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“調停者”の出現と、神の代理戦争

俺たちが神々の罪の重さに言葉を失っている、その時だった。

天から、一筋の光が差し、一人の男が舞い降りてきた。


それは、まるで世界の法則が彼のためだけに道を開けたかのような、静かで絶対的な降臨だった。

白金の鎧は星屑を溶かして固めたように輝き、背には六枚の光の翼がゆっくりと羽ばたいている。


その顔立ちは神々しいほどに美しいが、空の色を映した瞳には一切の感情が宿っていなかった。


「そこまでだ、理を乱す者どもよ」


その声は、絶対者のそれだった。冷たく、澄み渡り、一切の揺らぎがない。


「我が名はオリオン。“神々の理”を守護する調停者なり。お前たちが触れた真実は、世界が安定するために必要な“犠牲”の上に成り立つ秩序。それを暴き、覆そうというのなら、お前たちはこの世界の敵と見なす」


オリオンの理屈は、冷徹にして完璧だった。一人の犠牲で世界が平和になるのなら、それは必要悪だ、と。

彼の言葉には、悪意も憎しみもない。

ただ、プログラムがバグを処理するかのような、無機質な正当性だけがあった。


「ふざけるな!」


最初に叫んだのは、俺だった。


「誰かの犠牲の上に成り立つ平和なんて、偽物だ! それは平和じゃない、ただの諦めだ!」


「感情論か。愚かな」


オリオンは、まるで出来の悪い生徒を諭すかのように、静かに首を振った。


「世界の理は、感情では測れぬ。悲劇も喜劇も、すべては世界の均衡を保つための変数に過ぎん。魔王という“器”の犠牲は、世界の安定という大利の前では、無視できる誤差でしかない。これは悲劇ではない。数学だ」


「あなた……!」


クラリスが、わなわなと震える声でオリオンを睨みつけた。


「あなたはそれを、理と呼ぶのですか!? 王とは、民とは、国とは、そのような数字で測れるものではありませんわ! 一人の涙を無視する者に、世界を語る資格などありません!」


「そうよ! あんたの言ってること、すっごく偉そうだけど、結局は自分が手を汚したくないだけの言い訳じゃない!」


ルーナもまた、杖を構えて鋭く言い放つ。


だが、オリオンの表情は変わらない。彼は、まるで足元のアリに語りかけるかのように、静かに手をかざした。


「理解できぬなら、理解する必要はない。――消えよ、世界のバグ(不具合)」


その言葉がトリガーだった。

オリオンが魔法を放ったわけではない。この《始まりの大陸》の理そのものが、俺たちに牙を剥いたのだ。


「ぐっ……!?」


突如、身体が鉛のように重くなる。重力が十倍にも二十倍にもなったかのように、立っていることすらできない。仲間たちが次々と膝をつき、地面に押さえつけられる。


「きゃあっ!?」

「魔法が……発動しないウサ……!」


フィーナが唱えようとした癒しの光は、蝶になる前に霧散した。

シャルロッテの精霊魔法も、空気に溶けて消えていく。この大地そのものが、俺たちを“異物”として拒絶しているのだ。


「無駄だ。ここは神々の庭。神の理にそぐわぬ者は、存在することすら許されん」


オリオンが、俺たちを見下ろしながら、静かに宣告する。

絶望的な状況。力も、魔法も、この絶対的な理の前では意味をなさない。


(……くそっ……! このまま、終わってたまるか……!)


俺は、地面に手をつきながら、必死に顔を上げた。

俺の武器は、スキルでも魔法でもない。

リアナから受け継いだ、そして仲間たちと共に育んだ“想い”だ。


(理屈じゃないんだ……! 世界はプログラムじゃない! 矛盾していて、不完全で、だからこそ……愛おしいんじゃないか!)


「俺たちは……誰も犠牲になんかさせない!」


俺が魂の底から叫んだ瞬間、腰に差した《精霊剣リアナ》が、今までにないほどの温かい光を放った。

それは、神々の冷たい“理”を溶かす、人間の“感情”の光だった。


仲間を想う心、理不尽に抗う怒り、哀しき犠牲者への共感……その全てが、光となって溢れ出す。


光はオリオンが展開していた神聖結界を、まるで陽光が薄氷を溶かすように、いとも容易く打ち破り、彼を数歩後退させた。


「……何だと? 人の想いが、神の理を……!?」


オリオンの美しい顔に、初めて驚愕の色が浮かんだ。

彼の完璧な計算の中に存在しなかった、唯一の変数。それが、俺たちの“絆”だった。


「……見たか。これが、俺たちの力だ」


俺は、まだ重圧に軋む身体を無理やり起こし、光り輝く精霊剣を構える。


「イッセイ様……!」

「イッセイくん……!」


仲間たちの声が、俺の背中を押してくれた。


「面白い……。感情という非効率なエネルギーが、理を上回るだと……? 興味深いバグだ。ならば、その原因を直接排除するまで」


オリオンはそう言うと、光の槍をその手に具現化させた。

今度は、理による攻撃ではない。純粋な、破壊の力だ。


だが、俺たちの反撃も、ここからだった。


「みんな、俺に力を貸してくれ!」


俺の言葉に、仲間たちが頷く。彼女たちは複雑な魔法は使えない。

だが、その魂を、祈りを、俺の剣に託すことはできる。


「行きますわよ!」


クラリスの気高き王の魂が、光となって俺の剣に宿る。


「あたしたちの全部、あんたに預けるわ!」


リリィの商売への情熱と仲間への愛が、炎となって剣に灯る。

フィーナの癒しの願い、ミュリルの守りたい想い、セリアとサーシャの揺るぎない忠誠、シャルロッテの精霊との


絆、そしてルーナの悪戯っぽい笑顔の裏にある、一途な恋心。

その全てが、精霊剣の中で一つの巨大な光の渦となった。


「これが、俺たちの答えだ! オリオン!」


俺は、仲間たちの想いを乗せた剣を、神の理へと叩きつけた。

世界が、白く染まった。

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