終焉を告げる鐘の音
高空を裂くように吹き抜ける風が、空中都市の浮遊庭園を包んでいた。石造りの回廊の下、精緻な魔術で空に吊り下げられた浮遊庭園は、かつて古代文明が築いたという伝説を残す神秘の地。その中心に佇む巨大な鐘楼が、静かにその音を蓄えているように見えた。
「この島……何かが、目覚めようとしてる」
クラリスが空を見上げながら呟いた。金糸の髪を風にたなびかせ、真剣な眼差しを向ける先、鐘楼の頂が淡く脈動していた。
「――あれが、“時の鐘”か。かつて世界に時を告げ、封印を施したという……」
イッセイは唇を引き結び、背後に集った仲間たちを見やった。シャルロッテは耳をぴくりと揺らし、精霊の声に耳を傾けている。ルーナとクラリスは剣に手を添え、いつでも抜けるよう臨戦の気を纏っていた。
「なにか、変な音がするウサ……心臓の奥がざわつく感じ……」
フィーナがそっと胸に手を当てる。ミュリルも耳を伏せながら、震える声で呟いた。
「にゃん……風が、怖いにゃ……。この浮島、呼吸してるみたいに、動いてるにゃ……」
「時の封印が、壊れかけてる可能性が高いわね。碑文によれば、“鐘が鳴れば、過去と現在が重なり、未来が呑まれる”って……!」
シャルロッテが古びた巻物を握りしめ、焦りをあらわにする。
「まるで、時空の歪みそのもの……か」
イッセイは静かに頷いた。その時だった。
――ゴォォォォン……
重く、深く、腹の底に響くような音が、空間全体を揺るがした。
「今……鳴った、よね?」
リリィの声が震えた。
「うん……これは……ただの音じゃない。結界の一部が、今ので崩れた」
セリアが鋭く言い切った。風が強まり、空の色が一瞬にして褪せていく。庭園の地面が軋み、鐘楼の石壁に浮かぶ紋様が淡く輝き始める。
「来る……何か、来るぞ!!」
イッセイの警告と同時に、空の裂け目から巨大な黒い影が現れた。それは異形の翼を持つ瘴気獣――否、“時を喰らうもの”とでも呼ぶべき存在だった。
「く、来たにゃ……! いやな、いやな瘴気……!」
ミュリルが身を震わせながら詠唱を始める。ルーナとクラリスが素早くイッセイの左右に位置取り、剣を抜く。
「イッセイくん、私が正面を引き受けるよ!」
「右側は任せて、私の盾と剣で道を切り拓く!」
「行こう――終わらせるために!」
イッセイが叫ぶと同時に、仲間たちはそれぞれの役割を果たすため散開した。
バサァッ……!
“時を喰らうもの”の翼が風を裂き、その爪が鐘楼を砕く。激しい衝撃に揺れる浮遊庭園。イッセイは跳び込み、斬撃でその爪を弾く。
「お前の好きにはさせない……この時も、この未来も、誰にも壊させはしない!!」
その声は、空に残された希望の鐘を震わせた――。
「くっ……こいつ、予想以上に……!」
イッセイは吹き飛ばされながらも地に着地し、右腕の痛みを抑えつつ構え直す。目の前にそびえるのは、虚空に歪みを刻みながら存在する“時を喰らうもの”。翼を広げたまま、まるで時空そのものを呑み込むようなうねりを放ち、周囲の空間が軋むような音を立てていた。
「おいおい、こんなのが封印されてたのかよ……!」
セリアが跳び上がりながら斬撃を入れるも、空間が歪んで攻撃が逸れる。
「攻撃が、時空のズレで弾かれてる……くっそ、チートかよ……!」
「この瘴気は、時間そのものを蝕むにゃ。ミュリルの回復も、ちょっと遅れるにゃん……っ!」
「ダメージが蓄積しすぎる前に、決めないと……!」
クラリスが鋭く戦況を読み、ルーナと連携して回避と攻撃を繰り返す。フィーナとシャルロッテは後方から補助魔法と精霊バフを送り続けていた。
「イッセイくん、左に回り込んで!」
「ルーナ、カバーに入る!」
「任せて、クラリス!」
「シャルロッテ、あれ使って! 精霊の共鳴石!」
「了解……『風の精霊王よ、時の縛鎖を断ち切れ』――!」
シャルロッテの詠唱が終わると同時に、眩い緑光が放たれ、周囲の時空の歪みが一時的に中和される。
「今だッ!」
イッセイが疾駆する。剣先に魔力を集中し、跳躍と同時に敵の中心核に向けて渾身の一撃を放った。
「《裂空閃・改――クロノブレイカー!》」
ズバァァァッ!!
光と闇が衝突し、閃光が世界を裂いた。その一撃は確かに“時を喰らうもの”の核心を捉えた。
「……が、まだ……終わってない……!」
イッセイの目が驚愕に見開かれる。敵の体から時の歪みが再生し、さらなる巨大な腕が現れる。
「再生するなんて、反則ウサっ!」
「こ、こんな……どうすれば……!」
絶望の気配が一行に広がった、その時だった――。
「イッセイくん……立って」
シャルロッテがふらふらと歩み寄り、彼の背にそっと手を添えた。
「精霊たちが……教えてくれた。“時を侵すものは、時と対になる“命の鼓動”で断てる”って……」
「命の鼓動……?」
「うん。つまり、“今この瞬間を生きる者たちの想い”こそが、それを打ち破る鍵」
すると、仲間たちが次々と声を重ねた。
「にゃんでもないけど、ミュリルは、イッセイと旅したいにゃ」
「イッセイくんとなら、未来を信じられるわ」
「守るべきものがある。それが、私の剣の理由だ」
「ふわふわと笑顔ウサ。癒しと希望の泡を、世界に!」
「……私は、貴方と生きたい。ずっと、先の未来まで」
その言葉が力となり、イッセイの身体を包む。剣に宿る魔力が脈打ち、過去でも未来でもなく“今”という刹那の輝きで満ちていく。
「……これが、“俺たちの今”だ……!」
叫びと共に、イッセイと仲間たちの想いが重なり合う。シャルロッテが精霊語で最後の詠唱を口にし、ルーナとクラリス、セリアが援護。ミュリルの癒しとフィーナの魔力供給が後押しする。
「いけ、イッセイくん!」
「《刃よ、時をも超えて――“転界・絶光剣”!!》」
天を貫くような一閃が放たれ、敵の体が中心から音もなく裂け、やがて塵となって崩れ落ちていった。
沈黙。
そして、空にあった“時の鐘”が、再び深く、穏やかに鳴り響いた。
――ゴォォン……
「……終わった、にゃん……?」
「うん、もう大丈夫ウサ。空の色が戻ってきた……」
「この鐘の音、悲しいけど……どこか、優しいな……」
イッセイは天を見上げ、剣を鞘に収めた。
「俺たちは……“今”を守ったんだ」
それは、過去でも未来でもない、確かな現在――“生きる”という意味だった。




