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侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!  作者: のびろう。
第13章 嘆きの神殿と、神に挑む者たち

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赦しの聖杯と、調停者の沈黙

自らの過去という名の悪夢を乗り越え、再び一つになった俺たちは、神殿の最奥へと辿り着いた。

そこは、静かで、どこまでも哀しい空間だった。


中央には、ローブを纏った巨大な女神像が、その顔を覆い、静かに涙を流し続けていた。

その涙はただの水ではなく、淡い光を帯びた液体となって流れ落ち、足元に置かれた一つの杯へと注がれている。


神具《赦しの聖杯》だ。この空間全体が、癒えることのない神々の罪悪感と、魔王の千年の孤独によって満たされているかのようだった。


「……これが、嘆きの根源……」


シャルロッテが、祈るように呟いた。

俺が、その哀しみの結晶である杯に手を伸ばした、その瞬間だった。


空間の光が集束し、俺たちの前に調停者オリオンが再び姿を現した。その神々しい顔には、やはり何の感情も浮かんでいない。


「……見事だ。心の試練を乗り越えたか。お前たちの“絆”という不確定要素が、過去の感傷という脆弱なプログラムを上回った、ということか。だが、最後の問いが残っている」


彼は、涙を流し続ける女神像を、その感情のない瞳で指差した。


「その女神は、神々の罪によって生まれた魔王の哀しみの象徴。そして、その涙から生まれたこの聖杯は、その罪を“赦す”ためのもの。ならば問おう、イッセイ・アークフェルド。そして理を乱す者どもよ。お前たちは、世界のために罪を犯した神々を、赦せるか?」


それは、究極の問いだった。仲間たちが息を呑むのが、肌で感じられた。


(……赦せるか、だと……?)


俺の脳裏を、原初の精霊が見せた記憶がよぎる。

ただ負の感情を受け止めるためだけに創られ、自我に目覚め、世界を呪った哀しき存在。

そして、その哀しみを断ち切るために、自らの全てを犠牲にした聖女リアナ。


「……赦せるわけが、ないでしょう……!」


最初に声を上げたのは、クラリスだった。その声は、怒りに震えていた。


「彼らの行いは、ただの罪ではありませんわ! 一つの魂を、永遠の苦しみの中に突き落とした、許されざる傲慢! 王として、いえ、人として、到底赦すことなどできません!」


「そうよ! 『世界のため』ですって? そんなの、ただの言い訳じゃない! 自分たちの楽園を汚したくないっていう、ただの自己満足でしょ!」


ルーナもまた、鋭い言葉をオリオンに突きつける。


「……拙者の剣は、理不尽に涙する者を守るためにある。その涙を生み出した元凶を、どうして赦せようか」


サーシャも、静かに、しかし断固として言った。


そうだ。誰もが同じ気持ちだった。赦せるはずがない。

オリオンは、そんな俺たちの反応を、まるで予測していたかのように静かに見つめている。


「……ほう。ならば、お前たちの答えは“憎しみ”か。神々を断罪し、この秩序を破壊する、と。それもまた、一つの論理的な帰結だ。破壊という名の、リセットだな」


その言葉に、俺ははっとした。そうだ、こいつは俺たちを試している。

赦すか、憎むか。その二者択一の罠に、俺たちを嵌めようとしているのだ。


仲間たちが息を詰めて、俺の答えを待っている。

俺は、静かに口を開いた。


「赦すことは、できない。あんたの言う通りだ。彼らの行いは、決して許されるべきじゃない」


オリオンの目が、冷たく光る。まるで「やはりな」とでも言うように。


「だが」と俺は続けた。


「憎み続けることもしない。俺たちは、過去に囚われるためにここにいるんじゃない。哀しい過去があったとしても、それを受け止めて、前に進むためにいるんだ。赦すのではなく、“乗り越える”。それが、俺たちの答えだ」


「……乗り越える、だと? それは答えになっていない。赦すのでもなく、憎むのでもない。それは、ただの思考停止、感情的な逃避だ」


オリオンが、俺の答えを“バグ”として切り捨てようとする。


「違う!」


俺は、叫んだ。


「あんたたち神々や、あんたのような理屈だけの存在には、分からないだろうな! 赦せないけど、憎しみにも囚われない。その矛盾を抱えたまま、それでも誰かのために笑おうとすること! その哀しみを、未来への力に変えようとすること! それこそが、俺たち人間の“強さ”なんだよ!」


俺は、聖杯へと一歩踏み出した。


「俺たちは、神々を赦さない。だが、魔王の哀しみは、俺たちが受け止める。その涙は、俺たちが拭う。そして、神々が創り出したこの歪んだ世界を、俺たちの手で、もっとマシな場所に変えてみせる! 過去を断罪するんじゃない、未来を、俺たちが創造するんだ!」


俺がそう宣言した瞬間、俺の言葉に呼応するように、《赦しの聖杯》が眩いばかりの光を放った。

その光は、神殿全体を温かく包み込み、涙を流し続けていた女神像の頬を、優しく撫でた。


すると、奇跡が起きた。

像が流していた光の涙が、ぴたりと止んだのだ。

そして、哀しみに固く閉ざされていたその石の表情が、ゆっくりと、本当にゆっくりと、穏やかな微笑みへと変わっていった。神殿を満たしていた重く哀しい空気が、嘘のように晴れ渡っていく。


オリオンは、その光景を、ただ黙って見つめていた。

彼の完璧な理屈の世界では、決して起こり得ない現象。


計算外の奇跡。そして、初めて、その無機質な瞳に、ほんの僅かな“揺らぎ”が生まれたように見えた。


(……エラー。論理マトリクスに、該当する答えがない。赦しは肯定。憎しみは否定。だが、『乗り越える』は……未定義の変数……。だが、システムは、それを受理した……? この『想い』というものは……私が理解できない、さらに高次の論理だというのか……?)


やがて光が収まり、俺の手の中には、温かい光を宿した聖杯が収まっていた。

オリオンは、しばらくの沈黙の後、静かに口を開いた。


「……第一の試練、完了と認める。……お前たちの答えは、実に非論理的だ。だが……その結果は、興味深い」


彼は、俺たちに背を向けた。


「……行け。次なる神具が眠る、《歓喜の城塞》へ。お前たちのその“想い”が、喜びの前でどう輝くか、あるいは色褪せるか……見届けてやろう」


彼はそれだけ言うと、静かに光の中へと姿を消した。


俺は、手の中の聖杯を握りしめた。ひんやりとしているが、どこか確かな温もりがあった。


「……行ったな」

「ええ。でも、なんだか……彼の背中、少しだけ寂しそうに見えましたわ」


クラリスの言葉に、俺は何も答えなかった。


俺たちは、神々の罪を乗り越えた。いや、乗り越えるための一歩を、確かに踏み出したのだ。

次なる目的地、《歓喜の城塞》。俺たちの、神々に抗う旅は、まだ始まったばかりだ。

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