空を蝕む者、現る
方舟中枢に響き渡る警報音。風の導管が震え、空気がざわついていた。
イッセイが風核神殿の中央で通信端末に手を翳す。「警戒態勢を強化、空中船からの魔力供給を最大に。侵入反応がある」
「方舟内部に……誰かが?」クラリスが剣の柄に手を掛ける。
「にゃ、こっちに近づいてくる気配、ひとつ」ミュリルが耳を伏せて、目を細めた。
神殿の扉が、不意に風を切って開いた。
現れたのは、灰銀の装甲と歪な羽根のような装置を背負った男だった。長身で、アエリス族のような風貌だが、その瞳は冷たい鉛のように濁っていた。
「お久しぶりだな、空の民ども。元《風契の技術者》、ガイアル様のお出ましだ」
エリュアが息をのむ。「……あなた、まさか……!」
「そう。かつて、お前の父に追放された者だよ。私は“風”に裏切られた。だから、風に別れを告げた。文明の礎を、空に任せるなど甘えだ。だから奪う。墜としてやるんだよ、貴様らごと!」
ガイアルの背から、暗黒の霧があふれ出した。それは《風喰らいの核》と呼ばれる呪詛魔導具で、風の循環を逆転させ、方舟そのものを腐らせる。
「くっ、これ以上、核に近づけさせるな!」イッセイが叫び、仲間たちが一斉に動く。
だが戦場は方舟の内部空間――床すら浮遊する立体構造だ。上下左右が曖昧な浮遊戦では、地上戦慣れした者には分が悪い。
「空中での戦い……にゃにゃ、苦手かも……」ミュリルがしがみつきながら距離を取る。
「なら任せろウサ!」
フィーナが風脚術で跳躍、ガイアルの投げた風刃を華麗に回避し、鋭い回し蹴りを叩き込んだ。
「きゃはっ、空飛ぶウサギ、伊達じゃないウサ!」
「この空間を利用して、追い込むわよ」リリィが即席で飛翔型の魔導具を起動。自らも空を滑空しながら、増幅器でイッセイに戦況情報を送る。
「イッセイ! 中央の風核の反応が高まってるわ!」
「霧の流入は抑えたが、核の防衛結界がギリギリだ……!」
イッセイが魔導銃を構え、風の導管を射抜いて霧の進行経路を遮断。
「シャルロッテ、誘導頼む!」
「了解、三次元座標修正中。敵位置補足、魔導誘導弾発射」
シャルロッテの魔導球が空中で軌道を描き、ガイアルの装甲を直撃。
「ぬぅっ……この程度で、私を止められると思うな……!」
「止めるために、仲間がいるんだよッ!」
イッセイの一声とともに、クラリスが斬りかかり、ガイアルの武器を弾く。次いでルーナが風の流れを操作して、敵の動きを封じた。
最後に、エリュアが神殿の風核に両手を当て、歌を紡いだ。
「風よ、応えて──私たちの想いに……!」
彼女の歌声が再び響いた瞬間、風核が光を放ち、暗黒の霧を押し返した。
「なっ……風が、霧を……!? バカな……!」
ガイアルは呆然と呟き、そして風に乗せられるように姿を消した。最後に、彼の声だけが響く。
「……だが“本命”は、まだ眠っている。精霊の核に囚われた“あれ”がな……ふふふ……」
静寂が戻った神殿。霧は完全に消え、風が柔らかく流れ始めていた。
エリュアは両手を組み、そっと目を閉じる。
「ありがとう……皆の力が、風を繋いでくれた」
リリィは空を見上げて微笑む。
「でもまだ終わりじゃない。次は……空の祝祭よ。空中百貨店、開業に向けて動きましょ」
「お前の頭の中、ほんと商売しかないのか……」イッセイが苦笑する。
だが誰もが感じていた。この空の地に、再び“風の音”が戻ったのだと。