断絶域への踏破と、精霊たちの囁き
霊樹ノアシェルの迎賓館で夜を明かした翌朝、空は透き通るような青さを湛えていた。
だが森の奥へ進むにつれて、空気は次第に重く、濁っていく。
「……これが瘴気……」
イッセイが鼻をかすかにしかめながら、地面を注意深く踏みしめる。
「空気の流れが歪んでるにゃん。まるで、森の怒りが渦巻いてるみたい……」
ミュリルが耳をぴくぴくと動かしながら、声を潜めた。
「精霊たちの囁きも、断片的になってきたウサ。どんどん遠ざかっていく感じ……」
フィーナが指先を宙にかざし、目を細める。
ルーナは軽く苦笑しながらも、隣を歩くイッセイに肩を寄せた。
「イッセイくん、しっかりね? ここからが本番だよ」
「もちろん」
イッセイは微笑み返し、背に携えた剣に手をかける。
その後ろで、シャルロッテが一歩遅れて歩きながら、視線を地面に落としていた。
「……大丈夫、かな……私……」
「シャルロッテ」
リリィがふいに声をかけると、彼女はびくっとして顔を上げた。
「不安なのはわかる。でも、無理に強がらなくていいよ。私たちは仲間……でしょ?」
その言葉に、シャルロッテの瞳が揺れる。
「私は……まだ、その覚悟が……」
イッセイが立ち止まり、彼女の方を向いて言った。
「仲間になるかどうかは、君が決めていい。でも、君がこの森を大切に想っているのは、もう伝わってるよ」
その声には、決して強要する色はなかった。
けれど、優しく、力強い響きがあった。
「……ありがとう。イッセイさん……」
小さく呟いたその言葉は、まるで森に抱かれるように、静かに空へ溶けていった。
そのとき——
ぶわっ、と濁った風が吹き抜け、前方の木々の間から、黒紫の瘴気が吹き上がった。
「来るッ!」
セリアが即座に剣を抜く。
濃密な瘴気の中から、獣とも植物ともつかない魔物がうごめきながら姿を現した。
まるで樹皮が溶けたような体躯、触手のような根が地を這い、毒々しい赤い眼がぎらつく。
「っ、瘴気獣です! 正面から来ますよ!」
フィーナが警告を叫ぶや否や、魔物は巨体を揺らして突進してきた。
「行くぞ!」
イッセイが抜刀し、真正面から迎え撃つ。
セリアとルーナが左右から挟み込むように動き、リリィは後方から支援魔法を唱える。
ミュリルの短剣が機敏に閃き、フィーナの治癒術が絶えず味方を守る。
戦いの最中、シャルロッテは茂みの陰に身を伏せながら、その様子を見ていた。
(怖い……でも、皆が命を懸けて戦ってる……)
彼女の両手が震える。
けれど、その瞳には迷いとは違う色が宿り始めていた。
イッセイが剣を振り抜き、魔物の片腕を裂いた。
魔物は呻くような声を上げ、残る触手を振り回して反撃に出る。
「くっ……!」
セリアが一瞬、足場を崩して体勢を崩す。その瞬間、魔物の触手が彼女を襲う——
「セリアさん、危ないッ!」
シャルロッテの叫びと共に、彼女の手から放たれた光の矢が触手を撃ち落とした。
光の中に、精霊の声が響く——
『お前の祈り、聞こえたぞ。選ぶは汝の決意なり』
シャルロッテの体を、精霊の光が包む。
仲間たちの目が見開かれた。
「シャルロッテ……君……!」
「私は、戦います。自分の森を、自分の手で守りたい……!」
その言葉に、イッセイは力強く頷いた。




