風よ、永遠に空へ
「……風は、止まらない」
そう呟いたのは、祭壇の中心で目覚めた風柱シリルだった。
彼女の姿はすでに少女のままではなかった。半透明の羽衣のような霊風をまとい、肉体ではない“風の意志”そのものへと変容しつつあった。
「これが、“柱”としての在り方……?」
イッセイは、静かにその光景を見守っていた。
かすかに風が揺れ、彼の黒髪を優しく撫でていく。
「あなたたちの“声”は、風に届いた。だから私はこうして再び目を覚ました」
シリルは微笑みながら続けた。
「次なる“柱”たちも、きっとあなたたちの風に気づくはず。
ただし――」
一拍。
その言葉に、全員の視線が集まる。
「これから先の柱たちは、私のように穏やかではない。
深く眠り、記憶を喪い、ある者は“風であることすら忘れている”」
「……つまり、“目覚め”は、戦いを伴う可能性が高いということですね」
シャルロッテの声に、シリルはそっと頷いた。
「“柱”であることは、世界の均衡と結びついた存在であるということ。
だからこそ……その存在を“揺り起こす”には、強い意志と、魂の共鳴が要る」
「それでも、僕たちは進むよ」
イッセイが一歩、風柱に向かって踏み出す。
「この空を、風を、守りたいから」
「ふふ……君の言葉は、風の記憶に似ている。まるで、あの時の“王”のようだ」
「風王の……?」
「彼もまた、風を信じた。誰よりも、風と人を繋ぐ“橋”になろうとした。
だから……私たちは彼のために“柱”となった。風王が生きる未来を信じて」
その“想い”が今も、この空に残っている。
その想いが、イッセイたちを呼んでいる。
「私はこの地に残る。次の柱を目覚めさせるには、空全体に“覚醒の風”を広げる必要があるから」
「……ありがとう、シリル」
イッセイは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「風の柱として、風の友として。君に出会えて良かった」
「私も。――風が君に、また新たな出会いをもたらすように」
シリルの姿が徐々に霧散していく。
その身体は風に還り、光に変わり、空へと溶けていった。
静寂の中――。
「……綺麗だった」
リリィが、そっと呟いた。
「うん……“風の神様”に会った気がしたよ」
ミュリルの耳がピクリと動き、フィーナも腕を組んで頷く。
「空気が澄んでる。たしかに、風の力が安定してきてるウサ」
「これで、空の民の暮らしも少しは安定するでしょう」
セリアが腕を下ろして呟くと、仲間たちの表情もほっと緩んだ。
「でも、これは始まりなんだよね」
シャルロッテが振り返る。
「“十二柱”全てを目覚めさせなきゃ、風王の封印は完全には解けない」
「……だから、僕たちは旅を続ける」
イッセイの言葉に、全員が静かに頷いた。
そのとき――。
ふわりと、風が歌を運んできた。
《風に舞え、魂の旅人よ。次なる空は、遥か東に待つ》
「これは……」
「精霊の導き……!」
エリュアの声が、風と共に聞こえた。
彼女は《方舟》からこの歌を送っているのだろう。
リリィが嬉しそうに手を振った。
「えへへ、届いてるんだ、ちゃんと!」
「うん。じゃあ――行こうか、みんな」
イッセイが軽く拳を握り、空を見上げた。
「この空を、最後まで繋げるために。
風が歌う未来へ、進もう――!」
* * *
《方舟》の発着場。
イッセイたちは風船船の甲板に立っていた。
操縦席ではリリィが張り切っている。
「今日の風は南風! 目的地は――“空の裂け目”、次なる神柱の眠る地!」
「うぅ……その名称だけで、嫌な予感しかしないんだけど……」
セリアが額を押さえたが、誰も止めない。
「安心してウサ! 大丈夫、風とスパが味方だからウサ!」
「関係ないから!」
「フフ、でも……なんだか懐かしい気がするわ。こうして、皆で風に乗るの」
ミュリルの耳が、心地よさそうに揺れていた。
「そうだね。……旅は、まだまだ続く」
イッセイは空に向かって、そっと手を伸ばす。
そこにあるのは、風。
彼らが“繋いでいくもの”。
そして――。
その遥か先に、風王と、空の未来が待っている。
──風よ、どうか――永遠に、この空を渡ってくれ。