ただいま、僕の家へ
「――ご帰還ですね、若様」
屋敷の正門が開くと同時に、執事のヴァルトが恭しく頭を下げた。
無表情だが、ほんの少し目元が緩んでいるような気がした。たぶん、気のせいじゃない。
「ただいま、ヴァルト。ちょっと、人数増えたけど気にしないでね」
僕の後ろには、緊張気味のミュリル、フィーナ、セリア。
三人ともきちんとした服を着せているが、どこか落ち着かない様子だった。
「……誰でございますか?」
「旅の途中で助けた子たちで、今後は僕の保護下に置きたいと思ってる。彼女たちには、ちゃんとした生活と選べる未来が必要なんだ」
ヴァルトは少しだけ目を見開き、それからふっと息をついて静かにうなずいた。
「かしこまりました。屋敷としてはすでに三部屋ご用意いたしました。早速ご案内を」
「えっ、なんで準備できてるの!?」
「……お帰りの頃合いと、若様の“予想される行動”を考慮いたしました」
さすが有能執事。先読みがすぎる。
* * *
「――まあ! なんて可愛らしい子たち!」
食堂に通されると、そこには僕の母、セリーナ様が待っていた。
やわらかな金髪を結い上げた優美な姿に、優雅な微笑み。
だけど……内面はおっかない。
「い、イッセイ、これは一体?」
姉のマリエ姉様も隣で怪訝な表情。
兄のレオン兄様は苦笑しながらもどこか楽しそう。
「えーと……色々あって、旅の途中で助けた子たちなんだ。事情を話したら、しばらく僕の保護下で暮らしたいって」
「ほう?」
姉様の目が鋭くなる。が、すかさず母が微笑みながら口を挟んだ。
「マリエ、顔が怖いわよ。イッセイがこうして“守りたい”と思える人に出会えたなら、それは素晴らしいことじゃない?」
「……それはそうだけど……まったく、子ども扱いしていたら、いつの間にか頼もしくなって……」
「わっ、姉さん、今ちょっと褒めた!?」
「褒めてない!」
家族の空気が一気に和らぐ。
ミュリルたちも、少しだけ安心した表情を浮かべた。
「にゃん……優しい人たち、なのにゃ」
「……こ、ここで暮らしていいのかなウサ……」
「……想像してたよりマシかも。……ちょっとだけね」
* * *
その日の夕食後。
三人には個室が与えられ、着替えや生活用品も準備されていた。
「すごい……ふかふかのベッドウサ……!」
「ごはんも美味しかったにゃん! お風呂も入れるし!」
「……なんか、貴族ってイメージ変わったわ……」
「明日からは、家の中での過ごし方とかを教える係もつけるよ。慣れるまで、無理しなくていいからね」
「……うん。主さま……ありがとう」
「ありがとウサ……わたし、ちゃんと恩返しする……」
「……べ、別に感謝してなんか――あ、でもその……ありがと」
そうして、新しい生活が始まった。
“奴隷”だった少女たちは、少しずつ“名前のある生活者”になっていく。
僕の屋敷で、僕の家族と、そして――僕と共に。
これは、ほんの小さな一歩。
でも、たしかに世界が変わっていく音が、聞こえた気がした。