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風の墓標、眠りし風王

冷たい風が吹いた。

それは、今まで感じたどの空の風とも違った。

湿り気を帯びた風。……まるで、誰かの涙が混じったかのような。


「ここが……《風王の墳墓》……」


イッセイは音叉を握りしめながら、そびえる封印の塔を見上げた。


彼らがたどり着いたのは、方舟の中心よりさらに上空――神域とも呼べる層。

そこには風で浮遊する大理石の大地と、柱のように空へ突き出た巨大な封印があった。


塔の中央には、まるで“風の核”そのもののように脈動する光球が浮いている。


「……この鼓動、すごいウサ……風が……泣いてる?」


フィーナが、耳をすませながらぽつりとつぶやく。


「泣いてる……いや、“呼んでる”のかもしれない」


シャルロッテが前へ出た。目を細め、術式を確認する。


「ここにいるのは、風王そのもの……正確には、“風そのものが意思を持った存在”。精霊王とも呼ばれるわ。おそらく、十二神柱のすべてが彼女の意思で選ばれた」


「じゃあ、俺たちは今、その……女王陛下の、寝室の前ってことか……?」


ミュリルの冗談まじりの言葉に、場の空気がすこし和んだ。

だが、すぐにセリアの鋭い視線が飛ぶ。


「……冗談を言うには、空気が重すぎる」


「ごめんにゃ」


「でも、正直、冗談のひとつでも言ってないと押し潰されそうウサ」


フィーナの言葉に、イッセイも小さく頷いた。


――この空間に立っているだけで、心が軋む。


誰かの“強すぎる想い”が、空間そのものに染み込んでいるのだ。


「……ここには、想いが残ってる」


イッセイは音叉を胸に当てた。


「風王は、何を守ろうとしたのか。なぜ、自らを封じたのか。その理由を、俺は……知りたい」


その時だった。


塔の中から、風が、唄を運んできた。


 ――すべての風は、わたしだった。


 ――わたしは、空を歌い、大地を撫で、人の声を聞いてきた。


 ――けれど……人は、風を忘れた。


その声は、誰かの“心そのもの”だった。

声と名乗るにはあまりに淡く、しかし、心臓を直接揺さぶるような強さがあった。


「これは……詩文?」


シャルロッテが目を見開いた。


「封印の中の……風王の、意識の残響……!」


「……風王様……」


イッセイは無意識に跪いていた。

その存在に圧されてではない。ただ――何かが、彼の心を突き動かした。


「……忘れてしまったなら、思い出せばいい」


「え?」


「人が、風をどう受け止めていたのか……どれだけ大切だったのか……もう一度、届けてみせる」


イッセイは立ち上がった。音叉が、再び微かに音を奏でる。


「そのために、ここまで来た。十二柱を巡り、“声”を繋いで、あなたの想いを受け止める。それが……俺たちに託された役目なんだろ?」


「イッセイ……」


リリィがそっと寄り添う。


「……あなたの言葉が、“風そのもの”に届いてる。なんだかそんな気がする」


その時、塔の上部にひびが走った。

音もなく、空間が震え――風の光が流れ落ちる。


「な、なに?!」


ミュリルが慌てて結界を張る。


だが、爆発ではなかった。


光の中から、ひとつの“人影”がゆっくりと現れる。


それは――


「……あれは、神柱……?」


セリアが剣に手をかけたまま、声を詰まらせた。


少女の姿をした風の柱。

けれど、どこか異質だった。


その身体から発せられる風は――暖かく、けれど深い孤独を孕んでいた。


「……風に……還れ」


その少女の唇が、そう動いた刹那――


風が、吼えた。


そして、最終試練が――始まろうとしていた。

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