聖なる記憶の書庫
聖教国の中心都市、聖堂都市イシュリールは、石造りの大聖堂と荘厳な尖塔が並び立つ聖地であった。
天を貫くような鐘楼が鳴り響くなか、巡礼者や信者たちが白い衣をまとい、祈りの言葉を口にしながら広場を行き交っていた。
「ここが……聖教会の中枢都市、イシュリールか」
イッセイは、フードを目深にかぶりながら街の雰囲気を見渡した。隣にはクラリスが、貴族らしい立ち居振る舞いで同行している。
「王国の特使という名目で入国はできたけれど、これからが本番ね。記録の殿堂にどうやって潜り込むか……」
「堂々と潜り込むウサ。王族推薦という切り札、使いどころじゃない?」
フィーナが得意げに笑う。クラリスは頷きながら、懐から金の紋章入りの推薦状を取り出した。
「父上からのものよ。学術研究の名目であれば、閲覧は可能なはず」
イッセイたちは、大聖堂の背後にそびえる巨大な図書施設「記録の殿堂」へと足を運んだ。
──天井が見えないほどの吹き抜け構造、幾万もの魔道書が浮遊し、光る糸で結ばれている。
中には神官服をまとった聖教会の学者たちが、無言で書を運び、記録を整えていた。
「すごい……本当に、記憶が封じ込められてるみたいな空間ね」
シャルロッテが目を見開き、魔力を感じ取るように空を仰いだ。
クラリスが前に進み、受付台に推薦状を差し出す。
「王国第三王女、クラリス・アークフェルド。聖女リアナに関する歴史資料の閲覧を希望します」
一瞬、受付の神官が息を呑んだ。
「……しばしお待ちを。特別閲覧室へご案内いたします」
イッセイたちは通路を抜け、魔封印のかけられた半球状の個室へと案内された。
その中にあった、厚い封印魔術がかけられた一冊の書物。
クラリスが静かに手を伸ばし、魔力でロックを解除する。
──ページがゆっくりと開かれ、そこに記されていたのは……。
「“聖女リアナ、封印の代償として、世界よりその存在を消されし者”……?」
イッセイが声を潜めて読み上げる。クラリスも眉を寄せた。
「これは……記録抹消。つまり、存在ごと歴史から消されたってこと?」
シャルロッテが、その書の傍に記されていた古い碑文を見つけ、目を凝らした。
「これ……精霊語です。読めます……“時の輪廻、封じられし深き闇、再び目覚めん時……光の記憶、道を示さん”」
「……封印が、弱まってきているということか」
イッセイが呟いた。
重苦しい沈黙が流れた。
──そして、何者かの気配が個室の外で揺らいだ。
「……誰かが近づいてくるウサ」
フィーナが耳をぴくりと動かし、気配に反応する。
「隠れた方がいいかもしれません。魔力の流れが少し……不穏です」
シャルロッテがそっと立ち上がり、結界の隙間に向かって小声で言った。
その瞬間、部屋の扉が静かに開いた。
「……どちら様かな?」
現れたのは、黒衣を纏った中年の男。肩には聖教会の高位神官を示す刺繍があり、その眼光は鋭く、イッセイたちを一瞥する。
「私は“記録の守り手”、ゼルガ。……王族推薦とはいえ、閲覧目的には相応の理由が求められる」
クラリスが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「聖女リアナの記録に関心がございます。王国でも異変が増えており、古代の伝承から学びたいのです」
ゼルガはしばし黙考し、目を細めた。
「なるほど……ならば、これも目を通しておくといい」
彼が手にしていたのは、薄く金に縁取られた巻物だった。
「これは『黙示の予告』。教会内でも閲覧が制限された文献だ。記録の殿堂が完成する前、聖女リアナにまつわる“異端文書”とされたものだ」
イッセイが慎重に巻物を受け取り、クラリスと共に内容を確認した。
そこには、次のように記されていた。
“聖女は、ただ封印を施したにあらず。命と記憶を代償に、世界の闇を閉ざした。だがその封印は千年の輪廻により、徐々に緩む定めなり。”
「千年の……輪廻?」
イッセイが呟くと、シャルロッテが再び碑文の断片に目を走らせた。
「時の輪は閉じていません。……封印が解かれるとき、“主なき闇”が再び姿を現すとあります」
「……仮面の男が言っていた“魔王”とは、その“主なき闇”のことか」
イッセイの言葉に、全員が静かに頷いた。
ゼルガは言葉少なに続けた。
「その闇が真に復活すれば、我ら聖教国とて持ちこたえられぬ。……お前たちが真に知識を求める者であるなら、この先の“封印の地”へ赴くがいい」
「封印の地……?」
「北の雪原地帯にある“聖域ルクス”。そこには、聖女リアナが最後に祈りを捧げた地がある。だが、今は結界も薄れ、魔物の出現も増えている」
イッセイは静かに頷いた。
「行ってみる価値はありそうだな」
「行くウサ!」
「もちろん、私たちも同行するわ」
クラリスとフィーナが声を揃えた。
そしてゼルガは最後に一言だけ、重く残した。
「気をつけるがいい。“真理”に触れることは、“覚悟”を問われることと同義だ」
石造りの回廊を出るイッセイたちの背中に、聖なる光が差し込んでいた。
物語は、再び新たなる地へと動き出す──。




