ep.1
「あ、もう・・・朝か。」
布団にもぐりながら、今日もスマホをいじる。この生活を続けて、何年経つのだろう?彼女はそう考えながら、枕元に置いてあるイヤホンを手繰り寄せてスマホに装着。そして適当に動画サイトから音楽を流し始めた。
「・・・」
無言で音楽を聴く。ひたすら聴く。それくらいしか朝のやる事が無いからだ。基本的に、彼女_二葉 黎は平日も休日もこの調子。毎日自堕落な生活を送り、毎日を退屈に過ごしている。本当は自分なりにこの状況を変えるべきなのだろうとは思ってはいるが、人間そう上手くはいかない。…いや、彼女は人間とはいえない存在かもしれない。
彼女の存在を簡単に言うとすれば、それは星座だ。というか、もうそれしか言いようがない。彼女はギリシア神話でいう双子座、カストルとポルックスのカストルである。二人はギリシア神話の最高神(一番偉い神)であるゼウスと、とある国の王の妻であったレダとの間に生まれた息子たちであった。そして、神話内の伝承どおり、冒険好きな二人は数々の活躍を遂げる。しかし、そんな日々はいつか終焉を迎えた。
ある時、二人が戦場にて戦っているとき、カストルは命を落とす。それに対し深く悲しんだ遺されてしまったたポルックス。彼は、神の血を引いていたため、死ぬことが出来なかった。でも何故彼の双子の兄であるカストルが死んでしまったのかは未だに張本人である黎は分からないらしい。まあそこの話は置いておいて、つまりその後ポルックスはゼウスにカストルと一緒にいさせてくれ、死んでも構わない。と頼んだ。ゼウスはその話を聞いて兄弟愛というものに心を打たれ、二人が一緒に居られるように星座として空に上げたのだった。
しかし、ここまでで今の状態にはまだ辿り着かない。ゼウスが、二人の仲良い姿に心を打たれ、その姿を空の星座にしたのがそもそもの始まりだったといっても良いだろう。星座となってしばらく経った後、88もの星座の内の一つ、蟹座がこう訴え始めた。
「もう一回、地上の空気を吸いたい。もう一回…いや、ずっと生きていたい!」
星座になって長い年月が経っている。そう思うのも無理はない。やがて、蟹座に続いて、さそり座も大きく訴えた。
「そうだ、そうだ!沢山人生をやり直したい!」
「いや、さそりだから、さそり生だろ。」
何処かから変なツッコミが入るが、さそり座はそれに怯む事無く、こう叫んだ。
「だって、お前らもそう思うだろ!!」
確かに…とザワザワしてきた所で、一つ、全宇宙を貫くような凛々しい声が聞こえた。
「私の医学の知識と、神々の化身の星座の力なら、できるかもしれない。」
威張っているような声では無い。落ち着いた声音でそう呟いたのは、いて座だった。周りの星座は、その発言に一気に興味を持つ。いて座は、そんな好奇の視線を全く気にも止めず、全ての星座にこう告げた。
「私は、かつて不死身のケンタウロス(上半身人間、下半身馬の種族)だった。しかし、とある事によって毒矢を放たれてしまい、あまりの痛みに自分の命を手放させてほしいと大地神ゼウスに頼み、星座になった。だがね、流石に私もこの生活は飽きてきたんだよ。」
頬を人差し指で掻きながら、とある星座に視線を向け、いて座は話し続ける。
「私はかつて医学の知識が豊富でね、私の不死の力を上手く使えば、これからずっと転生は繰り返すが生き続けることは出来る。そして、それを達成するために必要な要素は君だ。」
いて座の視線の先には、白鳥座。かつて、カストルとポルックスの母、レダに近づく為にゼウスが変身した姿だった。
「君はあくまで大地神ゼウスそのものではない。白鳥だった姿が星座に浮かんでいるだけ。しかし、一時的でも神の化身となっていたなら…恐らく、私の計画は達成する。」
白鳥座は黙ったままだ。恐らく、大地神ゼウスの化身だった事から、神々の許可無しに動いて良いのか戸惑っているようだ。やがて、それを見かねてうお座が声をあげた。
「全く、優柔不断ね…いいわ、私が代わりにその役をやろう。」
うお座は、女神アフロディーテとその息子エロスが一時的に変身した姿が星座に浮かんだ姿。そして、彼女らもギリシャ神話における神。いて座はうお座をまじまじと見つめた後、問題なさそうだと微笑みを浮かべた。
「よし、それではこれから地上に降りる。君達は人間としてこれから永遠に過ごして貰う。不死身の力を少し分け与えるからね。これから、苦難が待ち受けようとも、私は君達の転生を止めることはできない。それでも良いか?」
いて座の声掛けに、星座達は大歓声を上げる。その時は、カストルもポルックスも歓声を上げていた。やはり、久しぶりに地上に降りられるのは嬉しい。当時、現代みたいにだらける事を知らない活発な少年だったカストルは、ポルックスと共に清々しい程の笑みを作っていた。
「よし、それでは始めましょう。」
うお座といて座は全ての星座に何らかの細工を施した後、次々と星座になっていた魂は宇宙から姿を消していった。恐らく、地球に向かわせたのだろう。やがて、双子座の所まで来たとき、うお座は二人にこう言った。
「二人とも、昔から仲が良かったものね。大丈夫、ずっと一緒に居られるように善処しておきましょう。」
神としての凛々しい雰囲気ではなく、朗らかな笑みを浮かべて、うお座は二人に次々と何やら細工を施していった。変な液体を飲ませたり、体を触られたり…やがて準備が終わると、二人はコテッと意識を失った_
そして、現在に至る。
カストル改め黎達は、地上に降り立った後、全ての記憶を保持したまま人生を過ごしていた。ポルックスも妹として転生し、これまで一度も別々に生まれ変わった事は無かった。二人は星座だった頃に喉から手が出るほど夢見ていた地上での生活。しかし送る事が出来て、幸せな気持ちになったのは2,3回までの人生だった。
彼女らは知ってしまったのだ。人間の醜さを。確かに、星座になる前も人々の心は醜いと思っていたが、現代社会に近づくに連れて、その思いは強まっていくばかりだった。やがて、黎は心を少し病んでしまい、かつての明るかった性格を失い、今回の人生では学校にも行かず部屋に引きこもる生活を送るようになってしまった。