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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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欲しがり妹レイラの贖罪

掲載日:2026/08/14

「お姉様ばっかり、ずる〜い!」


これが私のお決まりのセリフで、

これを告げればもう、私の欲しいものは手に入ったも同然だった。


お姉様の誕生日プレゼントをはじめ、

ドレス、宝石、髪飾り……すべてが私のものになった。


「マイラ、あなたはお姉ちゃんなんだから、レイラに譲りなさい」


母と父がそう言えば、マイラ姉様はいつだって、「はい」と静かに頷いた。


それが当たり前で、私は15歳のこの日まで、

この状況に違和感を感じることはなかった。


親が、子に食べ物を分け与えるように。

教師が生徒に知識を授けるように。


「姉」というのは、「妹」が欲しがれば譲る。


それが、姉として生まれた者の宿命なのだと考えていたので、

そのこと自体に違和感を覚えたことはなかった。


(お姉様って、何でも譲らないといけないし、大変だなぁ)


譲ってもらっている立場にもかかわらず、私はどこか他人事のように、姉の宿命を哀れんでいた。


そして、自分が「姉」として生まれなくてよかったと、心底思っていた。


だから、私がお姉様の婚約者を「欲しい」と言って、それを譲ってもらっても、

当然のことだし、特に何の感情もなかった。


私が満面の笑みで「ありがとう、マイラ姉様っ!」と言うと、お姉様は、そっと顔を上げ、


「ええ」


と寂しげにほほ笑んだ。


その時の顔は、今までになく、無気力で、疲れていて、

まるで、この世のこと全てを諦めてしまったかのような、そんな表情だった。


私は瞬間、何か取り返しのつかないことをしてしまったような、そんな気持ちを覚える。


が、マイラ姉様が「姉」として生まれてしまったのだから、

仕方ないのだろう。そう考え、あえてそこで思考を切った。


その日の夜。


私は、「戦利品」である姉の元婚約者、ジョーと共に、夜のバルコニーに出ていた。


「それにしても、君は悪い女だなぁ、レイラ」


ジョーは私を見つめながら、緩く口角を上げる。


「悪い? なんで?」


私は訳が分からず、そう尋ねる。


「だって、マイラから全てを奪わなければ、気が済まないんだろ?」


「えっ、そんなことはないけれど?」


私は目をしばたたく。だって本当に、お姉様の全てを奪いたいなどとは思っていなかったからだ。


お姉様は私より知的で、美しく、魅力的だ。私など到底及ばない。


だからこそ、欲しくなるのだ。

到底及ばない私でも、お姉様と同じものを持てば、少しは近づけるかもしれないから。


だから私は欲しがり、お姉様はそれを譲ってくれる。

ただそれだけで、他意はない。


それを説明すると、ジョーは大笑いを始めた。


「君って本当に、怖い娘だなぁ。素でそれをしているなんて、予想を上回る悪女だよ」


そう言ってジョーは、まるで猫でも愛でるように、私の頭を撫でた。

髪を絡ませるその指先がなんだか不快で、

私は彼の手を振り払い、ふと浮かんだ疑問を投げかけた。


「ジョーこそ、なんで私のものになってくれたの?」


ドレスや宝石であれば、自らの意思がないため、私が望めば私のものになる。


でも、ジョーは「人」だ。意思も感情もある。

お姉様が許可しても、ジョーが嫌だと言えば、

ジョーは私のものにはならなかったはずだ。

というか、2年も交際していたのであれば、普通、断るところではないのか。


しかし、ジョーは目を細め、こう言った。


「だって、君の方が若いし、可愛いし……。

なんていうのかな、小悪魔的魅力があるっていうか……」


月明りの下で彼は微笑む。

その歪んだ笑顔を見た瞬間、私は大きく目を見開いた。


え、なにそれ。こいつ、クズじゃん。


金色の髪に、青い瞳。整った眉に、スッと通った鼻筋。

確かにジョーはかっこいい。イケメンだ。


お姉様といるときのジョーは、本当に輝いていた。

丘に一輪咲く可憐な花を照らす、太陽のような。


あ、可憐な花は、もちろんお姉様のことだ。


お姉様は、太陽に照らされなくても充分に美しいので、

それならばと、いつもの癖で欲しがってしまった。


でも、いざ、手に入れてみればこの様だ。


自分から欲しがっておいてなんだが、

なんでお姉様は、こんな男と2年も婚約者の間柄だったのだろう。

お姉様といる時は、このクズさを表に出さなかったとか?


そんな興ざめした思いでジョーを見上げていると、

不意にガラス扉の向こうから、メイドの叫ぶような声が聞こえた。


「大変です、レイラお嬢様!」


私はすぐさまジョーから視線を外し、「どうかした?」とバルコニーの扉を開ける。


「マイラお嬢様が、マイラお嬢様が」


息を切らしたメイドは、唇を震わせながらも、はっきりと告げる。


「川に身を投げられました」



***



お姉様は、自室のベッドで横たわっていた。

唇は青く、肌は不自然なほど白い。

川で冷えたのであろうその低い体温はこちらにまで伝わってきて、

知らぬ間に私の肌には鳥肌が立っていた。


「今晩が山でしょう」


お医者様がそう告げると、お父様は盛大に舌打ちをした。


「全く、迷惑をかけおって」


「そうよ。こんな大それたことをして。よそ様に知られたら恥だわ」


お母様も、大きなため息をつく。


そこで私は初めて、自分の両親の「歪み」に気が付いた。


死にかけているお姉様の横で、

なぜ、なぜそんな冷たい言葉を言えるの?

今までもお姉様に厳しくしてはいたけど、

それは、お姉様のためを思ってのことじゃなかったの?


医者と両親が出て行っても、私はお姉様の部屋に残った。


「レイラ、あなたは早く寝なさいな。風邪でも引いたら大変よ?」


甘ったるい声を出しながら私の肩を撫でるお母様を心底鬱陶しく感じながら、

私は「心配だから、まだ少しだけ、お姉様のそばにいたいの」と

いつもどおりの可愛い口調で返事をした。


そして皆が去り、ドアが閉まる音がした瞬間、私は横たわるお姉様に抱き着いた。


「お姉様、お願い、目を開けて。お姉様っ!」


そうやって身体を二、三度揺らしたその時、お姉様の口が微かに動いた。


「お願い、もう……死なせて」


「なんてことを言うの! お姉様っ!」


お姉様は、私の言葉など届いていないのか、

うわ言のように微かな声で呟き続ける。


「私は……誰からも愛されていない……こんな人生、もう、嫌」


その刹那、私の胸に無数の矢が刺さったような痛みが走る。


うっすらと予感はしていた。

お姉様が川に身投げした、その「直接的原因」を。


それはまさしく、誰でもない私が、お姉様の婚約者を奪ったからだ。


ドレスや宝石と同じように、私がお姉様のものを欲しがったから。


私の軽率な行為が、お姉様の中にある最後の「なにか」を、

軽々とへし折ってしまったのだ。


居たたまれなくなり、そのまま部屋を抜け、庭へと飛び出す。

そして満月に向かって叫んだ。


「お願いします。神様。どうか、どうか、お姉様を助けてください。

そのためなら私、なんだってします。

お姉様は、私の憧れの、素晴らしい方なんです。

だから、どうか……」


涙が雫となってポロポロと流れ落ちる。

私のせいだ。全部私の。


無自覚とはいえ、私はお姉様の幸せを奪い続けてきた。

私がお姉様の心を殺したも同然だ。


あぁ。できるなら、過去に戻ってやり直したい。

戻って、お姉様に愛していると告げたい。


お願いします。お願いします。神様っ……!


その瞬間、空から稲妻が落ちたかのような、激しい光が眼前を走った。

そのまぶしさに、私は思わず目をつぶる。

と同時に、何か強い衝撃が、私の頭から背骨を駆け抜けた。



***



「レイラ、そろそろ起きなさい。朝ですよ」


気が付くと、私はベッドに横たわっていた。


目の前には、優しく微笑むお母様の顔がある。


お母様が私を直接起こしに来るなんて珍しい。まるで幼少期のころのようだ。

寝ぼけているのか、お母様のお顔も、なんというか、いつもより若々しく見える。


って、そんな風にぼんやりまどろんでいる場合ではない。


「お姉様はっ!!」


私は勢いよくブランケットをはねのける。

するとお母様は、ほんの少しだけ眉を寄せ、こう告げる。


「マイラなら、今は庭掃除をやっているわよ。

全く、庭掃除は、私たちが起きる前には済ませておいてって言っているのに……ねぇ」


そして、私に白いふわふわのガウンを着せて、ゆっくりと立ち上がる。


「そんなことより、早く朝食を食べましょう? 私の可愛い子ウサギちゃん?」


「子ウサギちゃん」という呼び名は、お母様が昔、私に呼び掛けていた愛称だ。

なんで今、その呼び方? と思いながらも、私はベッドから降りる。

そして、手を引かれながら鏡の前を横切った、その時。


「えっ」


私は思わず立ち止まる。


そこに映るのは、7歳くらいの女の子。

いや、「女の子」というか、7歳の頃の「私自身」だ。

背格好も、服も、すべて当時のまま。


声を失い立ち尽くしていると、「どうしたの? 早く行くわよ。子ウサギちゃん」と、

お母様に手を引っ張られた。


食事の間に到着し、私は確信する。

周りを囲む使用人のメンバーも、お母様の肌の張りも、お父様の皺の具合も、部屋の調度品も、

すべて、すべてが、8年前のそれだったのだ。


つまり……私は、過去に戻ってきたの?


そう考えた瞬間、私はフォークとナイフをテーブルに置き、すぐさま、庭へと走った。


皆の静止を振り切り、たどり着くとそこには、やはりあの当時の。


「お、お姉様っ!」


お姉様は、竹箒で一人、庭の落ち葉を掃いている。

お姉様が振り返った瞬間、私は勢いよく彼女に抱き着いた。


「……え? レイラ、どうしたの?」


訳も分からず、何度も瞬きをするお姉様に、私は言った。


「よかった、お姉様。会いたかった、会いたかった!」


状況が呑み込めないのだろうお姉様は、曇った表情で私を見下ろす。

と、その時だ。


「何をやっているの、マイラ! レイラから離れなさい!」


頭の奥に響くようなツンとした声が、耳に飛び込んでくる。


瞬間、お姉様は「すいません!」と言いながら、私を軽く突き飛ばす。

おそらく、離れろと命じられ、咄嗟にそういう行動を取ってしまったのだろう。


身体の小さな私は、フラフラとよろめき、尻餅をついた。

すると、お母様はすぐさま私を抱き上げ、鋭い口調で叫ぶ。


「ちょっとマイラ! 今、レイラを突き飛ばしたでしょう! なんてことを……」


「ち、違うんです。私……」


「言い訳しないで! 全く、忌々しい!」


おそらく、7歳当時の私なら、「忌々しい」などという言葉の意味を知らないので、

ただ、お姉様がお母様に叱られていると、そう受け取っただろう。


でも、中身が15歳の今の私は、違う。


お母様の言葉の端々に確実に存在する、お姉様への「憎しみ」。


「お母様! そんなこと言っちゃだめだよ! お姉様がかわいそうでしょ!」


私はすぐさま、お姉様をかばう。するとお母様は、私ではなくお姉様に対して、

「マイラ、あなた、何かおかしなことをレイラに吹き込んだのね!」


と、ますます大きな金切声を上げた。


そこで否定するのかと思いきや、お姉様は俯き、


「申し訳ありません」


と、深々と頭を下げた。



いや、なんでやねん。そこ、謝るとこちゃうやろ。



そう感じたところで、私の過去の記憶が、頭の中に流れ込んでくる。


そういえば、幼少期の頃は、今よりもっと、お母様はお姉様を頻繁に叱っていた。

今のお母様は、露骨にそんなことはしていない。

が、それはおそらく、お姉様の方が、お母様を恐れ、

気に触れるようなことをしなくなったからだろう。


私はここまできてやっと、なぜ、今までお姉様が、

私の望むものをすべて譲ってくれたのかが分かった。


そうしなければ、お姉様は、この屋敷で生きることができなかったからだ。


譲ることは、姉として生まれた者の当然の責務なのだと考えてきた。

でも、違う。


お姉様は、私の要望に従う以外の選択肢がなかったのだ。


そこで私は決意する。


――せっかく過去に戻ったのだから、私が、お姉様を救ってみせる!!!


そう、固く誓ったものの……。


「わぁ! お姉様のそのブローチ、素敵! いいなぁ!」


人というのは、そう簡単に変われるものではない。

今までの習慣でつい、そう口走ってしまったその瞬間。


「マイラ! レイラにそれを譲りなさい! おまえは姉なのだから!」


父が威圧的に命じ、お姉様はブローチを私の手に置いた。


しまった! と思う。

心が15歳の私は、別に、ブローチが欲しくてそう言ったわけではない。

ただ、ブローチがお姉様にあまりに似合っていて、その感想を正直に言ってしまったのだ。


父が去った後、私はお姉様に駆け寄り、ブローチを返そうとする。

しかし、お姉様は受け取らない。


「もし私が受け取ったら、お父様とお母様は、

私があなたから無理やり奪ったと考えるでしょう。

折檻されるのは嫌だから……」


そう言って、お姉様は寂し気に俯き、私に背を向け歩いて行った。


取り残された私は、事の重大さに立ち尽くす。


なぜ、この家庭の歪みを、私は今まで気が付かなかったのだろう。

こんな家でのうのうと生きてきた私は、馬鹿と呼ばれても仕方がない。


お姉様は今までこの家で、心をすり減らしてすり減らして生きてきた。

そして、最後のとどめを与えたのが、この私、なのだ。


それからというもの、私は極力お姉様と接触しないようにした。


顔を合わせると、お姉様の可憐さと美しさに眩み、私は何か失言をする。


そしてお姉様が、私に何かを譲ることになる。もしくは、叱られることになる。


私がお姉様を庇った時も同様に、なぜかお姉様が糾弾される。


このループを完全に断ち切るには、そもそも、私がお姉様と顔を合わさないことが

なにより有効だった。


寂しいけれど、仕方がない。これは、お姉様を救うための行動なのだ。


こうして、年月が過ぎていったある日のこと。


「初めまして。マイラさんとお付き合いさせていただいている、ジョーと申します」


屋敷に来たジョーを見て、私は目を見開いた。

ジョー。私なんかの軽々しい誘いにのった、クズ男。


言える義理ではないのは百も承知の上で、私はジョーを強くにらみつけた。


父母はと言えば、外聞を気にしてか、

優しい笑みを浮かべ、ジョーを屋敷へと招き入れる。


ジョーの隣で俯くお姉様の頬は、ほんのり染まっている。

おそらく、惚れているのだ。この悪い男に。


私はこの時、深く考えた。


今の私のモットーは「欲しがりません。勝つまでは」

お姉様の自殺回避を「勝ち」とみなし、それに向けて邁進してきたつもりだ。

だけど、このままいくと、お姉様はジョーと結婚することになる。


ジョーは、一皮むけば、軽薄で、安いクズ男だ。

そんなジョーと結婚しても、お姉様はおそらく、幸せにはなれない。

きっと私がいなくても、他の女と浮気をし、結局はお姉様を捨てるだろう。

そうなれば、お姉様はまた、川に身を投げることになるかもしれない。


それだけは、避けねばならないのだ。


こうして考えたのが、「お姉様とジョーを今のうちに別れさせるぞ計画」だ。


まずはお姉様に対して、真正面から思いをぶつけてみた。


「お姉様って、なぜジョーのことが好きなの?

確かにイケメンだけど、どこか軽薄な感じがして、

お姉様にはふさわしくない気がするのだけど」


するとお姉様は、久々に話しかけてきた私にに対して一瞬驚きの表情を見せつつも、


「そんなことはないわ。明るくて、自信家で、私にないものをすべて持っている人よ」


と、キッパリ言い切った。


……ダメだわ。これは。


次に私は、ジョーに対しても、真正面からぶつかってみる。


「あなた、今こそ好青年な仮面をかぶっているけれど、

本当はクズなこと、私は知っているんだからね」


しかし、ジョーは余裕めいた笑みを浮かべながら


「おやおや、なんだい妹さん。初対面なのに随分と嫌われてしまったものだなぁ」


と軽口を叩いた。ムカツク。


こうなれば、最終手段だ。

私が、お姉様からジョーを奪うしかない。


しかし、この作戦がかなりの危険をはらんでいることを、私は知っている。

だってお姉様は「前回」、これをきっかけに川に身を投げたのだから。


でも今は、前と多少なりとも状況は違う。


一つ目は、お姉様とジョーは、まだ付き合って日が浅いということ。


2年間交際した婚約者を取られるのと、付き合って数か月の彼氏を取られるのとでは、

ダメージは違うはずだ。


二つ目は、私は、ジョーを奪うリスクを事前に分かっているということ。


お姉様が川に身を投げる可能性があることを知っているため、対処ができる。


でも、そこでふと、思考を止める。


対処って、具体的にどうしよう?


例えば、身を投げる寸前のお姉様を止められたとして、それで事はすべて解決するだろうか。

いや、そんなことはない。


私は現在、お姉様のものを欲しがることを止めたが、それ以外の状況は好転していない。


父母は相変わらずお姉様に意地悪だし、

お姉様が日々、心を痛めている状況も変わってはいないだろう。

私が父母を咎めたところで、事態が変わる気もしない。


どうすればいい? 私にできることは?


そう思いながら頭を捻っている瞬間、閃く。


私にできること。そう、私には、たぐいまれなる「欲しがり」スキルがあるじゃないか!!

今こそこの才能を、存分に生かす時がきた!!


こうして私は、作戦を決行することにした。



***



「お姉様の彼氏さん、かっこいいなぁ~! 私もジョーさんの彼女になりたいっ」


ジョーが二度目にこの屋敷を訪れた時、私は皆の前でこう言った。

すると案の定、両親はお姉様に、姉なのだからジョーを譲れと迫る。


こうして私は易々と、ジョーを手に入れることができた。


さて、ここからが本番だ。


「まったく、君ってやつは……」


自室で、トランクケースに荷物を積めていると、無断でジョーが入ってきた。


「ん? 何かの準備をしているのかい?」


私は返事をせず、「ちょっと、そこ退いて!」と入口付近の彼を押しのけると、

トランクを片手に、駆け足で屋敷を出た。


お姉様が、この数分前に、一人で屋敷を出たのを、私はすでに確認していた。

きっと、絶望のあまり川に向かったのだ。


「間に合え、間に合え」と心の中で念じながら、私は土を蹴り、走る。

「前回」があるからこそ、私はお姉様がどこで身を投げるかも、大体わかる。


そして、たどり着いた川の岸辺。

水面を見つめるお姉様が遠目で確認できる。


「よかった、お姉さ」


そこまで言って、駆け寄ろうとしたところで、お姉様は、身を投げた。

私は目を大きく見開くと、そのまま岸辺へと駆け、同じく川へ飛び込んだ。


「お姉様っ!」


私は水中でもがきながら、お姉様に手を伸ばす。

私に気が付いたお姉様は、瞼を大きく持ち上げた。


「ほら、早く、手を!」


そう言っても、お姉様はぎゅっと唇を噛みしめ、私の手を振り払おうとする。


しかし、ここで諦める私ではない。


私は、お姉様のスカートを無理やり掴み、

同時にもう片方の手で、岸から突き出ていた木の枝を握った。

そして、火事場の馬鹿力で枝を手繰り寄せ、なんとかお姉様を岸に上げることに成功した。


水を飲んでせき込む私に、ずぶ濡れのお姉様が呟く。


「どうして、こんなことを……」


私は、息を整えると、お姉様の手を取り、言った。


「お姉様を愛してるからよ!」


お姉様はきょとんとした顔で、こちらを見つめる。


「信じてもらえないかもしれないけど、ジョーはクズなやつなの。

ジョーだけじゃないわ。父も、母も、みんな、クズばっか! だから」


私は岸辺に置いていたトランクを持ってくると、その中身を開ける。

瞬間、お姉様は「あっ」と声を上げた。


「あなた、これ……」


そこには、数々の宝石、首飾り、ティアラ、その他宝飾品がこれでもかと入っていた。


「すごいでしょ? 私が、あの両親からぜ~んぶもらったの」


「……もらった?」


「えぇ。あの人たち、私が欲しがるものはなんでもホイホイ与えてくれるから。

ね、これだけあれば、当分、お金に困ることもないでしょう?」


お姉様を見て微笑む私。だがお姉様は、未だに私の意図を図りかねているようだった。


「それは、どういう意味で」


「逃げよう! お姉様。あの両親からも、クズな彼氏からも!

新しい街で、新しい人生をスタートさせるの。私と、お姉様で!

もうお姉様は、辛い思いをしなくていいの!

あんな屋敷、出て行ってやりましょう!」


そう言った瞬間、お姉様の目から、無数の涙がはらはらと零れ落ちた。


「もう……屋敷に、戻らなくていいの?」


「えぇ。ついでに、当てにならない彼氏も捨てましょう。大丈夫!

お姉様には、欲しがりのプロの私がついているんだから!」


そう言って胸を張る私に、お姉様は苦笑する。


あ、そういえば私、お姉様の笑うところ、久しぶりに見た気がする。


こうして私たちは、川岸で、ずぶ濡れになりながら、二人でしばらく笑い続けていた。


これが私の、お姉様に対する贖罪だ。

これからも、元凶だったこの私が、お姉様を守れればいい。

なんて、心の片隅で思った。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

☆の評価や感想をいただければ大変励みになりますので、どうぞよろしくおねがいします。


なお、現在、不遇ヒロインが、ヒーローの献身的な愛情により自分を取り戻していく小説、

「猫にされた薄幸令嬢は、いつまでも呪われていたい」を連載中ですので、

ご興味ある方はぜひお立ち寄りください。https://ncode.syosetu.com/n0783mp/


また、先日に富士見l文庫様から新刊、

「如月夫妻の春夏秋冬」が発売されました。

こちらは、こちらは、架空の京都、大正時代を舞台とした、

頑張る女子と傷心軍人による、じれじれの両片思いな物語です。

くじょう様の素敵すぎるイラストが、お目に留まれば幸いです。


最後までありがとうございました。

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