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清廉潔白すぎる国王陛下に国が滅ぼされそうなので、しがない本屋ですが革命起こします  作者: さらん


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はじまり:声が消えた日


青空の下、王城のバルコニーに立つ新国王アレクシオスの姿は、民衆の目には後光が差しているように見えた。先王の悪政と長引く不況に喘いできた人々にとって、若く聡明な彼の即位は唯一の希望だった。地鳴りのような歓声に応え、アレクシオスは力強く右手を掲げる。


「親愛なる我が国民よ! 長きにわたる冬の時代は、本日、ここに終わりを告げる!」


割れんばかりの歓声が広場を揺らした。


「先王の時代、我々の国は腐敗と不正に蝕まれてきた。賄賂が横行し、法は捻じ曲げられ、正直者が涙を流す世の中であった。だが、それももう終わりだ! 私が約束しよう!」


アレクシオスは一度言葉を切り、集まった全ての民の顔を見渡すかのように、ゆっくりと視線を動かした。その若き瞳には、揺るぎない決意の炎が宿っていた。


「……これからは、清廉潔白な美しい国家を目指す。ありとあらゆる犯罪を、私は決して許すことはない。たとえそれが、道端に捨てられた一片のゴミであろうと、権力者の隠匿する巨万の富であろうと、罪は罪として、等しく裁かれねばならないのだ! 我々は、世界に誇るべき、一点の曇りもない『白き王国』を築き上げるのだ!」


その宣言は、民衆の熱狂を最高潮にまで高めた。誰もが、輝かしい未来の到来を信じて疑わなかった。この時、その言葉がもたらす未来の息苦しさに気づく者は、誰一人としていなかった。



国王の宣言は、単なる理想論ではなかった。即日、新たな法律が次々と公布され、王都の隅々にまで「王都警備隊」の白い制服が溢れた。彼らは、国王の言葉を忠実に実行する、感情のない機械だった。


最初に標的とされたのは、目に見える「穢れ」だった。路上のゴミのポイ捨て、建物の壁への落書き。これらは即座に逮捕の対象となり、高額な罰金と数週間の強制労働が科された。次に、酒場での喧嘩や大声での口論。これも「公共の秩序を乱す罪」として厳しく罰せられた。


数ヶ月も経つと、王都の景色は一変した。道には一片のゴミもなく、建物の壁は塗り直されて輝き、夜の酒場ですら、人々は声を潜めて話すようになった。犯罪発生率は劇的に低下し、統計上、王国はかつてないほどの平和と秩序を手に入れた。人々は当初、そのクリーンな街並みを喜び、国王の辣腕を称賛した。


しかし、その変化は、人々の心にじわじわと冷たい影を落とし始めていた。

古書店を営むリアムは、窓の外を通り過ぎる警備隊の足音を聞きながら、溜息をついた。かつては活気に満ちていた通りも、今では静まり返っている。子供たちのはしゃぐ声すら、どこか遠慮がちに聞こえた。


「まるで墓場だな」


カウンターの向こうで、埃を払っていた親友のパン職人、フィンが顔をしかめて言った。


「おいおい、そんなことを言うもんじゃないぜ。壁に耳あり、だ」

「壁だけじゃないさ。今じゃ、隣人も、友人も、下手すりゃ家族だって『耳』になる時代だ」


国王は「清廉潔白な国家」を実現するため、国民による密告を奨励した。通報者には報奨金が与えられ、「正しき市民」として称賛された。その結果、人々は互いを監視し、疑い合うようになった。かつて井戸端会議に花を咲かせていた主婦たちは、今は互いの些細な言動に神経を尖らせている。


「息が詰まるな」


とリアムが言うと、フィンは苦笑しながら焼きたてのパンを一つ、彼に差し出した。


「まぁ、パンの味は変わらねえよ。それに、治安が良くなったのは事実だ。夜道も安心して歩けるようになったって、うちのカミさんは喜んでる」

「安心、か……。俺には、檻の中の安心に思えるがな」


その数日後だった。フィンが店に現れなかった。心配になったリアムがパン屋を訪ねると、店の入り口には冷たい封印の札が貼られ、フィンの妻が泣き崩れていた。


聞けば、昨夜、酒場でフィンが


「国王陛下は少しやりすぎなんじゃないか?まるでパン生地を発酵させすぎるみたいに、国がパンクしちまうぜ」


と冗談を言ったのを、居合わせた客に密告されたのだという。

「国王への不敬罪」及び「国家政策への扇動罪」という、聞いたこともない罪状で、彼は連行されていった。


リアムは愕然とした。あの陽気なフィンが? ただの冗談で?

フィンの妻の嗚咽が、リアムの胸に突き刺さる。彼は拳を強く握りしめた。これが、国王の言う「美しい国家」の正体なのか。清潔で、静かで、誰もが互いを監視し、冗談一つ言えない、冷たい檻。



フィンの逮捕は、リアムにとって決定的な転機となった。彼はこれまで、この国の変化を冷ややかに傍観しているだけだった。だが、理不尽な暴力がすぐ隣にいる親友を奪い去った今、もう見て見ぬふりはできなかった。


リアムは夜ごと、古書の知識を頼りに、禁じられた過去の文献を読み漁った。歴史は繰り返す。絶対的な正義を掲げた為政者が、いかにして独裁者へと変貌していったか。その記録は、現在の王国が歩んでいる道と不気味なほどに重なって見えた。


彼は行動を始めた。信頼できる昔からの知人を一人、また一人と訪ね、フィンの身に起きたことを話し、この国の異常性を説いた。反応は様々だった。


恐怖から彼を避ける者、今の平和な生活を壊されたくないと怒る者。しかし、中にはリアムと同じように、息苦しさと疑問を抱いていた者も少数ながら存在した。


元学者の老人、息子を些細なことで逮捕された母親、表現の自由を奪われた役者。彼らはリアムの言葉に静かに頷いた。


「我々は、沈黙という罪を犯しているのかもしれない」


老学者は、震える手で茶をすすりながら言った。

彼らは、リアムの古書店の地下室で、密かに会合を重ねるようになった。それはまだ、レジスタンスと呼ぶにはあまりにもか弱く、小さな集まりだった。


彼らに武器はなく、組織的な力もない。あるのは、奪われた日常を取り戻したいという切実な願いだけだった。


彼らの最初の行動は、ささやかなものだった。夜陰に紛れ、警備隊の監視の目をかいくぐり、街の壁にチョークで小さな花を描いて回ったのだ。それは、かつて子供たちが自由に落書きをしていた頃の思い出の象徴だった。翌朝にはすぐに消されてしまう、儚い抵抗の証。


しかし、その小さな花は、人々の心に静かな波紋を広げ始めた。息を潜めて暮らしていた人々の中に、「誰か」がこの息苦しい現実に抗っていることを知る者が現れたのだ。


ある者は、その花の絵を見て、ほんの少しだけ口元を緩め、またある者は、監視の目がないことを確認して、そっと自分の家の壁に小さな花の絵を描き加えた。


一方、王城のアレクシオスは、報告書に目を通し、眉をひそめていた。


「まだだ……まだ穢れが残っている。人心に巣食う、不平不満という名の穢れが。取り締まりをさらに強化せよ。密告制度を拡充し、疑わしきは全て罰するのだ。我が『白き王国』に、一点の染みも許してはならない」


彼の瞳には、もはや理想の輝きはなく、完璧な潔白を求める狂信的な光が宿っていた。

リアムと仲間たちの前には、あまりにも巨大で、純白の壁がそびえ立っている。彼らのささやかな抵抗は、この絶対的な正義の前に、あまりにも無力に見えた。しかし、リアムは地下室のランプの灯りの下、仲間たちの顔を見回して静かに言った。


「夜が明ける前が、一番暗い。僕らは、この国に朝を取り戻すんだ」


物語は、まだ始まったばかりである。


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