神の座、真実の奇跡
静謐な朝――。
聖教国アルフェリアの聖域《神光の聖堂》。その奥深く、神話に語られる「神の座」へと続く封印の扉が、今まさに開かれようとしていた。
「……これが、神の座か」
イッセイは足を止め、白銀に輝く巨大な石柱群を見上げる。空から降り注ぐ光はまるで天の裂け目のようで、見上げた者の魂すら浄化するかのようだった。
「これ、空間そのものが……魔力の海に満たされてるウサ」
フィーナが魔導センサーを手にしたまま呟く。
「霊的密度が高すぎる……これはただの封印空間じゃない。ここには“神格”に近い存在がいた痕跡がある」
シャルロッテが精霊語の碑文を指差す。「記録によれば、ここは“神に選ばれし者”だけが入ることを許された聖域だって――」
「つまり……リアナ様がここで、最後の封印を……」
クラリスの声が震える。聖女リアナ。千年前、魔王を封印したとされる奇跡の巫女。
だが、彼女の記録は一切の公的文献から削除されていた。
「私は信じてるよ。リアナ様は“記録を消された存在”じゃない。きっと“真実を守るために、姿を隠された存在”だ」
ルーナの静かな言葉に、一同は黙ってうなずいた。
そして、扉が開かれる――。
ゴゴゴゴゴッ……!
「イッセイくん……っ! 気をつけて!」
ルーナの声に、イッセイは剣を抜いた。
開かれた聖域の中には、かつて見たこともない機構と魔術式が整然と並んでいた。中枢には、一基の台座――。その中央に、光に包まれた《封印の核》が静かに浮かんでいた。
「これは……“世界記憶封印装置”」
レミィが驚愕に目を見開く。「伝説級の術式だよ。これは、単なる人間じゃ到底組めるものじゃない」
「つまり、リアナは人間ではなかった可能性もある、ということか」
イッセイが口にしたその瞬間、――空間が、歪んだ。
『ようこそ、賢者たちよ』
声が響く。それは言葉ではなく、直接脳内へと伝わってきた。
『我は神の代行者――かつてこの地に《神の光》をもたらした者……我が名は――』
その瞬間、光の柱が炸裂し、幻影が浮かび上がる。
そこには、白い衣を纏った一人の女性――
「……リアナ、様……?」
クラリスの目に涙が滲む。
幻影はうっすらと微笑んだ。
『我が名はリアナ。この世界に《奇跡》をもたらした者――しかし、それは《神々の禁忌》に触れた代償であった』
その言葉に、誰もが息を呑む。
『封印は破られつつある。世界が再び、“魔王の血”に蝕まれようとしている――』
リアナの幻影が消えると同時に、台座が震え、装置の一部が崩れた。
「これは……! 封印が不安定に……っ!」
フィーナが叫ぶ。
「間に合わないかもしれない――!」
セリアが剣を構える。
そして、空間の裂け目から現れたのは――黒衣の女、ヴァルティア。
“偽りの聖女”として地下で語られていた、もう一つの聖女。
「……やはり来たか、神の座に相応しくない者たち」
ヴァルティアの瞳は、氷のように冷たく――その背後には、異形の魔物が蠢いていた。
「神の名の下に、この座を穢す者どもを粛清する――」
かくして、“真の奇跡”を巡る戦いが、幕を開ける。
白銀の空間が一変し、狂気と瘴気に染まりゆく。
「くっ、これは……瘴気の波動……!?」
ミュリルが身を縮め、猫耳を立たせて警戒する。
神の座に降り立った“偽りの聖女”ヴァルティアは、漆黒のドレスを翻しながら一歩前へ。背後には異形の魔物――腐肉を纏った龍蛇のような獣が唸り声を上げていた。
「神の奇跡など、所詮は欺瞞。真に世界を救うのは“選ばれた者の力”だけ」
ヴァルティアの声には確かな狂信が宿っていた。「私こそが“神の奇跡”そのもの……!」
「言ってる意味がまるでわかんないウサ!」
フィーナが叫ぶ。「神の座で暴れるとか、いちばんやっちゃダメなやつウサ!!」
「……それでも、ここを守らなければ……!」
クラリスが震える手で杖を握りしめる。目の奥には、リアナの幻影の残光が宿っていた。
「行くよ、みんな!」
イッセイの号令と同時に、空間が震えた。
──激戦が始まる。
「剣よ、雷鳴と共に我が刃となれ!《雷迅の構え・壱ノ型!》」
イッセイが地を蹴り、ヴァルティアへと一閃。青白い雷が刀身を走る。
しかし――。
「……甘い」
ヴァルティアの手から放たれたのは、純粋な“拒絶”の力。空間を歪ませ、攻撃を受け流す。
「っ、ぐ……!? この魔力、まるで……重い空気を殴ってるみたいだ……!」
「援護に入るウサ!」
フィーナが空中に魔導陣を展開。「《泡光結界》、発動!」
眩い泡の結晶が弾け、衝撃を和らげた瞬間――
「《黒爪連牙陣》、にゃん!」
ミュリルが宙を舞い、影のような斬撃を立て続けに放つ。
「チッ……小賢しい真似を」
ヴァルティアは髪を払うようにしながら、禍々しい魔導術式を発動。魔物が口を開き、瘴気の奔流を吐き出した。
「うっ、これはヤバい……っ!」
ルーナがリリィと共に後衛を守るために立ち塞がる。
「《清浄の光》……!」
リリィの石鹸のような香りと共に、空間を洗い流す清浄魔法が広がった。
「無駄だ、私の“闇”は信仰の光すら覆い尽くす……!」
「させるかよ!」
イッセイが叫び、再び突撃する。
「《霊神雷閃・奥義──封刃雷迅穿》!」
稲妻が迸る。ヴァルティアは避けきれず、肩口に斬撃を受けるも笑みを浮かべた。
「……さすがは“選ばれし者”イッセイ。でも、ここで死んでもらう」
次の瞬間、彼女の背後――空間が裂け、闇そのもののような“魔核”が姿を見せる。
「これが……瘴気の本体!?」
レミィが震える。「まさか、リアナ様の封印を逆に……!」
「サーシャ!」
イッセイが叫ぶ。
「ああ、わかっておる」
サーシャが神妙な面持ちで剣を構える。「これ以上、この地を穢させはせぬ!」
精霊の声が響く。
《汝、契約者。祈りを我が刃に……》
「《真・霊装解放》……!」
サーシャの体が淡く光に包まれ、銀の羽織が現れる。
「イッセイ殿……参るぞ」
「――ああ、一緒に決着をつけるんだ!」
二人は息を合わせ、最後の奥義を放つ。
「《霊雷双斬・終之型》!!」
雷と精霊の輝きが交差し、空間を一刀両断する。
「……なぜだ……私こそが、神の……」
ヴァルティアの身体が砕け、闇と共に消えていく。
「……ありがとう……リアナ……」
その場に残された封印装置が、再び穏やかな光を放つ。
イッセイたちは、破壊されかけた《神の座》を一時的に修復し、深い呼吸をついた。
「……奇跡は、奪うものじゃない。信じる者が生むんだ」
イッセイの言葉に、皆が静かにうなずいた。
こうして、“真実の奇跡”は守られた。
だが、それはまだ序章に過ぎなかった。
――闇の中、何者かの“視線”が、彼らを見つめていた。




