための礎だと信じていた。彼の書斎は、今や王国で最も重要な政策が生まれる場所となっていた。
王都警備隊は解体され、代わりにエラが率いる「市民保安局」が設立された。彼女は相変わらず口が悪く、貴族然とした役人たちを怒鳴りつけてはいるが、その組織は弱い立場の人々の声を何よりも優先した。路地裏の子供たちは、かつて白い制服を恐れたようにではなく、親しみを込めて「エラ姉ちゃん」と彼女を呼んだ。
そして、王都の一番賑やかな通りには、香ばしい匂いを漂わせる一軒のパン屋が再建された。店主はもちろん、フィンだ。彼は戦いの英雄として与えられそうになった勲章や領地を全て辞退し、「俺はパン屋だからな」と笑って、再び粉まみれの日常に戻った。彼の店は、騎士も、農民も、元レジスタンスも、誰もが身分を忘れて集う、この新しい王国の縮図のような場所になっていた。
ある晴れた日の午後。
リアムは、久しぶりに自分の原点である古書店に戻っていた。陽の光が差し込む店内で、古い本の匂いを嗅いでいると、心が安らぐ。
「よう、本屋。サボりか?」
ドアベルの音と共に、フィンが焼きたてのパンが詰まった籠を持って入ってきた。
「国王顧問の、ささやかな休息だ」
リアムはそう言って笑い、差し出されたパンを一つ受け取った。温かくて、優しい味がする。三年前には、もう二度と味わえないと思っていた、日常の味だった。
二人が他愛もない話をしていると、窓の外の通りが少し騒がしくなった。
見れば、簡素な外套で姿を変えたアレクシオスが、壁にチョークで落書きをしていた子供たちに捕まり、一緒になって花の絵を描かされている。
その少し離れた場所で、エラが「やれやれ」といった顔で腕を組み、しかしどこか楽しそうにその光景を見守っていた。
かつて、一片の落書きすら許されなかった白い壁は今、色とりどりの花で満開だった。
「……いい国になったよな」
フィンが、パンを頬張りながらしみじみと言った。
「いや」
リアムは、窓の外の光景から目を離さずに答えた。
「まだ、良くなり始めたばかりさ」
彼は、店の奥にある自分の机に向かうと、一冊の、まだ何も書かれていない真っ白な本を取り出した。そして、インク壺にペンを浸す。
「この国の物語は、まだ最初のページが開かれたばかりだ。たくさんの色で、これから埋めていかないとね」
リアムは、その白紙のページに、最初の言葉を静かに書き記し始めた。
それは、完璧ではないが故に愛おしい、この色とりどりの王国の、新しい年代記の始まりだった。




