表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/191

空よ、裂けるなかれ

「見て……空が……割れていく……」


セリアの声が震えていた。空の彼方――祭壇の天蓋を超えた先に、“亀裂”が走っていた。まるで青空そのものにヒビが入ったように、白い閃光が空間を断ち割っている。


「これは……時空の裂け目?」


シャルロッテが即座に解析を口にする。


「でもおかしい……ただの転移や魔力衝突じゃ、こんな風にはならない……!」


「じゃあ何なんだウサ!?」


「わからない。でも……あれは、間違いなく“こっちを見てる”」


シャルロッテの指差した先、その裂け目の奥には――“瞳”があった。

巨大な、底知れぬ、風とは無関係な“異質”の存在。空の理に属さぬ何かが、こちらを覗いている。


「これって……セフィールの目覚めと関係あるのか?」


イッセイが音叉を握りしめ、セフィールの残響に問いかける。


『……ごめんなさい……私が目覚めたことで、封印の均衡が崩れたの。』


『本来なら、十二柱すべてが順に目覚め、風王がその力を束ねるまで、“空の鍵”は動かないはずだった。でも……この空には、もうひとつの意志が潜んでるの……』


「もうひとつの意志……?」


その瞬間、空が“砕けた”。


ドオオオン――ッ!!


空の裂け目から、漆黒の雷鳴が響く。その中から現れたのは、風の加護を否定するような、黒き風の精霊体――いや、“風を穢した存在”だった。


「なにあれ……風の……獣?」


リリィの呟き通り、それは確かに“風の姿”をしていた。だが、その風は腐っていた。

禍々しく濁った緑灰色の風は、方舟の祭壇ごと包み込み、空気を腐蝕させてゆく。


「これは……“瘴風”だ!」


「瘴風って……!?」


「風そのものが呪われた現象。空気が毒になる……! 古代の空の民の記録にあった、空を堕とす“疫風”――!」


「こんな奴……放っておけるかよ!」


イッセイが風刃を展開する。だが、剣が“風”を斬っても、瘴風は霧散せず、むしろ“吸収”して渦を巻くように拡大する。


「っち……効かない!」


「これは……意思を持ってるわ。風のようで風じゃない、“何か別のもの”が混じってる……!」


ミュリルが震えながらも霊術を構える。


「いま、私が共鳴できれば……!」


「いや、俺が行く」


イッセイは音叉を掲げ、セフィールの力が宿った響きを周囲に満たした。

神器は、瘴風の波に飲まれることなく、静かに風を震わせる。


「……“空は風の家。風は命の器”。セフィールがそう言った。なら……その命を、守るために!」


イッセイが踏み出す。


「オレたちは、“空の崩壊”を止めに来たんだ!」


瘴風の塊が形を成し、“竜のような風獣”が現れる。

その身体は風でありながら、瞳だけが赤黒く濁り、明確な殺意を帯びていた。


「イッセイ、こっちも準備できたウサ!」


フィーナが符術を展開し、瘴風の渦を凍らせる。


「セリア! 狙撃できるか!?」


「やってみせる!」


セリアの矢が放たれる――瘴風の目へ、一直線に。


ドンッ――!!


炸裂する矢。だが風獣は崩れない。

その身体が、まるで何か“囚われた魂”でできているような歪みを持っていた。


「これ……まさか!」


「シャルロッテ、わかったのか?」


「これ……“封印の揺らぎ”で漏れ出した、神柱の残響が……変質してる!? 神柱の意志が、瘴気に囚われて……化け物になってる!」


「ってことは……これは、まだ“神柱の一部”なんじゃ……!」


誰もが言葉を飲み込む。


――風の守り手が、瘴風に堕ちてしまったのかもしれない。


「なら、目覚めさせてやろう」


イッセイの声が、静かに響いた。


「もう一度、風に還るように。俺たちの声と、魂で」


風刃が再び展開する。セフィールの力が共鳴し、音叉が高らかに鳴る。


「“風よ、道をひらけ”――!!」


叫びと共に、イッセイの刃が風獣の核心を貫く。


ザアァァァ――!!


瞬間、瘴風が裂けた。


空が、ようやく“青さ”を取り戻していく。


「……やったの?」


「……いや」


ミュリルが、静かに首を振った。


「これは……まだ始まり。風王が目覚める前兆にすぎない」


「次の神柱が……呼んでる気がする」


イッセイは空を見上げた。


風は、また少し強くなった気がした。


――この空は、まだ歌を止めていない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ