赤き刃、静かなる誓い
旅の空は広く、高く、そして清々しい。緑の丘を越え、黄金の麦畑を抜け、イッセイたちは新たなる東方の地を目指して進んでいた。
「見て、イッセイくん! あの雲、ウサギみたいだよ〜!」
フィーナが耳のような雲を指差して笑う。
「にゃ〜ん、それよりあっちの山の形、なんか猫の顔に見えるのにゃん」
ミュリルが目を細めてにこにこと笑い、セリアは少し距離を置いて歩きながらも、口元にわずかな笑みを浮かべていた。
「風が気持ちいいな。……皆、体調は大丈夫かい?」
イッセイが周囲を見渡しながら声をかけると、それぞれが「平気」「元気ウサ!」と返す。
のんびりした空気の中、道の先には風流な瓦屋根の宿場町が広がっていた。木造の長屋に朱塗りの橋、提灯がゆらめく市場通り。その雰囲気は今まで訪れてきた街とはまったく異なる、異国の気配を感じさせるものだった。
「ここが……シグレの宿場町、か」
イッセイはその景色に思わず感嘆の声を漏らす。
「わたくし、こういう風情のある場所、大好きですわ」
クラリスがうっとりとした瞳で通りを見つめる。
「ふふ、イッセイくん。ねぇ、あそこの屋台、一緒に行こう?」
ルーナがくいっと袖を引いてくる。
市場通りには香ばしい焼き団子や、異国風の甘味が並び、人々の笑い声が絶えなかった。久しぶりの平穏な旅路に、誰もが心を和ませていた。
「にゃにゃ、これは……“たこやき”? 小麦粉の生地に、刻んだタコが入っていて、丸く焼かれてるのにゃん」
ミュリルが屋台で買ったたこやきを興味津々で見つめる。
「熱っ! でも、外はカリッとしてて中はとろとろ……不思議な食感にゃん。うま味がじゅわ〜って口に広がるのにゃん!」
「すごく美味しそう! 私もそれ、食べてみたいウサ!」とフィーナが続き、他の皆も屋台に群がっていく。
「この味……濃いけど、香ばしくて癖になりそうですわ」
クラリスは上品に口元を拭きながら感想を述べ、ルーナは「イッセイくん、あーんして?」と茶目っ気たっぷりに差し出してくる。
そんな楽しいひとときの中、ふと聞こえてきた子供の泣き声に、イッセイたちの足が止まる。
「やめてよぉ!」
通りの片隅、酒に酔った冒険者風の男たちに囲まれ、ひとりの少女が子供を庇って立ちはだかっていた。
その少女は、真紅の袴に黒の羽織を纏い、長く艶やかな黒髪を一本に結わえて背中に流していた。白磁のように滑らかな肌、切れ長の瞳は鋭く、不必要な言葉を削ぎ落とすような静かな佇まい。腰には、風にわずかに揺れる美しい拵えの太刀。
「少しぶつかったぐらいで子供に手を上げるなど……武士として情けない限り、恥を知れ」
その声は低く、しかし澄んで響く。言葉少なにして、すべてを断じるような冷たさを孕んでいた。
男たちはにやつきながらも、少女の剣に気圧され、次第に苛立ちを見せ始める。
「なにカッコつけてんだ、こちとらヒマつぶししてんだよ」
「そうそう、お前みたいな流れ者の侍風情にとやかく言われたくねぇんだよ」
その言葉に、少女は静かに目を細める。
「成れの果ての冒険者よ。己の退廃を、遊戯にて覆い隠すとは浅ましい」
「……っ、このやろう!」
男たちの一人が怒りに任せて刃を抜いた——その瞬間、少女はわずかに太刀に手を添え、凛とした声音で言い放つ。
「抜いたからには……命のやり取り、覚悟の上でござろうな?」
すっと張りつめる空気。その場の誰もが、ただならぬ気配を感じて息を呑んだ。
そして、イッセイたちはその場面をちょうど通りがかったのだった。
「イッセイくん……あれ、止めたほうがいいんじゃない?」
ルーナが不安げに囁く。
「もちろんだよ。放っておけるわけないさ」
イッセイの目が静かに光を帯びた。
——赤き刃と、静かなる誓いの始まりである。




