プロローグ 涙の道行き、神殿への巡礼
《始まりの大陸》での俺たちの旅は、神々の試練に挑むという、あまりにも壮大なものとなった。
調停者オリオンとの激戦の後、俺たちは傷ついた身体を休め、そして心を固めた。
最初の目的地として原初の精霊が示したのは、大陸の奥深く、常に霧に包まれているという《嘆きの神殿》。その名が示す通り、そこへ至る道は、まるで世界そのものが哀しみに暮れているかのようだった。
飛空艇《アルセア号》は、神々の祝福を受けたかのように静かに空を進んでいたが、甲板に立つ俺たちの間には、以前とは明らかに違う、重く沈んだ空気が流れていた。
「……なんだか、風が……泣いているみたいですわ」
クラリスが、手すりに寄りかかりながらそっと呟いた。
彼女の視線の先、眼下に広がる大地では、木々は涙を滴らせるかのように枝を垂れ、川は嘆息するかのように緩やかに蛇行している。空は晴れているはずなのに、どこか灰色がかって見えた。
(……王女として、民の幸福を第一に考えてきた彼女にとって、神々が民の負の感情をたった一人に押し付けたという事実は、あまりにも受け入れがたいだろうな)
俺がそんなことを考えていると、シャルロッテが目を閉じたまま、風の声に耳を澄ませていた。
「うん……精霊たちが、ずっと哀しい歌を歌ってる。この土地に刻まれた、癒えない傷の記憶を……。世界が生まれた時に受けた、最初の傷……その痛みが、今もこの大地に満ちているんです」
その言葉に、甲板の空気はさらに重くなった。
彼女たちの間からも、いつものような賑やかな会話は消え、誰もが口数少なく、自らの内面と向き合っているようだった。
魔王の真実――神々によって創られた哀しき犠牲者であるという事実は、俺たちの戦いの意味を根底から変えてしまったのだ。
「……神様が、たった一人に全部の悪いことを押し付けたなんて……もし、あたしがその立場だったら……きっと、世界中の全部を、嫌いになっちゃうな」
リリィが、いつもの快活さが嘘のように、か細い声でぽつりと呟く。その言葉に、誰もが胸を痛めた。
「そうウサ……。ただ『嫌われ役になってね』って言われて生まれてくるなんて、ひどすぎるウサ……。独りぼっちで、ずっとずっと、寂しかったんだろうな……」
フィーナの大きな瞳からは、すでにぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
彼女の優しい心は、まだ見ぬ魔王の孤独に、深く共鳴してしまっている。
「……むかつくわね」
吐き捨てるように言ったのは、ルーナだった。彼女は腕を組み、冷たい怒りをその赤い瞳に宿していた。
「完璧な世界を作りたいからって、ゴミ箱を用意して、そこに全部押し込めて知らんぷり、でしょ? それって、あたしが一番嫌いな、貴族社会のやり方そのものじゃない。神様ってのも、やってることは随分とセコいのね」
その言葉には、普段の悪戯っぽさなど微塵もなかった。
「うむ。それは道に非ず」
サーシャもまた、静かに、しかし燃えるような闘志を込めて言った。
「弱き魂を弄び、それを以て秩序と嘯くなど、神を名乗る資格なし。拙者の剣は、そのような偽りの理を断ち切るためにある」
この重苦しい空気は、俺たちの心にも静かに影響を与えていた。
俺たちの戦いは、もはや善悪の二元論では語れない。
これは、神々が仕組んだ理不-尽な運命そのものに抗うための、魂の闘争なのだ。
俺は、そんな仲間たちの背中を見ながら、操舵輪を握る手に力を込めた。
(……重いな。だが、この重さから目を背けたら、俺たちがここにいる意味がない)
俺は、皆に聞こえるように、はっきりと言った。
「ああ、その通りだ。だからこそ、俺たちは行く。神々が隠した真実を暴き、彼らが捨てた魂を救い出すために」
俺の言葉に、仲間たちがはっと顔を上げる。
「俺たちの敵は、魔王じゃない。この世界を覆う、“諦め”だ。『犠牲は仕方ない』っていう、その冷たい理屈だ。俺は、それを認めない。リアナがそうであったように」
俺の言葉に、ヒロインたちの瞳に、再び強い光が宿り始めた。
そうだ。俺たちは、決して屈しない。
やがて、霧の向こうに、天を突くかのような黒き神殿の尖塔が見えてきた。それはまるで、大地の巨大な墓標のようだった。
「……見えてきたわ。《嘆きの神殿》よ」
クラリスの声が、静かに告げる。
俺は、飛空艇の高度をゆっくりと下げながら、仲間たちを振り返った。
「心してかかれ。ここから先は、神々の罪と、魔王の哀しみが渦巻く場所だ。生半可な覚悟じゃ、魂ごと飲み込まれるぞ」
俺の言葉に、誰もが力強く頷いた。
俺たちの、神々に抗う旅。その最初の試練が、今、始まろうとしていた。




