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侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!  作者: のびろう。
第15章 最後の神具と、神々の審判

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偽りの平和と、揺らぐ心

地獄だった。

幻視から解放された時、俺たちは再び音のない《創生の祭壇》に引き戻されていた。


だが、魂はまだ、あの混沌の未来に囚われたままだった。

誰もが膝をつき、蒼白な顔で、声にならない喘ぎを繰り返している。


「……な……」


ルーナが、か細い声で何かを言おうとして、言葉を失っていた。

彼女の瞳には、先ほどまで見ていた絶望の光景が焼き付き、恐怖に色を失っている。


「……こんな……こんな未来のために、私たちは戦ってきたわけじゃ……!」


その声は、もはや彼女のものではないかのようだった。


「……多くの民が、苦しんでいる。……わたくしたちの選択が、これほどの混沌を招くと……?」


クラリスの声もまた、王女としての気概を失い、ただの少女のように絶望に震えていた。

仲間たちの間に、重く、そしてどうしようもない動揺が走る。


一人の犠牲を防ぐために、世界中を不幸にする。

それは、本当に“正義”なのか? 俺たちが掲げた理想は、ただの独りよがりな感傷に過ぎなかったのか?


《見たか。それが感情に流された選択の結末だ》


オリオンの声が、冷ややかに俺たちの心に響く。


《一つの哀しみを救うために、世界中に無数の哀しみを生み出す。その愚かさを、その魂に刻んだか?》


彼の言葉に、誰も反論できなかった。俺たちの心は、今、完全に折れかかっていた。


オリオンは、そんな俺たちの絶望を確かめるように、今度はもう一方の天秤の皿に、聖なる光を放つ白く輝く宝玉を置いた。


《次に見よ。これが、神々の“理”が守る、『犠牲の上の平和』だ》


再び、俺たちの意識は抗う術もなく、もう一つの未来へと飛んだ。


――そこは、驚くほど平和な世界だった。


空はどこまでも青く澄み渡り、王都アークフェリアには人々の楽しげな笑い声が響き渡っている。

街角では子供たちが駆け回り、市場は活気に満ち、どこにも争いの影はない。


「……これは……」


クラリスは、自らが理想とした王国の姿に、息を呑んだ。民は誰もが豊かで、幸福そうに暮らしている。

彼女が王位を継いだこの世界では、彼女の善政によって、国は史上最高の繁栄を迎えていた。


『クラリス女王陛下、万歳!』


民の歓声が、彼女の心を温かく満たしていく。


(……そう……これですわ。わたくしが、守りたかったものは……!)


ルーナは、イッセイと共に、自由な冒険者として世界を旅していた。

もう公爵令嬢としてのしがらみはない。彼の隣で、心からの笑顔を浮かべている。


「見て、イッセイくん! すごい絶景よ!」


「ああ。だが、お前の笑顔の方が、もっとすごいぜ」


そんな甘い会話を交わしながら、二人は手を取り合って、まだ見ぬ世界へと歩いていく。


(……そうよ。あたしが欲しかったのは、これ……。誰にも邪魔されない、二人だけの、自由な時間……)


リリィは、世界最大の商会の会長として、玉座にも似た椅子に座っていた。

《ぷるぷるスパランド》は大陸中に広がり、「癒しと笑顔の女神」として、その名は聖女のように崇められている。


「会長! 今月の収益も、過去最高を更新しました! 世界中から、会長への感謝の手紙が届いております!」


有能な秘書となったイッセイが、誇らしげに報告する。その光景に、リリィの心は満たされていた。


(……やったわ。あたしは、あたしの力で、世界を笑顔にしたんだ……!)


サーシャは、平和になったヒノモトで、生きている兄と共に、子供たちに剣を教えていた。

もう戦のための剣ではない、人を守り、心を鍛えるための活人剣だ。


「姉上、見事な太刀筋です」


「兄上こそ。……ああ、平和とは、これほどまでに温かいものだったのだな」


二度と失われることのない、穏やかな日常。彼女が何よりも望んだ幸福が、そこにはあった。


俺たちの仲間も、それぞれの場所で、それぞれの夢を叶え、幸せに暮らしているように見えた。

それは、俺たちが血を流してまで守りたかったはずの、完璧な理想の世界。

誰もが、その甘美な光景に、魂ごと蕩かされていく。


(……ああ。そうだ。これで、よかったんだ……)


俺の心にも、安堵と達成感が広がっていく。


だが、幻視は最後に、世界の根幹、《魂の揺り籠》を映し出した。

そこでは、影の少女――魔王の魂が、千年前と変わらず、たった独りで、永遠に涙を流し続けていた。


その姿は、この平和な世界の誰の目にも触れることはない。

ただ、永遠に、世界の全ての憎悪と哀しみを、その一身に受け止めながら。


その涙の上に、俺たちの平和が成り立っている。

その一人の犠牲の上に、俺たちの幸福が築かれている。


その事実が、冷たい刃となって、俺たちの、幸福に満たされていたはずの心を、容赦なく抉った。


「……あ……」


クラリスの唇から、声にならない声が漏れた。民の歓声が、今はただの雑音に聞こえる。

この平和は、あの一人の少女の、永遠の涙で購われたものなのだ。


(……これが、王の選択……? 民の幸福のために、一人の無辜の魂を見捨てること……? ……違う! こんなものは、わたくしの望んだ平和ではない!)


「……嘘でしょ……?」


リリィの顔から、血の気が引いていく。彼女の成功も、笑顔も、全てはあの少女の犠牲の上にある。


(あたしは……誰かの涙の上で、商売をしていたっていうの……? 人を笑顔にするんじゃなかったの……? こんなの……詐欺じゃない……!)


「……拙者の……拙者の守った平和は……このようなものだったのか……」


サーシャは、握りしめた木刀を、がくりと落とした。守るべき民の笑顔が、今はただ、醜いものに見えた。


俺もまた、言葉を失っていた。

平和な世界。仲間たちの笑顔。


それは、俺が何よりも望んだものだ。

だが、その代償が、一人の魂の、永遠の孤独と苦しみだというのなら。

そんな平和を、俺は本当に望んだのだろうか。


幻視が、終わる。

俺たちは、再び《創生の祭壇》に立っていた。


混沌の未来を見せられた時よりも、ずっと深く、重い沈黙が、俺たちを支配していた。

地獄を見せられる方が、まだマシだった。


これは、地獄の上に成り立つ、偽物の天国だ。

そして、俺たちは、その天国の住人になることを、選択できるのだ。


オリオンの声が、静かに響く。


《見たか。これが、神々の理が導き出す、最も効率的な平和だ。僅かな犠牲で、最大の幸福を。これ以上に“正しい”答えがあるというのか?》


その問いに、誰も答えることができなかった。

俺たちの心は、今、完全に引き裂かれていた。


理想と、犠牲の天秤の上で。

俺たちの魂が、どちらに傾くのかを、神々は、ただ静かに見つめていた。

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