エピローグ 精霊湯と恋のきざし
エルフの森の瘴気が祓われた数日後。森の奥深くにある、エルフ由来の保養施設「霊樹の癒し処」にて、イッセイたちは英気を養うことになった。
そこは、古代精霊の加護を受けた温泉が湧き、魔力の再生や心身の疲労回復に優れるとされる秘湯の地。旅と戦いに疲れた身体と心を、ゆっくりと癒すために、長老たちが用意してくれた粋な計らいだった。
「すごい……空気まで澄んでる……」
湯気に包まれた露天の回廊で、クラリスが小さく感嘆を漏らした。白いバスタオル姿に、うっすらと赤みを帯びた頬が揺れている。
「ふふ、イッセイくん。こっちこっち〜。特別区画はね、混浴なんだよ〜?」
ルーナが指をくいっと曲げて笑っている。その目はどこか挑戦的だ。
一方、シャルロッテは初めて訪れるこの施設に、少し緊張した面持ちを浮かべていた。
「この場所……精霊たちの気配がすごく濃い……けれど、安心できる。イッセイさんも、入ってきたらいいのに」
その瞬間、カラン……と音がして、誰かが戸を開けた。
「おっと……ここって混浴だったのか!」
バスタオル一枚のシャルロッテが立っていた。
「きゃあっ!? い、イッセイさん!? な、なんでここに……!!」
「ご、ごめんっ!間違えた!でも、ほら、湯気が濃くて見え……」
弁解する間にも、シャルロッテは湯の中にしゃがみ込んで顔を真っ赤にしながらも、
「……そんなに見ました?ど、どこまで……」
心なしか、声は小さく、否定しきれない甘さが滲んでいた。
ーー
「……ふふっ、イッセイさん、さっきのお返し……しませんと」
シャルロッテが泥パックを手に寄ってくる。魔力再生に使われる『精霊泥』である。
「それ、塗ると魔力が活性化するらしいんだけど……どこに塗れば?」
「背中、お願いします」
そう言ってタオルを背にずらし、素肌を覗かせるシャルロッテ。白く滑らかな肌が、淡い光に照らされてきらめく。
「だ、だめです……そんなとこまで塗っちゃ……! わ、私、変な気持ちになっちゃいますっ……!」
「ち、ちがうって!これは魔力再生のためで……っ!」
そうして距離が急接近している中、施設の扉がぱたんと開く。
「イッセイくん、そろそろ一緒に休もうと思って……って……え?」
ルーナが口を半開きにして固まり、後ろからクラリスも現れる。
「これは……一体……」
「ち、ちがっ……!!」
イッセイの叫びに、三人のヒロインたちは互いに火花を散らし始める。
「もう、イッセイくんったら。私以外の子と……こういうの、ズルいよ?」
ルーナが拗ねたように唇を尖らせる。
「わたくしも、せっかく背中を流してあげようと思ったのですのに……悔しいですわ」
クラリスはそれでも気品を崩さず、イッセイの顔をじっと見つめる。
一方、シャルロッテは顔を真っ赤にしてうつむいていたが、意を決して言った。
「……でも、私は、イッセイさんに近づきたいって、ちゃんと思ってるんです」
その言葉に、一瞬、場の空気が和らぐ。
夜。満天の星空の下、精霊の灯がゆらめくテラス。
イッセイとシャルロッテが並んで腰掛けていた。
「今日一日、ちょっと……どきどきしすぎました」
「はは、僕もだよ。けど、こうして一緒にいると、なんだか安心するよ」
「……ふふっ。イッセイさん……次の旅先でも、いっぱい一緒にいてくださいね」
「うん。どこまでも、一緒に行こう」
そして翌朝——
シャルロッテがひとり、森の奥の精霊の祠に佇んでいた。
「……おはようございます、イッセイさん」
「……どうしてここに?」
「……少し、私の秘密を教えたくて」
シャルロッテが差し出したのは、小さな精霊石。
「これは、私の母から受け継いだもの。私の精霊魔法の核……ずっと、一人で抱えてきました。でも今は……イッセイさんになら、見せてもいいって思ったんです」
「……シャルロッテ。ありがとう。僕も、君に頼りたいと思ってるよ」
その言葉に、彼女はそっと微笑み、肩を寄せた。
精霊の囁きに包まれた森の中、二人の距離は確かに、静かに、けれど強く、近づいていた。
そして、物語は次なる大陸へと続く——




