来訪者
見ていただきありがとうございます。
ぜひ一話から見てこの子達の変化していく過程を楽しんでいただけたら
うれしいです。
放課後の部室。
僕と綾瀬は、相も変わらず机を挟んで沈黙を共有していた。
その静寂を破ったのは、唐突なノック音だった。
「はーい! 失礼しまーす!」
ドアが勢いよく開き、陽光のような声と共に現れたのは――彩花蘭。
学年でも目立つ存在で、明るく、誰とでも平気で話せるタイプだ。
「ここ、文芸部でしょ? ちょっと面白そうだから来ちゃった!」
僕も綾瀬も、同時に固まった。
部室は二人だけの秘密基地のような空間だったのだ。
それがたった今崩壊したようだ。
「……なんで」
綾瀬が小さく呟く。
「なんでって、ヒマだから! それに、二人きりってなんか怪しくない?」
彩花は悪びれもなく笑う。
『怪しくない』
僕と綾瀬は同時に否定した。
その瞬間、視線がぶつかり合い、互いに慌てて逸らす。
「ほら! タイミング完璧じゃん!」
彩花は机を叩いて大笑いした。
「これはもう青春の匂いしかしない!」
「違う」
綾瀬が冷たく切り捨てる。
「違う」
僕も同じように繰り返した。
(そもそも青春の匂いってなんだよ。ここには古びた本の何とも言えない匂いしかないぞ)
彩花は何かを見透かすようにはますます楽しそうに笑った。
「で、相沢は何書いてるの?」
突然、彩花の矛先が僕に向いた。
「……棺桶」
「は? なにそれ! ホラー!? やば、めっちゃ暗っ!」
彩花は腹を抱えて笑う。
「笑い事じゃない」
僕は不機嫌そうに言ったが、頬が少し熱くなる。
「棺桶……似合うわね」
綾瀬がぼそりと口にした。
「おい」
「事実」
彩花はさらに笑い転げる。
「ちょっと! 相沢イジりすぎでしょ! でも似合うから困る!」
「どーせ俺は暗い棺桶男ですよ。それなら君は明るいゆりかごだな。」
自嘲気味に僕が言うと、彩花はまた笑い転げ始めた。
笑い声が少し落ち着いたところで、綾瀬が彩花を見た。
「……彩花さんは、どうして文芸部に」
「え? だってさ、二人って面白そうなんだもん! 暗いのに一緒にいるって不思議じゃない?」
「別に、不思議じゃない」
暗いといわれたことに対して若干の怒りを覚えたのか、少し尖り気味に返答した。
気持ちはわかる。自分で自分を暗いと認識していても、他人から言われると傷ついたり怒りを覚えたりするものだ。僕たちは面倒なのだ。それを彩花はまだ理解しきれていない。
「じゃあ、私も混ぜてよ!」
彩花は勝手に椅子を引き寄せて腰を下ろす。
「綾瀬さんと相沢と私! 三人なら絶対楽しいって!」
「勝手に名前並べるな。それの何で呼び捨て…」
僕はため息をついた。
「いいじゃん! ほら、なんか語感いいし!」
「語感の問題じゃないわ」
綾瀬も眉をひそめる。
「二人とも真面目すぎ! そういうとこ、青春不足なんだよ~!」
彩花はまた笑った。
騒がしい。
けれど、不思議と不快ではなかった。
沈黙しかなかった部室に、笑い声が響いている。
綾瀬も――ほんの少しだが、口元を緩めている。
「……相沢くん、笑ってる」
綾瀬がぼそっと言った。
「え?」
「珍しい」
僕は咄嗟に顔を背けた。
彩花は大げさに指をさして叫ぶ。
「ほらー! やっぱり相沢だって笑えるじゃん!」
綾瀬は小さく笑みを浮かべた。
(こいつもなかなか笑わないくせに…)
そう思ったのは内緒である。
こうして、文芸部は三人になった。
棺桶とガラス瓶と、騒がしい太陽。
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次回もマイペースに更新していきます。
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