表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!  作者: のびろう。
第13章 嘆きの神殿と、神に挑む者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

193/214

鏡張りの回廊と、過去の幻影

《嘆きの神殿》に足を踏み入れた瞬間、俺たちは息を呑んだ。

外観の禍々しさとは裏腹に、内部は、壁も床も天井も、すべてが光を吸収する黒水晶でできた、静謐な鏡張りの回廊だった。


だが、そこに映るのは俺たちの現在の姿ではない。

まるで魂の奥底を覗き込むように、それぞれの心の奥底に眠る、“最も辛い過去”の幻影だった。


「これは……!」


俺の目に映ったのは、前世、病院の無機質なベッドの上で、誰に看取られることもなく孤独に息を引き取った、五十歳の俺自身の姿だった。

痩せこけ、覇気のない目で天井を見つめるだけの、疲れ果てた男。

……そうだ、これが俺の“終わり”だったはずだ。


「……イッセイ様……?」


隣にいたセリアの声にはっと我に返る。

見れば、彼女もまた、鏡に映る自分の姿に釘付けになっていた。

だが、そこにいるのは屈強な護衛騎士ではなく、魔物の前に怯え、涙を流すだけの、か弱い少女の姿だった。


一人、また一人と、仲間たちが自らの鏡に囚われていく。

サーシャの隣には、ヒノモトの戦火で守れなかった仲間たちの血に濡れた幻が。

リリィの前には、貧しさの中で小さなパンを分け合い、明日をも知れぬ不安に震える幼い頃の家族の姿が、亡霊のように揺らめいていた。


「な、なによこれ……! 人の心を勝手に……!」


ルーナが吐き捨てるように言うが、その声も震えている。

彼女の鏡には、感情を押し殺し、作り笑いを浮かべて夜会をこなす、人形のような令嬢時代の自分が映っていた。


その、あまりにも残酷な光景に俺たちが言葉を失っていると、どこからともなく、オリオンの冷徹な声が響き渡った。


「――来たか。我が神殿へ」


声はすれども姿は見えず、その言葉だけが絶対的な法則のように、俺たちの鼓膜ではなく魂を直接震わせた。


「ここが最初の試練。神具《赦しの聖杯》は、自らの“嘆き”を乗り越えた者にしか、その姿を現さぬ。お前たちの心が過去の哀しみに囚われるなら、お前たちは永遠にこの神殿の嘆きの一部となる。さあ、見せてみろ。お前たちの“想い”とやらが、どれほどのものかを」


その言葉が引き金だった。

鏡の中にいたはずの幻影が、じわりと滲み出すようにして、俺たちの目の前に実体化したのだ。

そして、俺たちの心に直接語りかけてきた。


『……お前は、逃げたんだよな』


俺の目の前に立つ、前世の俺が、嘲るように言った。


『孤独で、退屈で、何の意味も見出せない人生から、都合のいいファンタジーの世界へ。ここの仲間も、ハーレムも、全部お前のためのご都合主義だ。お前は、彼女たちを利用して、自分の孤独を埋めているだけじゃないのか?』


「……っ、違う!」


『違わないさ。お前は、私たちを捨てたんだ』


『姫様……わたくしたちが、飢えと病で苦しんでいた時、貴女はどこにおられましたか?』


クラリスの前には、やつれた民の幻影が、怨嗟の瞳で彼女を取り囲む。


『貴女の祈りは、我々の腹を満たしてはくれなかった……!』


「そ、それは……わたくしは、無力で……!」


クラリスの瞳から、血の気が引いていく。


『姉上……なぜ、我らを見捨てたのですか』


サーシャの前には、血に濡れた兄の幻影が、哀しげに問いかける。


『貴女だけが生き残った。我らの命を礎にして……。その剣は、我らの死体の上に成り立っていることを、忘れたとは言わさせぬぞ』


「……やめろ……やめてくれ……!」


サーシャは刀の柄を握りしめ、わなわなと震えていた。


『リリィ……お前だけが、成功して……よかったな……』


リリィの前では、幼い頃の両親が、やつれた笑顔で手を振っていた。


『私たちは、もうお腹いっぱいだ。だから、お前は……私たちのことなど忘れて、美味しいものを、たくさんお食べ……』


「いや……いやよ! そんなことない! あたしが、あたしがもっと早く成功していれば……!」


リリィは、その場に崩れ落ち、嗚咽を漏らした。


それは、魂を蝕む呪いの言葉だった。

一人ひとりの最も柔らかな部分を、的確に、そして無慈悲に抉り出す、悪魔の囁き。

彼女たちは次々と膝をつき、自らの罪悪感と無力感に飲み込まれそうになっていた。


(くそっ……! これが、神の試練……!)


俺もまた、前世の自分からの問いかけに、心が軋むのを感じていた。

そうだ、俺は逃げたのかもしれない。

孤独な結末から目を背け、この世界で都合のいい夢を見ているだけなのかもしれない。


だが。


俺は、膝をついた仲間たちを見た。

涙を流し、苦悶に顔を歪ませながらも、彼女たちはまだ、諦めてはいなかった。俺の方を、か細い視線で、それでも確かに見つめている。


(……そうだ。夢でも、現実でも、どっちでもいい)


俺は、歯を食いしばって立ち上がった。


(こいつらが、俺の隣にいる。俺を信じてくれている。その事実だけが、俺の真実だ!)


俺は《精霊剣リアナ》を抜き放った。

剣が、俺の決意に応えるように、温かい光を放つ。その光は、幻影たちが放つ負のオーラを、わずかに押し返した。


「黙れ、亡霊ども!」


俺は、魂の底から叫んだ。


「お前たちは、ただの“もしも”だ! 俺たちが選ばなかった、過去の可能性だ! だがな、俺たちはもう、選んだんだ! 後悔も、涙も、全部抱えて、それでも前に進むって決めたんだよ!」


俺は、俺自身の幻影を、剣先で指し示した。


「ああ、俺は逃げたのかもしれない! 孤独な人生から目を背けたのかもしれない! だがな、そのおかげで俺は知ったんだ! 誰かと笑い合うことが、誰かのために戦うことが、どれだけ尊いものなのかをな! 俺は、お前が辿り着けなかった“幸せ”を、今、この手で掴もうとしてるんだ! 邪魔するな!」


俺の叫びは、呪いの言葉が渦巻く回廊に、一筋の光を差した。

ヒロインたちが、はっとしたように顔を上げる。その涙に濡れた瞳に、再び闘志の光が灯り始めていた。


神々の最初の試練。それは、俺たちの心を折るためのものではなかった。

自らの過去と向き合い、それでも未来を選ぶ覚悟があるのかを問うための、あまりにも過酷な“儀式”だったのだ。

俺たちは、その儀式の壇上で、今、確かに反撃の狼煙を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ