帰還の決意と、名前の贈り物
「うん。やっぱり、名前って大事だと思うんだ」
僕は三人の少女たちを前に、ランプの明かりの下でそう切り出した。
昨夜、命をかけて救った亜人の少女たち――
銀髪の猫耳、青髪のウサ耳、褐色肌のダークエルフ。
まだお互いよそよそしい距離はあるけれど、食事を共にし、言葉を交わすことで、少しずつ表情に変化が出てきていた。
「名前……?」
青髪の少女が、小さな声で首をかしげた。
「そう。今まで、誰かにつけられた“番号”とか、“物の名前”で呼ばれてきたんだろう?
でも、これからは“自分の名前”で生きてほしい。誰かのものじゃなく、自分の人生として」
僕の言葉に、三人はそっと目を伏せる。
「それでね、よければ……僕から、名前を贈らせてほしい。もし気に入らなかったら、断ってくれて構わない」
猫耳の銀髪少女が、こちらをじっと見つめたあと、ふっと微笑んだ。
「主さまのくれる名前……欲しいにゃん」
「……わ、私も……イッセイさまの言葉、嬉しいですウサ」
ダークエルフの少女はちょっと目をそらしてから、低く答えた。
「仮、ってことで……悪くない名前なら、許す」
「じゃあ、まずは――」
僕は一人ひとりに目を向けながら、名前を紡いでいく。
「君は“ミュリル”。月明かりのような目をしてるから、月の精の意味を込めて」
「ミュリル……にゃんっ! 気に入ったにゃん!」
「君は“フィーナ”。静かに寄り添う優しさが、まるで水面の音みたいだったから」
「フィーナ……あ、ありがとうウサ……名前、嬉しい……」
「そして、君は“セリア”。強くて、賢くて、でも不器用なところもある。そんな君にぴったりの響きだと思うんだ」
「……な、なんで私の性格、そんなにわかってんのよ。……でも、嫌いじゃない。……セリア、か」
3人の顔に、少しずつ灯がともっていくのを感じた。
名前とは、ただの言葉じゃない。“これからの未来”を縫い合わせる最初の一歩だ。
* * *
「さて……次は、大事な話なんだけど」
僕は真剣な表情で続けた。
「このまま君たちを街に置いていくことは、できない。安全も、生活も保証されない。だから、僕の家――アークフェルド侯爵家の屋敷に来てほしい」
「……貴族の屋敷……?」
「もちろん、簡単な話じゃない。家族や周囲の目もある。でも、僕は君たちを“保護する”んじゃなく、“共に生きる場所”を作りたいんだ」
「主さま……それって、ずっと一緒ってこと、にゃん?」
「私たち、迷惑じゃないウサ……?」
「……騙すつもりだったら、容赦しないからね」
「違うよ。僕が君たちと一緒にいたいと思った。ただそれだけ。
君たち自身が、“それでもいい”と思えるなら……僕は、どこまでも守るよ」
――沈黙のあと、ミュリルがぽんっと僕に抱きついた。
「行くにゃん! 主さまと一緒に! それだけで、十分にゃ!」
「フィーナも、行きたいウサ……そばにいたい……」
「……私も行くわよ。仮にね、仮。別に恩返しとかじゃないんだから」
「ありがとう」
僕は彼女たちの名を心の中でゆっくりと呼んだ。
ミュリル、フィーナ、セリア。
もう“番号”ではない。彼女たちは、彼女たち自身の名前を持つ存在だ。
(この名前が、彼女たちの人生の始まりになるなら――それを見届ける責任が、僕にはある)
* * *
「さて。じゃあ、まずは家族へのプレゼンからだな……一番の強敵は、たぶん……姉さんか」
僕は苦笑しながらつぶやいた。
その横で、セリアが腕を組んで言った。
「ふん、貴族の姉なんて、私が黙らせてあげるわよ」
「……それは逆効果だからやめてー!」
焚き火代わりのランプの光が、部屋をあたたかく照らしていた。