僕の中の違和感
僕はいつだって、自分の心が何でできているのかを疑っていた。
肉の塊か、血の循環か、それとも誰かに愛された記憶の集合体か。
高校二年の春。新しいクラスのざわめきの中で、僕は窓際の席から教室を斜めに眺めていた。
黒板の前では担任が名前を読み上げている。友達を作ろうと前のめりになる者もいれば、退屈そうに頬杖をつく者もいる。
僕はといえば、どちらでもなく、ただ観察者としてそこにいた。
ずっとそう。僕は昔から観察者でしかない。当事者になどなったことはない。
自分が世界の中心だと言わんばかりの自己主張も。これだけは譲れないという得意分野もない。
僕は透明な人間だ。
学生である限り、いや大人になってもあるのかもしれない春ならではのドキドキもなく
ただただいつものようにそこにいた。
そのときだった。
彼女が立ち上がったのは。
「――綾瀬、紗世です」
短く名乗るその声は、どこか音楽のようだった。抑揚はほとんどないのに、耳に残る。まるで哲学書の一節を無感情に読み上げているのに、なぜか心の奥に沈殿していくような声。
僕はその瞬間、奇妙な既視感に襲われた。
――前にも、この声を知っていた気がする。
けれど、もちろんそんなはずはない。
彼女は表情を動かさずに着席した。視線をこちらに向けることもなかった。だが僕は、勝手に目を逸らせなくなっていた。
恋というものは、理性に反して始まるものだと人は言う。
だが僕は違うと思う。
むしろ恋は、理性を過剰に働かせた果てに生まれる「矛盾」だ。
「なぜ彼女なのか」と考えれば考えるほど答えはなく、答えがないからこそ彼女を見つめ続ける。
それは一種の哲学のようでもあり、狂気のようでもあった。
しかし、だからこそ「恋」というものは美しいのだと僕は思うのだ。
——放課後、なぜか僕はまだ教室にいた。理由は分からない。ただ、目を離せなかった。
窓から差し込む夕陽の中で、唐突に彼女は口を開いた。
「あなたは、どうして人の顔をそんなに見るの?」
びくっとした。
「……顔が一番、嘘をつく場所だからだよ」
動揺を隠すように僕は言った。
「嘘を暴きたいの?」
「いや。むしろ嘘にすがってるのかもしれない。本音なんて、怖くて直視できないから」
そう。本音なんてものは知らないほうがいい。そんな恐ろしいもの。
”本音を語る相手は特別”なんて言ったりもするが、そんなことはない。
本音を語るということはすごく傲慢で。自己中心的で。
本音を語られた側は強制的に相手の本音と向き合わされて、自分も本音を語らなくてはいけないような気がしてくるものだ。
それならば僕は、本音なんて知らなくていい。むしろ取り繕った噓のやさしさのほうが安心する。
本音は怖いから。
彼女は少しだけ口角を上げた。笑ったのかもしれない。だが、それもまた嘘の一種に見えて、僕はますます目を離せなかった。
見ていただきありがとうございます。
短編小説として一度似たり寄ったりなものを書きましたが
思い切って連載することにしました。
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